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記憶を掘り起こして



 忘れていた。

 まるっと忘れていた。

 どうして忘れていたのかと小一時間ほど自問したいくらいには忘れていた。


 何を?

 何をって、そりゃあ――


「……なんでオレ、引き継ぎのこと忘れてたんだろ」


 転生特典である。


 一体今までの事はなんだったのか。

 バカ正直に『体力作りだ!』などと意気込んでいたオレを褒めればいいのか貶せばいいのか……。


 ともあれ、アイテムやら何やらは全部引っ張ってきているのだから、これを使わない手はあるまい。

 問題は、どうすれば転生前に持っていたアイテム達にアクセス出来るのか――だ。


「んー……転生モノと言えばインベントリとかストレージだよな。ゾクタンではインベントリ呼びだったっけ」


 とりあえず往年の転生モノみたく『インベントリへのアクセス』を念じながら虚空に右手を突き出してみると、指先から景色に消えていった。

 不思議な感覚だ。

 触覚的には確かに手は存在しているのに、視覚的には、現在オレの右手は前腕の中ほどから先が消えている。ちょっと怖いな。


「えぇと……なんか成長に役立つアイテムって持ってたっけな……? 高レベルになると低レベル帯で使ってたものって処分しちゃうからなぁ。とりあえずは……なんだろ、鍛錬用の木刀かなんかあればいいか」


 どのみち、装備アイテムのうちの大半の武器は今の身体では満足に扱えないし、防具なんて装備すら出来ないはずだ。身長足りないから。

 ただ、それとは別に召喚魔法は試しておきたい。

 召喚魔法とは言うものの、精霊と契約を結んだり魔物をテイムしたりして使役し、それを召喚、送還するだけのスキルでしかないが。


 強いて利点を挙げるとすれば、それで召喚した精霊や魔物が稼いだ経験値は召喚者と折半する仕様だって事くらいか。

 つまり、契約精霊やテイムした魔物をフィールドに放置して狩りをさせるだけで、寝てても経験値稼ぎが出来るという事だ。不労所得バンザイ!

 とは言っても結局は自分で稼ぐ分の半額でしかないので、自分で稼ぐ方が効率いいじゃん? と言われたらその通りなんだけども、常時稼げるというところは普通に利点なので。


「問題は何と契約するかなんだよな……」


 現状、ステータスが絶望的に足りない。

 契約云々はもちろんのこと、召喚魔法の行使にさえも難儀するだろう。嘆かわしい。

 それを解決するためには経験値を稼いでレベリングをする事が肝要なわけなのだが、オレの現在の年齢からして母さんが魔物討伐なんぞを許してくれるはずもないだろう。


「……まあ、別にわざわざ報告する必要もないか」


 社会人の基本はホウレンソウ――すなわち、報告、連絡、相談であるが……こちとらまだまだガキの時分。年齢を盾にせいぜい好き放題やらせてもらおう。

 どうせ道場にも行っていないのだし、わざわざ大人の誰かに付いて来てもらう必要もない。楽勝だ。


「ゾクタンでは鬼族の里って言えば結構終盤の拠点なんだよなぁ」


 初期設定では鬼族の里は隠れ里として設定されていたらしい。ストーリー終盤になると来る事が出来て、上手いこと見つけられれば最高級の装備やらアイテムやらの調達が出来るという触れ込み。

 もっとも、それにリンクして鬼族をプレイアブル種族にしたせいで設定が一気に形骸化して、実装の段になった時には『ゲーム開始直後や序盤、中盤まではまったく手が出せないレベルの装備やアイテムが売ってる街』という扱いにまで落ち込んでいた。

 また、それは鬼族の里の周辺フィールドにも同じ事が言えて、境界線をちょっとでも越えると10倍以上のレベル差があるモンスターモブにぶっ殺されるなんて事になっていた。控えめに言っても頭おかしい。


 まあ、それはどうでもいいんだ。

 レベル差が影響するのはフィクションまで。半リアルのVRゲームはもちろん、ガチのリアルにとってはそんなもの在って無いようなもの。

 大切なのはプレイヤースキル。あとは運動能力とその他諸々!


「テイミングにちょうどいいヤツいたっけ……?」


 里周辺のフィールドで、即戦力になりそうなモンスターモブがいたかどうか記憶を探ってみる。

 ………………あ、そうだ。


「そういえば、この近くにデカい狼がいたな。名前は……えーと、確か……えー……あっ、『零滅ノ神狼』!」


 およそ仰々しい――いや、過ぎるほどの名前だが、蓋を開けてみれば名前の方がちょっと負けてるレベルの苛烈なモンスターモブだ。

 氷、風、闇、空間の属性を操り、部下の狼を最大で150頭も召喚する。それだけだと『魔術師的なステータスなんだろうな』と思うかも知れないが、本体はバッチバチの肉体派。

 STRとAGIが突き抜けたステータスをしているのだが、DEFやMDFも洒落にならないほど高い。魔法も扱うモブにしてはINTが低め(当社比)なのが唯一の救いであると言えるだろう。

 いわゆるフィールドボスモンスターだが、ゾクタンの仕様上すべてのモンスターモブがテイミング可能なので『零滅ノ神狼』も例に漏れない。


 ……まあ、もっとも。

 通常のモンスターモブと違ってボス系のモンスターはそれぞれ違うテイミング条件があるし、それを全てパスしたところでテイミング成功率は5%にも満たないので、ボス系にテイムを仕掛けるヤツなんかゾクタンにはほとんどいなかったが。


「あいつをテイム出来れば、しばらくは経験値に困らないだろうなぁ。半額ずつでもチリツモだし、あいつが稼いでる間は鍛冶に専念出来る」


 皮算用……とはいえ、かなり現実的な考えだ。

 ゾクタンでのテイム条件は把握してるし、問題は成功率だが……これはまあ、大した問題じゃないだろう。何せここは現実世界。野生動物なぞ、ちょっと身の程をわからせてやれば簡単に頭を垂れて尾を振るだろうさ。

 そう、これが所謂『わからせ』!


「ひっひっひ……待ってろよ、神狼。すぐにもお前を手込にしてやるからなぁ……!」

「――朝から何を物騒な事を言うとるんじゃ、坊や」


 突然頭の上から降ってきた声にびっくりして、瞬間、身体が跳ね上がる。


「あ、母さん。おはよう」

「うむ、おはよう。……して、何を言っておったんじゃ?」

「大した事じゃないよ。ちょっとテイムしたい魔物を思いついたから、それについて考えてただけ」

「テイム、か。それで手込にするなどと言うておったわけか?」

「そうそう。実質手込みたいなものじゃない? 本来人類と魔物は相容れないんだし」

「まあの。……まあ良い。そろそろ朝ごはんじゃ、起きてきなさい」

「はぁい」


 どうにか誤魔化せた……かな?

 多分、テイムする魔物に関して思考を巡らせているんだろうな。里の周りで、まだ幼い息子がテイム出来るような魔物はいただろうか――みたいな感じで。


 まあ、結論から言えばいない。皆無だ。

 何せこの周りの魔物――つまりモンスターモブは、軒並みレベルが高い。一番低いのでもレベル35〜とかだ。

 里の大人たちでも25〜30前後くらいのレベルなので、生まれて10年そこいらのオレでは、普通に考えれば魔物との対峙など出来るはずがない。

 ……とはいえ、これはゾクタン時代の話。この世界ではどうなのか、オレにもわからない。


「……ま、どうにかなるでしょ」


 後の事はその時に考えるという事にして、母さんの後について居間に向かう。


 ところで、ゲームのゾクタンの世界では出てくる料理といえば洋食が基本だった。まあ、腐っても剣と魔法のファンタジー作品であるので、世界観を崩さなくて大変よろしい。

 ただ、そんなゾクタン世界において、この鬼族の里の食生活だけは和食が基本だ。もちろん洋食も出ないではないけれども、白米と一汁三菜に漬物が基本構成。たいへんヘルシーで結構な事だ。


「して、坊や。今日の予定は、そのテイムなのかの?」

「とりあえずはそうかな」

「そうか。……そういえば香燐から聞いたが、鍛冶の修行もするそうじゃな」

「あ、もう聞いたんだ?」

「うむ。香燐からはいつでも来いと言われておる故、好きなタイミングで行くと良い。ちと寂しいが、これも坊やの自立と思って我慢しよう」

「あー……ごめんね、母さん」

「良い良い。これは儂の予想に過ぎんが、きっと坊やは将来旅をするつもりじゃろう? それを思えば、今のうちから色々と手を付けておくのは悪くない。ただ、中途半端にならぬようにな」

「わかってる。香燐にさっさと一人前って言わせてみせるよ」

「ふふふ。逞しいのう」

「もっと逞しくなるから、期待してて」

「はっはっは。では、期待しておくかの」


 にっこりと笑いながら言う母さんと朝食を食べ進める。


 ああ、存分に期待しててくれ。

 どうせこの身は鬼神になる事が確定しているんだからな。

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