スタミナは一日にしてならず
香燐の弟子になったので、とりあえずこれで武器の心配はしなくても良くなった。……と思いたい。
前のゾクタン人生では回避型のアタッカーでやってたから、今回もそれを目指していけば防具もあまり拘らなくていいかもしれない。
となれば装備代がある程度浮くわけだが……その分は回復アイテムなんかに重点を置く事にしよう。宿代の方に割り振るのもアリだな。一日の計は朝にありと言うし、いい朝を迎えるにはいい睡眠が不可欠ってもんだ。良好な睡眠環境は念頭に置かねばなるまいよ。
……さて。
装備の心配は要らなくなったから、次は鍛錬の計画を練ろう。
「まずは……何はともあれ体力作りからか」
回避アタッカーというのもあるが、オレはそもそも近接戦闘をメインに戦うスタイルだ。
ゾクタンはVRMMOだったからある程度はシステムのブーストがかかっていたが、今回は現実でしかないわけなので、最悪長時間に渡って武器を振りつつ動き回れるだけの体力を今のうちから付けていく必要があるだろう。
筋トレもしなきゃいけないけども……まあ、子供のうちから必要以上に筋肉を付けると成長の阻害になるらしいし。
それから、ストレッチは今のうちから充分にやっておくべきだろうな。筋肉が硬くていいためしなんか皆無だしな。
「んー……後の事はまた後で考えるか。とりあえず里の外周を走りまくれば体力付くでしょ」
何はともあれ有酸素運動。
まずはそれからだ。
◆
「……スタミナが足りねえ」
まずはそれからと意気込んだはいいものの、大して走らないうちに体力の限界がやってきた。
それでも子供にしては走った方だと思うんだけれども、これがもう全ッ然スタミナが無いのなんのって。
前世での子供の頃なんて、何してても何時間遊んでても疲れやスタミナ切れなんか一切感じなかったのに、これが老いってヤツなのかしらねぇ。精神的に老いが来てるから肉体がそれに引っ張られてる、みたいな?
「しょうがないか。毎日やればどのみち体力は付くし、悲観する事でもないわな」
本当は体力作りと平行して色々とスキルを取ってしまいたかったんだけども……まあ、どうせまだまだ子供の時期は続くんだし、もう1年か2年くらいしてからでも全然遅くない。
香燐に鍛冶を教えてもらう段階でもある程度の体力向上は見込めるだろうし、それも加味すれば1年も要らないかも知れないな。
前世で、成人を迎えてみて最初に気付いたのは『子供の期間ってクソ短ぇな』だった。
20歳になった次の年の1月のアタマには羽織袴で成人式に出て、為になるんだかならないんだかよくわからない、見た目だけは確かに老けてるオッサンの長くも短くもない話を聞いて、なんとなく、まだ然るべき教育を受けてないんじゃないか、みたいな漠然とした不安を抱えたままで『こっからは社会だ。あとは自己責任でガンバレ』ってな言外の圧を感じて、放り出されたような気分になったのを覚えている。
試験をパスするための勉強は何が何でもやらせるくせに、社会に出てからのノウハウは見て盗めって、そりゃいくらなんでもあんまりだろう、なんて事を思ったり。
それを考えれば、お世辞にも長いとは言えないこの子供の期間の内から、やれる事はやっておいた方がいいと思うんだなぁ。
しかしまあ、所詮は子供だから、やれる事はめちゃんこ限られてくるわけなんだけれども。
「んー……経済力ぅ、ですかねぇ……」
今から出来る株式投資とかないもんかね。
ゾクタンに株だのFXだのは無かったけども。
あったのはせいぜいがカジノ。スロットとかの機械系はなくて、ルーレットとかカードゲームだけだったけど。
この世界ではどうなんだろう、意外と魔法でどうにか出来たりしてるのかね。
「まあ、金はどうにでもなるか。それより体力作りをどうするかだよなぁ。まさかこんなにバテるのが早いとは思わなかった。完全に想定外だ」
比較的疲労をあまり感じず、スタミナ切れもそんなに気にしなくていい有酸素運動というと……思いつくのは水泳くらいだな。
やってる最中と後の疲労感を感じにくいし、『え、今スタミナ減ってる?』ってレベルで息切れもない。それに、泳ぐとなれば全身運動だから、身体全体を満遍なくゆっくり鍛えられるという点でもアリだ。
問題は、安全に水泳出来る場所を思い付かないという事かな!
里の周りにそんな場所あったっけ?
「……探すか」
せっかくだから探そう。
どうせ歩くのも走るのも有酸素運動だし、無駄にはならないんだから、いっそ安全安心な遊泳地を探してみるのも一興だ。
香燐との鍛冶修業もあるからどれくらい時間が取れるかはわからないけども、一度見つけてしまえばあとは半永久的にそこを使えばいいだけなんだから、毎日少しずつでも探索を進めてみよう。
よし! 決定!
「今日は帰るか」
体力が低下すると判断力が鈍ると言う。
要は、体力がない時に無理してもパフォーマンスは落ちるわ頭は動かないわで良い事が無いのだ。
疲れたな、体力残ってないな、と思ったら素直に休んでまた明日。これが正解。
そんなわけで体力作りを切り上げて帰宅すると、母さんが夕飯の準備をしていた。
「ただいま、母さん」
「む? おお、坊や。今日は外に行っておったのだな」
「うん。手伝うよ」
「ありがとうの。……して、今日はまた何をしておったのだ?」
おっとぉ……普段全然外に出ないもんだから、弊害がやってきたぞぉ……?
「香燐に弟子入りしてきたんだ」
「ほお、香燐にか。あやつは女だてらに里の誰よりも優れた鍛冶技術を持つ。流石の目利きじゃな。……しかし、それだけではあるまい?」
「体力作りのために里の外周を走ってたんだ。でも、効率が悪いから今度から水泳にしようかなって」
「体力作り? そんなもの、道場でやるじゃろう?」
「道場には行かない。変なクセが付いても困るし」
「むむむ……」
どうやら我が母上様は道場に通って欲しいらしい。
息子の選択を尊重すべきか、はたまた無理矢理にでも道場に通わせるべきか……という葛藤をしているのがありありと見て取れる。
「心配しなくてもちゃんと鍛えるよ。ただ、道場剣術はオレには合わないってだけ」
「しかしなぁ……」
「そうじゃなくてもオレ強いから。今更、道場剣術くらい習わなくてもいいの」
「……ほっほ。言うのぅ、坊や? しからば、明日はこの母と手合わせでもしてみんか?」
ニヤリ、と意地の悪そうな笑みを浮かべる母さん。
「やだよ。まだ鍛錬らしい事は何も出来てないんだ。せめて刀を振る感覚を身体に覚えさせてからじゃないと」
「くふふ。では、その時を待っておくとしようかの」
「そうして。言っとくけど、明日いきなり強くなってましたとかナイからね」
「……のう、坊や。母をその程度の事もわからんバカだと思っとらんか?」
「気のせいだよ」
我が子ならば! みたいな論を引っ提げて、無理やり舞台に立たせるタイプの人だとは思ってるけど。
まあ、母さんは里の中でもかなりの実力者みたいだから、鍛錬の相手には丁度いいよな。畢竟、強者との立ち合いこそ何よりの糧になるんだし。
「まあ良い。さ、夕飯にしような」
「うん。ねえ母さん、今日のメニューは?」
「今日はのぅ――」
ともあれ、どうせ先は長いのだし今すぐどうこうなる必要もない。
将来、里を出る時に相応の実力が身に付いていればそれでいいのだ。