ちょっとしたズル
「いやぁ、大自然って残酷ですよねぇ」
などと宣ってみる。
まあ、人間社会だって相応に残酷なわけなんだけども、それはそれ。知恵が働くという意味では、人間社会の方があるいは残酷なのかも?
閑話休題。
とりあえず向かうべきは山頂――というか、雷鳴峠のてっぺん。霊鳥くんはそこを塒にしてるからな。
問題は、最悪の場合、霊鳥とヤモリどもとの三つ巴戦になりそうって事なんだよなぁ。……いや、霊鳥とヤモリどもが手を組んで2VS1になる方が最悪か? ゾクタンじゃ、ヤモリどもが霊鳥の塒まで行く事なんかなかったからなぁ……。
「神鳴ノ霊鳥の弱点が火属性なのが不幸中の幸いと言えばそうか……。ま、ホムラヤモリの火力なんかたかが知れてるし、レベル差あるから効くんだか効かないんだかわかったもんじゃねぇけど」
はー……なんとも憂鬱になる状況だなぁオイ。
あ、ちなみに、神鳴ノ霊鳥はテイムはしない。地水火風の四大属性に弱いのとか、いくらステータスが良くてもテイムする気になれないからな。最大で1枠、最低で0枠だ。
その点、零滅ノ神狼が苦手にしてんのは月属性だ。
月属性ってのは、ゾクタンでは扱えるヤツが片手に収まる程度しか存在しないいわゆる希少属性ってやつで、基本的にはNPCだけに許された属性なんだけど、もんのすっっっっっごい頑張ればプレイヤーも使えるようになる。
攻撃、回復、補助、妨害なんでもござれの万能属性なんで、これを使えるようになりたいってプレイヤーはそりゃあごまんといたもんだ。
ちなみに、ゾクタンの世界では地水火風の四大属性と呼ばれるものがメインで、その他に光と闇属性があって、これらをひっくるめて下位属性と呼ぶ。
で、氷とか雷とかってのが上位属性って呼ばれるもの。零滅ノ神狼や神鳴ノ霊鳥が使ってくるやつ。
上位属性は焔、氷、雷、自然、影属性。
んで、そのさらに上に最上位属性っていうものがある。さっきの月属性はこのカテゴリで、他に天、太陽、時間、空間属性がある。
そして、これら3階級属性に該当しないものを総じて無属性と呼ぶ。物理属性とかは大体ぜーんぶ無属性。斬、突、打属性って分け方はあるけど。
地水火風はあるのに空属性はないのか、と思ったそこの君! いやぁ、実に鋭い。
でも、残念ながら空属性というのは存在しない。
……いや、厳密には、存在はするが扱える存在はゾクタンの世界には現状存在しない、というのが正しいか。
強いて言えば、3階級属性を全て内包したものが空属性である、と言える。
「――お?」
空属性について色々思考を巡らせていると、いつの間にか山頂までやって来ていたようで、巨大な鳥とそれと対峙するように周囲を囲むホムラヤモリの群れの姿が目に飛び込んできた。
そして、それとは別に、成人男性ほどの高さのある大きな卵の姿も。
「……膠着状態、なのか?」
とりあえず岩の陰に隠れて状況を探ってみれば、どうやらこの場は膠着状態にあるらしい。霊鳥の子となる卵を狙うホムラヤモリたちと、それを阻止するべく睨みを利かせる神鳴ノ霊鳥。
卵を守らなければならない以上は神鳴ノ霊鳥から動き出す事は出来ないし、さりとてホムラヤモリたちもその格の差から簡単に蹂躙されてしまうのがわかっている故に、不意討ちに近い形で卵を奪いたい……という感じだろう。
せいぜい、死ぬ瞬間まで睨み合っているがいい。
「ミヤはここで待機、アヤとサヤはあそこで睨み合ってるバカどもに現実は非情であると教えてやれ」
「きゅ!」
「きゅきゅ!」
アヤとサヤは返事するが早いか、オレの目の前から煙のように姿を消した。
かと思えば、1分と経たないうちに再び目の前に現れる。どことなく誇らしげなその表情は、たしかに仕事を遂行したと判断するには十分すぎるものだった。
「おーおー、どいつもこいつもスタンと状態異常のオンパレードで動けなくなってら。耐性貫通ってこういう時に便利だよなぁ」
見れば、神鳴ノ霊鳥もホムラヤモリたちもぐったりとして動けなくなっている。ちょっと前まで睨み合っていたのが嘘みたいだ。
……どうせこいつらここから動かないだろうし、このままアヤとサヤにやらせれば毒のスリップダメージで死ぬよな。ほんと鎌鼬三姉妹って便利だわ。
「…………弁当でも持ってくるんだったか。ぬかった」
当初の予定としては、この雷鳴峠で少しずつ奥に行く途中に反応したホムラヤモリをちぎっては投げ、ちぎっては投げ、する予定だった。
まさか神鳴ノ霊鳥とホムラヤモリがバチバチにやり合ってるとは予想だにしなかったもんで、ドロップしたホムラヤモリの肉でも食べればいいかぁ、なんて考えていたんだ。アテが外れたなぁ……。
ヤモリの肉なんてうまいのか? と思うかも知れないが、結局のところ種別としては蛇と同じなんで、きちんと調理してやればちゃんとうまい。
おまけに、HPにバフが付くし火属性耐性も付くんで、ホムラヤモリを長々と相手取る時には実に有用な料理になるんだ。
まあ、ゾクタンではそんなもの使わないでも自前の火属性耐性があったんで、インベントリに入った分だけプレイヤー商店で売ってたけど。初心者〜中級者あたりのプレイヤーがよく買い付けに来てて、狩り場変えるからホムラヤモリ終わりって告知したらみんな残念がってたっけ。いや知らんがな。
「んー……毒のスリップダメージが最大HPの1/8で小数点以下切り上げで計算だったっけ。ホムラヤモリは早々と死ぬとして、神鳴ノ霊鳥は小一時間はかかるかなぁ……。里に行って帰ってきても大体45分くらい……か」
絶妙だなぁ……!
まあ、最悪他人に横から掻っ攫われるかも知れないんで、ここを離れるのはちょっと難しいんだけども。
あー……でも、今日日横狩りなんてするヤツいんのかね。広範囲魔法の端っこがたまたま当たったとかそんなのでもない限り、横狩りなんてマナー最悪のクソゴミカス野郎として認知されるだけでメリットなんかなんにもないだろうし。
ましてやここはゾクタンをまるっと持ってきたような異世界。今のところモンスターモブを狩った経験はないから、ゲームでのドロップアイテムがどう処理されるかはわからないけど、ゾクタン同様ならソロ狩りならファーストアタッカーの、PT狩りならフィールドドロップになるはず。
つまり、オレがここでこの場を離れて、その間に誰かが霊鳥やホムラヤモリを殺したとして、ドロップアイテムはまるまるオレのインベントリに入るはずだ。
「……いやぁ、不安は拭えねぇ……!」
とはいえ、それはゾクタンと同じ仕様ならというのが前提のお話。
なってたらいいよね、くらいのものだ。
要するに何が言いたいのかといえば。
結局のところここから動けないって話。
「――おっと、そろそろか。アヤ、サヤ、もう一度だ」
オレの言葉にきゅいきゅい返事をしてから、フッと煙のように消え、しばらくして再び現れる長女と次女。相変わらずダウンしている鳥とトカゲ。
うーん……シュールだ。
まあでも、こういう手段は使える時には使っておかないとな。テイム予定の零滅ノ神狼相手には長女と次女による状態異常オンパレードは使えない戦法になるし、例えば今後冒険者として生計を立てていくとしても成り立ての冒険者がこんなもん使ってたら周りから何を言われるかわかったもんじゃない。
もちろん、そんなもの気にしなくてもいいんだけど。
大体、これはもうゲームじゃない。命を落とせば復活は無い、現実なんだ。いくらゾクタンがVRMMOで現実と遜色ない感覚で遊べるからって、実際に『戦う』って感覚は改めてこの身に刻まなきゃいけない。
そうしなきゃ、いざって時に身体が動かなくなるからな。
リアルとバーチャルの区別はつけないといけない。
「それにしても……まさかオレ自身が転生するとは思わなかったなぁ」
もしかしたら、シナリオクリア者はみんなそうなるんだろうか。
リアリティモードを選んだ結果としてこうなってるのか、はたまたスタンダードモードでもオレのような転生になるのか。……もしくは、そもそも転生という選択肢を選んでしまったが故のこの結果なのか。
まあ、普通はそれまで育てたキャラを別の種族とクリエイトで最初からなんて、選ばないよな。
……遺してきた両親は、どう思ってるのかね。
幸いと言うかなんと言うか、恋人とかそういうのはいなかったけれども、親はなぁ……。
まあ、オレはどこに出しても恥ずかしい子供だったとは思うけど。当時はニートやってたし。
ああ……でも、あれかな。オレを転生させた力の持ち主の計らいみたいなもんで、そもそもオレは生まれてなかったなんて事になってたりするのかもな。過去改変みたいな感じで。
それならそれでいいけど、でも――
「……まあ、ちょっとは寂しいよな」
こっちに生まれ直して10年とそこそこ。
転生前の意識を引き継いでる割には、実際、結構楽しく暮らせてる。母さんはド級の美人だし。
惜しむらくは、生まれたのが鬼の隠れ里って事くらいかな。おいそれと旅に出らんないもんな。周りのモンスターモブのレベルが高過ぎて。
まあ、それも今日までだ。ガンガンレベリングして、さっさと独り立ちしてやるさ。そしたらどっかの国で出世して、母さんを呼んでまた2人で暮らすんだ。
そうだなぁ……鬼の隠れ里から近いのは、ゼーレイン神聖国とヴィルトーガ帝国、それからリスフィラ王国か。政教分離してないとこはちょっと苦手だから、行くとしたらヴィルトーガかリスフィラかなぁ。ちょっと足を伸ばしてアルティ公国もいいかも知れない。
ゼーレインの人たちも――まあ、悪い人じゃないんだけどな。何よりも先に神やら宗教やらが立つってのは苦手なんだよな。
「――お、レベルアップ」
なんて事を考えている間に、ホムラヤモリたちがHPを全損しだしたらしく経験値が入って、レベルが一気に跳ね上がった。
このレベルアップシーンからでしか得られない栄養素もあるんじゃなかろうか。あったらあったで、それはどうなの? と思うけども。
「この分だと、霊鳥が倒れるのもそうかからないだろうな。今日一日使って、上げられるとこまで上げてしまうか」
オレたちのレベリングはこれからだ――!