優先順位
あれからしばらく後、オレの姿は隠れ里にあった。
レベリングに飽きたとか、レベリングがダルくてやめたとかではない。
「狩るもんがいないんじゃしょうがねえもんな……」
狩り尽くしてしまったのである。
文字通り、狩り尽くしてしまったのである。
戦利品は大体ホムラヤモリの素材や肉で、神鳴ノ霊鳥の素材が一部とあとは――
「まあでも、孵化前の卵が手に入ったのは僥倖だったな」
最大の戦利品といえば、神鳴ノ霊鳥の子供である卵だろう。
こいつを孵化させれば、インプリンティングでオレが親となり、テイムの労を負う事なく零滅ノ神狼レベルの戦力ゲットって寸法よ……!
哀れなり神鳴ノ霊鳥。だがこれも自然の流れ、その運命。赦せよ。
「えーと、こういうモンスターの卵系のアイテムを孵化させるには……」
モンスターの卵をプレイヤーが孵化させるには、孵化させたい卵に由来するモンスターの素材と魔力が必要になる。
素材に関しては、卵を入手するまでの段階で既に入手している事が大体なので問題はまったくないんだけども、魔力の方がちょいと厄介だ。――と言うのも、孵化させたい卵に由来するモンスターによって、必要な魔力の総量が変わってくるのだ。
例えば、今回のように神鳴ノ霊鳥みたいなボスモンスターの場合は、高レベルプレイヤーでも魔力を全部注ぐというのを一週間ほどやってようやく孵化させる事が出来るくらい。もちろんビルドによってそのレベルで持ってる魔力の総量には違いがあるが、おおよそ一週間前後で結論が出ている。
ホムラヤモリなどの一般モンスターの卵の場合はそうでもなくて、低レベルプレイヤーなら大体7〜10日前後、高レベルプレイヤーなら最短で2日、最長で3日半といったところだ。
……ところで。
上述の期間というのは、《モンスター孵化器》というアイテムを使っている場合に限った話だ。
孵化器はなくても別段困ったりするわけじゃないし、なんなら孵化器ナシで孵化させてやると息巻くプレイヤーもいたが、孵化器があるのと無いのとでは天と地ほどの差が存在している。
孵化器アリの場合であれば上述の通りの期間、毎日枯渇するまで魔力を注げばいいのだが、孵化器ナシの場合だと上述の期間を5倍した日数が必要になる。
アホらしくてやってられんわ。なんだ5倍って。
ちなみに、この《魔力》というのは他ゲーで言うところのMP。
で、ゾクタンでは魔力って何に使うの? って話なんだけど、魔力は属性攻撃スキルや魔法全般に使う。鬼人族が使う符術も魔力を必要とするスキルだ。
じゃあ物理職にはあんまり関係ないんだ、と思ったそこのお前。残念ながらそうはいかない。
確かに、剣士とかローグみたいな物理職は属性攻撃スキルの絶対数は少ないし、一見、全然関係ないんじゃない? と思えなくもない。
しかし、物理職でも強いスキルには物理属性とは別に四大属性や上級属性が組み込まれてる事はザラだし、狩り場によってはそのスキルが使えないと満足に狩りも出来なかったりするので、卵を孵化させるか、それとも孵化作業を一時停止して狩りに行くかのどちらかしか選べなくなるのだ。面倒だよね。
まあ、魔力回復ポーションとかの回復アイテムはもちろん存在するので、厳密には別にどちらかを選ぶ必要はないんだけども……卵に魔力を注ぐのって、めっっっっっちゃ時間かかるんだよね。
例えば自分が1000の魔力を持ってるとして、それを卵に注ごうとすると、卵には魔力が毎秒1ずつしか入っていかないんで、単純計算で1000秒――つまり、16分と40秒かかる。
もちろんこれは例えばの話。
低レベルプレイヤーであれば自己ステータスで魔力1000いくのに割とかかるから、低レベルの間はまだ平和だ。ものすごく優しい。
では高レベルプレイヤーは? ……そう。聡明な皆様ならもうお気付きでしょう。高レベルプレイヤーは魔力を卵に全部注ぐのに3時間とか4時間とか、当たり前にかかるんだ……。人によっては半日がかりの人もいる。
でも孵化器使ってれば上述の期間、魔力を注いでればいいんでしょ? 楽勝じゃん! と思ったかもしれない。だが、それは認識が甘いと言わざるを得ない。
モンスターの卵にはそれぞれ、孵化に必要な魔力量というのが設定されている。孵化器はその必要魔力量を緩和してくれるアイテムというだけで、魔力を注ぐ時間を短縮してくれるわけではないのだ。
例として、魔力量1000が必要な卵なら孵化器を使って750くらいになる。25%カットだ。これを多いと見るか少ないと見るかは……まあ、それぞれだろ。
ともかく、総量は緩和してくれるけど時間は短縮してくれないのが孵化器だ。
それを踏まえて。
神鳴ノ霊鳥の卵である。
「なんかの間違いで注ぐ量バグったりしねーかな……」
具体的には毎秒250くらい注がれてくれると嬉しい。
転生で引き継いだインベントリに孵化器があったのはマジで幸いだった。これが無かったら、オレはこの卵を巨大目玉焼きにして食ってたかも知れない。
……そういえば前世で一回は食ってみたかったな、ダチョウの卵の目玉焼き。
まあ、それはいいんだけど。
どうにかして魔力注ぐ労力を削げねえかなぁ。
「無理だよなぁ……そういうのは昔さんざん試してダメだったし」
ゾクタンの時代に、そういう、労力を削れないかみたいなのは一通り試してある。
複数人で魔力を注いでみるだとか、魔晶石っていう魔力の結晶体を使えばどうだとか、人為的に魔力濃度の濃い場所を作り出してそこで注いでみたらどうだとか、実は孵化器に周囲の魔力を取り込む機能があったりしないかとかとか。
結果? HAHAHA、もちろん全部ダメだったさ。複数人いようが外部ツール使おうが魔力の濃い場所だろうが薄い場所だろうが関係ないし、孵化器にそんな便利機能は存在しなかった。
「地道にやるしかないか」
前向きに考えよう。
現状、外界に出たって問題ないくらいにはレベリングしてある。となれば、レベリングの時間を丸々孵化のための時間に置き換えてもなんら問題ないわけだ。
そうすると、レベリングする予定だった時間は技術の習熟や孵化作業、香燐のところでの鍛冶技術の修練なんかにあてられる。実際問題、レベリングは効率が悪いと時間だけ持って行くからな……高効率で必要な分だけレベルを上げれば、あとは自由な時間というわけだ。
もっとも、そのためには効率的な狩り場を熟知しておくべきなわけだが……それに関しては、この世界においてはオレ以外に熟知してる者などいるまいよ。
なんてったってオレはゾクタンをシナリオクリアまで遊んだ男なんだし。
「ま、なんとかなるなる」
実のところ、ゾクタンのシナリオは進める意味はあんまりない。
というのも、ゾクタンのメインシナリオというのは完全なソロコンテンツでパーティプレイが出来ず、また、結構な高難易度のコンテンツな上に、このクエストはメインシナリオの第◯章をクリアしてないと〜みたいなものもないので、わざわざ触る必要が無いのだ。
もちろん、メインシナリオをクリアしていく事での旨味というものは存在するし、シナリオを進める事でこそゲームを遊んでいると実感するというプレイヤーもいるにはいる――が、プレイヤーの大半がそうではなかったのがゾクタンというVRMMOだった。
オレなんかは、レベルもカンストしたし、身に付けてないスキルはシナリオ攻略で習得出来るスキルくらいだったんでメインシナリオに手を出したが、それくらいでようやく手を付けるくらいだから、普通のプレイヤーには、そりゃあ魅力的に映らないコンテンツだったろう。パーティプレイも出来んし。
それはそれとして。
メインシナリオの攻略難易度はヤバいくらい高かった。これ絶対人間が入ってるだろって章ボスが何体いたことか。もう二度とやらんわ。面白かったけどね。
……あれ、マジで人入ってたんじゃねえかなぁ。
「……計画を練り直すか。どのみち、もうあんまり時間も無いしな」
鬼の隠れ里では、この世界で成人と認められる15歳になる年に、その年15歳になる、あるいはなった少年少女の祝いの儀式と宴を催し、外界に出ても問題ないくらいの荷物を持たせて送り出す――という風習がある。
オレは今年で10歳になったから、もう5年ほどしか時間がない。
5年といったら結構な時間だと思うかも知れないが、1日は24時間でそのうち3分の1は睡眠時間とすれば、5年なんてのはあっという間に過ぎ去っていく。
より高密度、より高効率で、15歳になるまでにそこいらの人間では相手にならないくらいに強くなる。そのためには……やっぱり計画の練り直しが必要だ。霊鳥の卵なんて要素も入って来たんだしな。
「5年、か」
長いようで短い時間だ。
戦い方は身体に染み付いてるし、一応神鳴ノ霊鳥とやり合ってこの世界での戦闘のやり方も覚えた。身体もちゃんとついてきてくれるのを確認済みだ。
なら、戦闘に関する事は優先順位を低く設定して問題ない。となれば、第一位に香燐のところでの鍛冶修行を設定しよう。
どうせ自前で採掘も鍛造もやるって決めてるし、外界に出る前にそこそこ使える刀を自分で打てるようにしておかないとな。
「という事で、ノックしてもしも〜し」
などと考えている間に香燐の庵にやって来たので、戸を連打する。香燐の事だからどうせ寝ているだろうと踏んで、結構な勢いで連打連打連打。
「――ッだァ、うるせェなァ!」
ノックの回数が30回に届くかどうか、というところで、庵の戸を勢いよく開けて香燐が出てきた。
「何キレてんの? 生理か?」
「テメェこのクソガキ。礼儀も知らなけりゃデリカシーもねェのかよクソが」
「うそうそ、冗談だよ。鍛冶教えてもらいに来たぞ」
「……厚顔無恥ッてのはテメェみたいなヤツの事を言うンだろォな」
「誰が紅顔の美少年だよ。事実とはいえ恥ずかしいだろ?」
「言ってねェよ! 零華のガキだから顔が良いのは確かだけど、性格はゴミだな」
「師弟は性格が似るらしいからなぁ」
「うるせェぞクソガキ刹華。…………はあ。埒が明かねェからさっさと入れ」
「お世話になりゃーす、香燐師匠」
「……マジ、口だけは達者だな。おれとは大違いだ」
呆れたように目元を手で覆って天を仰ぐ香燐。
10歳の子供を捕まえて何言ってんだか。
「まァいい……とりあえず一本打ってみろ。まともなモン打てなかったら、覚悟しとけェ」
「香燐のとこは最初っから打たせてくれんだな。他のとこじゃ見習いからだろうに」
「おれとお前しかいねェのに見習いもクソもあるか。大体、おれは今まで1人でやってンだから、雑用係なンか要らねェンだよ」
「それもそうか。……で? 何を打てばいいんだ?」
「そォだな……まずは短剣からやれ。それで大体の腕を見る」
「はいよ」
という事で、短剣を作るために、まずは山と置いてある鉄鉱石の中から手頃なものを選び、鍛冶作業スペースに腰を下ろす。
道具の場所を把握したら、早速鍛造開始だ。
「……やるか」
転生してからは初めてになるが、鍛冶は最早慣れたものだ。ゾクタンではさんざんやってたからな。
火入れも、鎚打ちも、この身体に――いや、魂に刻まれてる。
―――――………
もう、どれくらいの時間が経っただろう。
オレの意識は、熱された鉄が急速に冷やされる音で復活した。
「――――あ?」
……今、意識飛んでた?
手元には短剣の形をした鉄を掴んでいるやっとこと、それを打っていたはずの金槌がある。
え? なに? もしかしてオレ、ゾクタンで鍛冶やり過ぎて無意識で鍛冶作業してた? そんな事ある?
「お前……今、何してた?」
「何……? 何って、鍛冶……?」
「鍛冶、ね……。少なくともお前が今やった、延ばした鉄を折って、また延ばして、折って……なんて手法は、おれは知らねェな」
「……オレ、そんなのしてた?」
呟くように言いながら香燐を見やれば、彼女は胡乱げな表情のままこくりと頷いた。
知らない手法か。
確かに知らないだろう。その手法はオレがやらなければ、この世界の誰も知らないし出来ない手法。日本刀を打つ時の鍛造技法だからな。
もっとも、扱ってたのは玉鋼ではないし、鉄のみでやったところでたかが知れているとは思うが。
少なくとも折り返しなんて、この世界の鍛造技法の中には存在しない。これはゾクタンの時に世界を巡って確認した。
「まァいい。おれにとってはどうでもいい事だ。とりあえず、それ、見せてみろ」
「おう」
言われた通り、やっとこで十分に冷えた短剣を差し出すと、香燐はそれを受け取るなり矯めつ眇めつ、しばらく眺めていた。
やがて、大きな深呼吸をひとつして、短剣をこちらに投げて寄越す。
「わからねェな」
「……何が」
「お前、こいつが打てるだけの技量も、おれの知らねェ鍛造技法も知ってンのに、なんだっておれに師事しようとすンだ? 意味がわからねェ」
言われて、手元の短剣に視線を落とす。
どうして香燐に師事しようとするのか、か。そんなもの、決まっている。
「この世界の誰よりも、香燐の鍛冶技術が凄いからかな」
「ケッ。里から出た事もねェガキが何言ってやがンだ」
「ははは。でも、確信を持って言える。世界で一番の鍛冶師は香燐だ」
相変わらずゾクタンでの話になるが、これは紛れもない事実だ。だからこそオレはゾクタンで香燐に造ってもらった武具を最後まで使ってた。シナリオクリアの、その瞬間まで。
身も蓋もない事を言ってしまえば、『香燐』というのはそういうキャラクターなのだ。ゾクタン世界で一番の鍛冶師であれかしと願い、そのように設定されたキャラクター。それが香燐という鬼人族の女なのだ。
そして、だからこそ、鬼人族の里は隠れ里として設定されているのだと言える。
「小っ恥ずかしい事を平気な顔して言いやがッて……頭イカれてンのか」
「好きに言ってくれ」
「…………クソ。まァ、お前がそれでいいンなら、おれはもう何も言わねェ。好きにここに来て、好きに打って行きやがれ。どうせお前みたいなのは、好きにやらせてる方が伸びンだからな」
「はっはっは、正解」
「うるせェ」