雷鳴峠
さて、ここで一応、零滅ノ神狼のテイム条件を思い出しておこう。
予め思い出してないと、いざぶち当たった時に『……あれ? テイム条件なんだったっけ?』とかなりかねないからね!
「えっと、確か――」
ボス系モンスターモブの基本テイム条件として、HP5%未満があったはずだ。
零滅ノ神狼のテイム条件はそれプラス、召喚された狼たちを全滅させておく事、牙を部位破壊しておく事、いずれかの状態異常にかけておく事、こちらのHPが25%よりも多い事が求められる。
そして、これらを全てパスしたとしても、テイム成功確率は1%が精々だったはず。……ははーん、テイムさせる気ねぇな?
とはいえ、テイム出来れば今のオレにはとてつもないメリットになる。出来ればね、出来れば。
狙わない理由はない……んだけどぉ……流石に今のオレにはテイム条件が厳しすぎるんだなぁ。
いやまあ、転生前だってテイム出来たためしなんかないし、ゾクタンユーザーの誰かがボス系モンスターモブのテイムに成功したなんて話はついぞ聞いた事なかったから、誰にとっても平等に厳しい条件なんだけどさ。
「とりあえずレベリングから始めようかな。鬼の隠れ里スタートなのは、良かったやら悪かったやら……」
なんと言っても周辺のモンスターモブのレベルが高い。レベリングにはもってこいだ。
逆に言えば、今の貧弱なオレでは太刀打ち出来ない可能性がある。とは言っても、今はこのゾクタンの世界こそが現実だから、レベルやステータスはそこまで絶対的なものでもない……と思いたい。
……いや、思い返してみれば、実際ゾクタンではステータスやレベルの数値の重要性って、全体の6割くらいじゃなかったか? あとはテクニックだとかスキルだとかが割合を占めてたよなぁ。
「そう考えると、割と絶望したもんでもないかも?」
とはいえ、零滅ノ神狼を相手するのには心許ないというのが事実。
いきなり挑むんじゃなくて、ここはひとつ着実にいきまっしょ。
「でも隠れ里の周りのモブって大体面倒くさいんだよな……。妙にタフかったり、搦手ばっかりだったり。正面からのゴリ押しが効きにくいっていうか……」
今のオレと鎌鼬三姉妹で対処出来そうなのは……隠れ里から南にしばらく行ったとこにいる《ホムラヤモリ》あたりか。
名前の通り炎を操るトカゲのモンスターで、隠れ里周辺のモンスターモブの中では比較的良心的なステータスをしている。
ホムラヤモリの炎に焼かれると大体25%くらいの確率で3分間の《状態異常:炎傷》になる。《状態異常:炎傷》は毎秒HPが減り続ける、いわゆるスリップダメージ系の状態異常で、STRにも2割のマイナス補正が付く。
STRにマイナス補正を喰らうのは正直勘弁して欲しいなぁ……と思うんだけど、炎に焼かれなきゃいいだけなので、そういう意味でもホムラヤモリは楽に相手出来るモンスターモブだ。
「っし、行くか」
きゅいきゅいきゅっきゅと何やら楽しげに会話しているらしい鎌鼬三姉妹に声をかけて、隠れ里南の森へと向かう。
ホムラヤモリがいるのは隠れ里出てすぐの森ではなくて、徒歩で15分ほど行ったところにある……あれは、どう言えばいいのか……高山地帯とでも言うべきか。切り立った崖やらゴロゴロと転がる大小様々な石がある地帯で……エリア名が、なんだったか……。
「鬼人族の間で呼ばれてるのが、確か《雷鳴峠》だったか」
別に実際に雷が落ちたりとか、常に雷雲がいるとかじゃない。単純に、10年に1回だかそれくらいのスパンで、強大な雷属性の巨大な鳥型のボス系モンスターモブが飛来するのだ。
まあ、ゾクタンの時は10年に1回なんて設定なんてそっちのけで、現実時間で3日に一度、5時間だけポップするボスモンスターだったけど。
名前は《神鳴ノ霊鳥》。HPを残り15%まで削らないと地上に降りてきてくれないんで、結構苦労した覚えがある。んで、この手のボスに限って、降りたところでスペックは大して変わらないんで、苦労の度合いが全然変わらないんだなこれが。
「……いませんように」
願わくば、あの峠の主が降り立っていませんように。
◆
「…………あれ?」
しばらく歩いて、途中遭遇したモンスターモブも狩りつつ、雷鳴峠に到着したのだが……どうにも様子がおかしい。
「雷鳴峠に来たらホムラヤモリなんてそこら中にいたのに……なんでいないんだ?」
そう、ホムラヤモリの姿が見当たらないのである。
というのも、ホムラヤモリは分布しているエリアが広く雷鳴峠全域に渡って分布している上に、犇めくという言葉がピッタリ合致するほどには個体数が多いのだ。人も歩けばホムラヤモリに当たるとかそんな感じで。
だというのに、雷鳴峠に差し掛かってもホムラヤモリのホの字も見当たらない。
「おかしいな……。まあ、とりあえず進んでみるか」
何が起きているのかはわからないけど、進まなければ本当に何もわからないので、何が起きているのかを探っていこう。
考えられる事としては、もしかするとホムラヤモリと言えどその辺を闊歩してる時期とそうでない時期があるのかも知れないという事。人間が夏や冬になると外に出たくなくなるみたいに、ホムラヤモリにもそうした習性があるのかも?
まあ、夏でも冬でも外に出るヤツは外に出るし、小学生なんかでは冬だろうが構わず半袖半パンだったりするヤツもいた。
あれなんなんだろうな。
オレの同級生にも1人いたけど、同じ人間なのかと子供ながらに疑問だったな。オレは寒いって感じてるし、他のヤツらも大体そうなのにお前はなんなの? って。
「代謝が良かった、って事なのかなー……。でも、代謝って子供の頃なら似たりよったりじゃねぇのかね」
まあ、大人になってからもそういうのはいたから、そういうものなんだなぁ、って思う事にしたけど。
でも大人になってからもやってるヤツは大体風邪ひいてたわ。アホだね。
「いやまあ、そんな事はどうでもいいんだよ。ヤモリだ、ヤモリ。本当に見当たんないのはなんなの?」
しばらく進んでみているが、本当に何もいない。
この雷鳴峠にいるのはホムラヤモリが9割で、他には《ハガネコウモリ》と《ウォータースライム》が5分ずつ。
ハガネコウモリとウォータースライムに関しては、洞窟の中にしか存在しないので、実質ホムラヤモリが10割だ。……そのはず、なんだけど。
「……なんでぇ?」
もしかして、アレか? 神鳴ノ霊鳥がエサとして食い尽くしたとか? 転生前にちょっと話題になってた食い尽くし系ってヤツか!?
嫌われるヤツだぞ。
「んー……アヤたちを偵察にやるか……?」
見てくるだけなら鎌鼬三姉妹の戦闘力でも問題ない――というか、基本的に肉眼で捉えるのはよっぽど動体視力の良いヤツしか無理だから、鎌鼬三姉妹は偵察任務ってだけなら適任なんだよな。
まさか、ただのモンスターモブが《神眼》を持ってるはずもないし。
「でもなー……そろそろな気もしてるんだよなー。もう少し歩いたら、第一村人発見! ってな感じで――」
などと口にした瞬間、こちらを見つめる金色の瞳と目が合った。
誰が見てもそう答えるだろう明らかなトカゲ。成人男性の平均身長くらいは優にあるその体躯の背中部分には、背筋に沿って燃え盛る炎がある。
岩場の陰からのっそりと姿を現したそれは、間違いなくホムラヤモリだった。――のだが。
「え、あれ?」
ホムラヤモリはそれ以上こちらに注意を向ける事はなく、くるりと身を翻して雷鳴峠の奥の方へと這って行く。
ゾクタンでのホムラヤモリはアクティブモンスターで、索敵範囲に入るやすぐに近付いて来たっていうのに……もしかして、こっちの世界では非アクティブモンスターなのかしら。それはそれでアリなんだけど、腑に落ちない。
「えぇ……? なんで?」
わからない。
まったくわからない。
この世界に転生してからこっち、ゾクタンと遜色ない世界で『あぁ、オレの知識も捨てたもんじゃないな』なんて考えてたのに、このわけわからん挙動をするホムラヤモリのせいで一気にわからなくなった。
……いや、待てよ?
前世の最後の方はゾクタンのシナリオクリアに集中してたから、もしかしてそれでアップデート情報見逃した?
いや、違うな。
アップデート情報なんて毎回欠かさずチェックしてた。
だとすれば、サイレント修正だろうか。
ホムラヤモリはアクティブモンスターで、一匹だけ釣ってくるという事が出来ない。
だから、最初から複数体のホムラヤモリと戦う事になって、それを倒しきらないうちにランダムウォークでこちらを索敵範囲に入れた《ホムラヤモリ》が追加されて、その無限ループ……みたいなのも珍しくなかった。
これに不満を覚えたユーザーからの陳情が積もりに積もって、ホムラヤモリを非アクティブモンスターにサイレント修正――なくはない話だ。
「でも、そんな話聞いたっけな?」
オレの記憶が確かなら、シナリオクリアのための戦闘直前でも、そんな話はどこにも無かったはずだ。
もちろん、戦闘はそれなりに長い時間をかけて行っていたわけで、その間にサイレント修正かまされてるという話もなくはない。
――というか。
「ゾクタンの運営がサイレント修正なんかするかぁ?」
これ。
ゾクタンの運営ってヤツは妙な運営で、頻繁にお知らせを更新しては、やれスタッフの◯◯が自宅のPCを新しくしただの、やれ運営チームで猫を飼い始めただのと、お前らはゲームのお知らせを一体なんだと思ってるんだと何度ツッコんだかわからないような連中だ。
親しみやすいと評判ではあったがそこはそれ、頭のおかしな運営には変わりないわけで。
とにかく、そんな感じのゾクタンの運営が、まさかサイレント修正なんてやろうはずがない――というのが、ゾクタンユーザーの考えだ。
だとすれば。
ホムラヤモリは相も変わらずアクティブモンスターモブではあるが、何らかの理由によって、目の前の何かより見えていない何かの方を重視しているという事になる。
それは何か。
まあ、十中八九神鳴ノ霊鳥だろうね。
はー……面倒な事してくれるわなぁ、神鳴ノ霊鳥くんさァ! お前のせいで、最悪ホムラヤモリ一匹も狩れんやんけ!
「そう考えたらなんか腹立ってきたな……焼き鳥にして喰ってやろうか、クソ鳥め」
それにしても、なんだってホムラヤモリは神鳴ノ霊鳥のところに行ってるんだ?
逆立ちしたってホムラヤモリがあの鳥に勝てる事なんかないし、本能でそれは悟ってそうなもんなのに……。
「…………まさか、クソ鳥だけじゃないのか?」
考えられる事としては――
単純にホムラヤモリがどいつもこいつもイカれて、圧倒的強者だろうが構わないで喧嘩を売りに行ってるパターン。
それと、神鳴ノ霊鳥の近くにホムラヤモリでも狩れるナニカがいて、そいつを狙ってるパターン。
確率的に高いのは、後者かなぁ。
神鳴ノ霊鳥がホムラヤモリでも狩れるような雑魚を連れてくるとは思えないけど、どちらがより納得出来るかと言われれば間違いなく後者だ。
「……卵、か?」
古今東西、捕食者が狙うのは己より力の劣る者――すなわち、弱者だけだ。弱肉強食なんて四字熟語もあるくらいだから、それは間違いない。
だが、神鳴ノ霊鳥はホムラヤモリが100や200、あるいは1000ほど束になったところで、表面をちょこちょこ傷付けて終わり程度には戦力的に差がある。
なのにホムラヤモリはどう考えても狩りやすそうなオレの方には目もくれないで、神鳴ノ霊鳥を目指している。いやまあ、神鳴ノ霊鳥を実際に目指しているのかどうかは知らんけども。
ともあれ。
以上の事から、神鳴ノ霊鳥のところにはホムラヤモリでも狩れるような圧倒的弱者が存在し、連中は自分たちの分布を放り出してご執心であるわけだ。
ではその圧倒的弱者とは?
答えは簡単、未だ誕生を待つばかりの生命――つまり卵だ。
ほら、ヤモリって爬虫類だし。
捕食傾向は卵とか小動物になるじゃん?