男装して過ごしてたら、学園内でも札付きの悪で有名な男子に顔面殴られて、更に女だとバレて責任取るって土下座された話
鈍い音が、自分の中から聞こえた。
思いっきり顔を殴られたのだ。
それも、真正面から。
鼻に違和感。
次に何かが鼻から垂れてくる感覚。
殴り飛ばされて、地面を転がって、私は手の甲で鼻を拭った。
赤い血が拭った手の甲についていた。
上からも下からも出血なんて勘弁して欲しい。
そう、月一の体調不良で下半身からの出血と、それに伴う腹痛や頭痛さえなかったら、こんな事になってやしないのに。
私を殴り飛ばした相手が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
この魔法学園でも札付きの悪と評判の男子生徒だ。
なにがそんなに気に入らないのか、毎日イライラしていて他の男子生徒に喧嘩を売っては、今私にしているようにボコボコにしていることで有名な生徒である。
学園内では攻撃魔法が基本使えない。
そのためどうしても、こういった諍いでは手が出ることになってしまう。
しかし、意外と女子生徒には紳士的であることは有名だった。
たぶん、彼の家が侯爵家であり、さらに騎士の家系であることが関係しているのだろう。
端的に言えば、【女は殴らない】という信条が彼にはあるらしかった。
そんな彼が何故、私を殴っているのかといえば理由は二つ。
ひとつは、彼が最初に殴ろうとしていた男子生徒との間に、私が割って入ったからだ。
そして、その男子生徒はさっさと逃げてしまった。
彼はそれが気に障ったらしい。
二つ目は、彼が私の性別を知らないこと。
父が過保護だったため、悪い虫がつかないようにとこの学園に入学する際、男として過ごすことを約束させられたのだ。
バレたら即退学と条件付きで、私はこの学園に入学した。
あとは私が入学する前年に、貴族出身の男子生徒による女子生徒への性的暴行事件があり、世間を大変賑わせてしまったということがあげられる。
「口先だけだったな、レオン?」
彼――アレクは吐き捨てると、私のすぐ近くで腰を屈め、私の髪を乱暴に掴んで無理やり顔を上げさせた。
レオ、というのは私のこの学園での名前だ。
本名はレオナだ。
「まぁ、でもここまで殴られても泣かねーのは大したもんだと思うよ。
それに俺を殴ったやつは初めてだ。
結構いいパンチだったな。
だから、あと一発で許してやる。
歯ぁ、食いしばれ」
私は襲ってくる衝撃と痛みを、目をギュッと瞑って待った。
しかし、アレクの拳がいつまで経ってもこない。
恐る恐る目を開けると、アレクとよくつるみ、さらに相棒的な存在である少年――キリオが顔を真っ青にしてアレクの腕を掴んで止め、私を見ていた。
キリオは男爵家の次男だったはずだ。
「あんだよ、キリオ?」
キリオは冷や汗をダラダラ垂らしながら、私を見ている。
その視線は、この喧嘩によって、わずかにはだけてしまったシャツに注がれている。
「お、おま、まさか」
動揺し、かなり吃りながらキリオは言った。
「おんな……??」
そこでアレクもキリオの視線を追って、私のシャツを見た。
私は胸に晒を巻いていた。
しかし、この喧嘩で動いたため緩んだのか、胸のふくらみが見えた。
本当は押さえつけてぺたんこにしていたのに。
「あ、やっべ」
思わず下町言葉が出てしまった。
そこで、アレクがパッと掴んでいた私の髪を離した。
そして、
「わぁぁああ!!??」
アレクが驚きと動揺で叫んだ。
そして、数分後。
私の前で土下座する二人がいた。
校舎裏で、自分たち以外、誰もいないことが救いだった。
「……ごめん」
アレクが地面に額を擦り付けながら言ってきた。
「あー、もういいよ。
こっちも、二人の事情よく聞かなかったしさ」
あの男子生徒にも、なにかしらの非があったのかもしれない。
もう少しスマートに割って入って、話しを聞けばよかった。
そんなことを考えていたら、アレクが勢いよく顔を上げたかと思うと立ち上がった。
そして、私の手を取るとこう言ってきた。
「知らなかったとはいえ、女性を殴ったのは事実だ。
改めて謝罪と、責任を取らせてくれ」
「いやいいから。
喧嘩両成敗ってことで、水に流そ」
アレクはしかし、納得していない様子だった。
そして、この数日後。
私はアレクの実家から直々に縁談を申し込まれることとなったのだった。