鎌鼬三姉妹
朝食を終えて食休みもそこそこに、「いってきます」とだけ言い残して早速家を飛び出してフィールドに向かう。
朝食中も考えていたが、《零滅ノ神狼》は最終目標ということにして、まずは戦力の増強という事で手頃なのをテイムしていこうと思う。
というのも、一応これまで色々と鍛えてきてはいるものの、10歳の子供のステータスでは《零滅ノ神狼》をテイムするには心許ないというか、ぶっちゃけ足りな過ぎる。なんせ10歳ですから。立ち回りはどうにかなっても、最悪1日まるまるかけてのテイミングになると予想されてしまう。
それはよろしくないのだ。母さんの精神衛生的に。
で。
里周辺に湧くモンスターモブで良さげなヤツってどんなのがいたかなーと記憶を掘り起こしてみたら……いました、色々と足りていない今の時期だからこそ光るモンスターモブ。ぶっちゃけこいつをテイム出来たら、それだけで人生の勝利者になれる。
その名も《鎌鼬三姉妹》。
このモンスターモブはその名の通り常に3体で出現する。
一番尻尾が長い長女が敵をスタンさせ、その手に鎌を持った次女が敵を斬り刻み、軟膏の入った壷を肩から提げた三女が全ての傷を癒す――という、聞いただけでは無意味にも思えるモンスターだが、長女のスタンは耐性を無視して100%の命中率で入るし、次女の持つ鎌は全ての状態異常を耐性無視で入れられるし、三女が持つ軟膏は軟膏のくせに切断された部位はもちろん呪いなども解除してしまう万能薬だ。
「いや、結局治すんなら意味ないじゃん」と思ったそこのアナタ! ……大正解!
そもそも《鎌鼬三姉妹》はイタズラ用のモンスターモブなのだ。スタン→斬り刻み→治癒がセットである代わりに、特定のスキルを持ってないと視認出来ないので、PvPのイタズラで主に使われていた。たまにイタズラじゃなく、三女だけ働かせないようにして相手をじわじわと嬲り殺すような事をする奴もいたけど。
といったところで理解できたと思うが、モンスターモブのままだとスタンから治癒までセットのこいつも、テイムすると長女、次女、三女それぞれに働かせるかどうかを設定する事が出来るようになる。
テイムモンスターになったからこその仕様だ。
だから、先述したようにスタン→斬り刻みまでで相手に動かれる事なく嬲り殺す事もできれば、三女の治癒効果だけを利用して味方をヒールする事も出来る。
本来は治癒するところまでがセットなのであまり重要視されずテイムするプレイヤーも全然いなかったんだが、オレは何か悪用出来ないかとテイムして、そしてこの仕様に気が付いた。
情報は流さなかったから、多分誰も気付かなかったんじゃねえかなぁ。PvPもあんまりやらなかったし。
まあ、なんとなくテイムして気付いた奴はいたと思うけど。
「……お?」
なんて事を考えながら森の中を歩いていると、ふわりとした風が足元を撫でた――途端にスタンした。
ちなみに、スタンの効果は一定時間の全行動不能だ。
次いで全身に切傷が出来て、その一瞬あとにはスタンを含む状態異常と傷の全てが回復した。
「――《符術:縛》」
回復を確認したオレは自分でも気付かないうちにインベントリから呪符を取り出し、符術スキルを使いながら前方に投げた。
すると、バチッという音と共に前方1メートル半くらいのところに3匹のイタチが現れた。1匹は尾が長く、1匹は鎌を持ち、1匹は壷を抱えている。
「よぉし、捕獲。おいお前ら、殺されたくなきゃオレのものになれ。一日三食昼寝付き、働きに応じてボーナスを都度支給してやろう。どうだ?」
え? 求人広告打ってんじゃねえんだぞ、って?
いやいや、実はテイムってこれでいいのさ。モンスターとプレイヤーの間で契約を結ぶのがテイムだからな。
「きゅ……」
「きゅきゅ……!」
「……きゅぅ」
《符術:縛》のおかげで身体を動かせない3匹は、オレの言葉を聞いて少し話し合うみたいなジェスチャーをしたかと思うと、やがてこちらを向いて頷いた。
よろしい、契約成立だ。
……まあ、イタチがきゅぅきゅぅ鳴いてるようにしか見えんかったけども。
「では……《テイム》」
スキルを発動すると、一瞬ふわりと光った後にオレと鎌鼬三姉妹の間に魔力のパスが繋がったような感覚があった。
つまり、これにてテイム成功という事である。
意外と簡単? いやいや、これはこいつらのテイム条件が緩かっただけの事。《鎌鼬三姉妹》のテイム条件は、どんな手段でもいいから彼女らを視認して会話を成立させる事だ。
今回オレが使ったのは符術スキルの《縛》。《符術:縛》の効果は、投げた呪符を中心にした一定範囲内の生き物に対して2分間の《状態異常:麻痺》を付与する。
ちなみに、《状態異常:麻痺》の効果は、確率で全ての行動不能と身体を動かして発動するタイプのアクティブスキルの使用不能化だ。
「それで……鎌鼬三姉妹はテイムしたらそれぞれに名前を付けてやる必要があるんだったな。ゾクタンの時はなんて付けてたっけ? 確か……ええと……えぇ?」
これは何度でも言うが、この鎌鼬三姉妹はレベルがそんなになくてステータスもスキルも育ってない頃なら抜群に光るテイム対象である。
もちろん、耐性無視で刺さるスタンやその他状態異常にはものすごくお世話になるのだが、残念ながらゾクタンはRPGで往年のRPGと同じような路線を行くため、高レベル帯狩り場のボスなんかには状態異常無効スキルが生えてたりして、悲しいけどお払い箱になってしまうのだ。
じゃあ三女の完全回復は腐らないんじゃない? と思うかもしれないが、ゾクタンは時間さえかければ特殊なスキル以外は習得し放題だったので自前でどうにかなってしまう。
なんなら、耐性付き防具とかアクセサリとかで対策が出来るし、当然ながらレベルアップに応じてステータスも成長するので、プレイヤーメイドのポーションさえ仕入れれば問題なくなってしまうのである。
悲しいね、バ○ージ……。
という事で、ただでさえ視認が難しくテイム出来ない上に、そもそも鬼族の里自体が割と終盤のコンテンツなので、鎌鼬三姉妹をテイムしようなんて考えるのはよっぽどの暇人かテイムコレクターくらいのものだったのだ。
誰が頭のおかしい暇人だゴルァ!? いや、まあ、その通りなんですけどね……?
長々と語ってみたが、要するに何が言いたいのかと言うと――
「あんま利用しなかったテイムモンスターに付けた名前なんて、いちいち覚えてないんだよなぁ……」
という事です。
いや、わかるよ? 確かにオレも最低だなって思う。釣った魚に餌をやらないような事だもんね。わかるとも。
だけど、テイムモンスターってわざわざ召喚しないとアクティブにならなかったし、なんならペットシステムってのが別にあってそっちの方が人気コンテンツだったし。
そもそも論として、鬼族の里なんてものを探り当てるユーザーが少なかったのと、情報な流れてきたところで進入条件を満たせるユーザーがほとんどいなかったんだから、仕方ない事なんだ。
え? それとお前が自分のテイムモンスターの名前忘れてんのは別の話だろって?
その通り! 大正解! ハナマルあげちゃう!
「…………あ、思い出した」
ハナマルで思い出したわ。良かった。
「えっと、長女がアヤ、次女がサヤ、三女がミヤだったな」
親戚の三姉妹がそんな名前だったから、ちょうどいいじゃんって思って名付けたんだった。
親戚の名前は忘れないし、名前を考えるために頭こねくり回す必要もなくて一石二鳥! まさに天才の所業ですわ。
「という事で、長女から順にアヤ、サヤ、ミヤな」
「きゅっ!」
「きゅきゅ」
「きゅぅ」
三者三様のお返事。かわいいでちゅね〜!
というのはさておいて。これでとりあえずの回復手段は手に入れた。
符術スキルの中に回復系の技はあるのだけども、符術スキルにはそもそも呪符が必要だし、その呪符にしたって1枚1枚自分で咒を書きつけて作成する必要があるし、魔力だってコストとして持って行かれてしまう。
もっとコンスタントに、魔力のみという低コストで使える《治癒魔法》というものもあるけども、今のオレは習得出来てないし、状態異常の回復や身体欠損の回復まではすぐには出来ない。
というのを前提にして考えると、状態異常も身体欠損も回復できて、なおかつ魔力の消費もなく無限に使える回復手段として、鎌鼬三姉妹の三女が持つ軟膏は最高級の回復手段なのだ。
さて。とりあえず今のオレの足りない部分を補うという意味では、テイムするのはこいつらだけで充分だろう。《零滅ノ神狼》は正直に言ってしまえば今のオレには過ぎたるものだし、差し当たりのレベリングくらいならこいつらだけでも問題ない。
なんならその辺の魔物たちに次女のサヤが軽く斬りつけるだけで、あとはHP自動減少系の状態異常で勝手に死んでいくのを待ってれば、レベリングなんかすぐだ。
だがしかし、それではサヤだけを働かせる事になってしまう。
前世でも今生でも残念ながら一人っ子のオレには推し量れるべくもない話だが、そういう生態であるとはいえせっかくの仲良し三姉妹を離れ離れにしておく事もないだろう。オレ自身、少し歳の離れた姉でもいればべったりくっつくくらいの自信がある。向こうが邪険にしなけりゃだけど。
ともかく、この三姉妹とも《零滅ノ神狼》とも別口で何か戦力になる、自動経験値取得マシンとも呼べる魔物をテイムしたいところだ。
「あと目ぼしいのは……うーん……」
戦闘なしでテイム出来そうなのはもちろんいるけども、残念ながら能力が低いんだな。
理想としては、高機動高火力でステルス系の能力を持ってて、なおかつそれをオンオフ出来るヤツ……なんだけど……ゾクタンを遊び尽くした(暫定)オレでも、そんなヤツこの辺りには存在しないって知ってる。
いるとして、中盤から終盤に差し掛かるあたりで拠点になるベルドランド帝国という国のオルレイジ霊峰か、そこより更に進行度を進めて、ほぼ最終盤に拠点になる《星光領域》の近くにあるダンジョンくらい。
この鬼族の里からはベルドランド帝国が比較的近くはあるものの、徒歩でなら最低でも1ヶ月半、時々走れば1ヶ月と10日、馬なら1ヶ月弱というところだ。
要するに、そこそこ遠い。
行きたいのは山々だけど、今のオレでは転移魔法は使えないし、流石に断りもなく往復3ヶ月の期間を旅行に費やす事は出来ない。
そもそも行ったとしても目的の魔物に出会えるかどうかという問題もあるから、実際に行くならじっくり半年くらいを目処にという事になると思うので、どのみち無理だ。
「仕方ない……《零滅ノ神狼》まで我慢するか」