まずは鍛冶師に
名前をどうするか悩んだので初投稿です。
またしばらくの時が経ち、オレは10歳になった。
物心がついた頃にはまだあった母に対する村八分な鬼族の里のみんなの態度も、今となっては「そろそろ赦してやるか」みたいなムードを醸している。たいへん良い傾向である。
オレも村八分の煽りを喰らったが、今となってはもうどうでもいい事だ。
仲の良い女の子も出来たし、そもそもオレは鬼神であるからして他の鬼たちとは一線を画す存在。それなら、こちらが大人の対応をしてやらないといけないというものだろう?
力の強い者が弱い者をいじめてはいけないんだから。
浦島太郎で習ったよな?
「〜♪」
ともあれ、今日は何をしようかと鼻歌を歌いながら歩いていると、道の向こう側から我が物顔で取巻きを連れて歩いている嫌な顔がやってくるではないか。
せっかく良い気分だったのに、台無しだ。
そして、どうやらそいつもこちらに気付いてしまったらしく、いやらしいニヤニヤとした笑みを浮かべてずんずんと近付いてきた。
「やあ。誰かと思えば角なし刹華じゃないか。随分とご機嫌だなあ?」
「……そう見えるか?」
「ああ、見えるとも!」
「そうか。節穴野郎は今日も幸せそうで何よりだよ。じゃあな」
そう言ってニヤニヤ笑顔とその取巻きの脇を抜けようとすると、「ちょっ、待て待て待て待て!」と慌てた様子で腕を掴まれた。
振り解けばいいんだけども、このニヤニヤマンは名前を甘羅と言って、なんと、この鬼族の里を統括している里長の孫に当たるヤツなんだ。振り解いて万が一怪我したなんて騒がれた日には、せっかく収まってきている村八分ムードが再燃してしまう。母さんのためにもそれはできない。
「なんだよ。お前みたいに取巻きつれて歩いてるのと違って、オレは忙しいの。離せ」
「まあまあ、僕の話を聞いていけよ」
「今もうさんざん聞いてやっただろ? これ以上何を聞けって言うんだよ。つーか離せよ」
「いいから話を――」
「さっさと離さねえと『母親が村八分喰らって立場が弱いのを良いことに身体を要求された。あのクソホモ野郎をなんとかしてくれ』って里長んとこに直談判してやるからな」
「そこまでしなくてもよくない!? 僕、ただ話を聞けって言ってるだけだよね!?」
と、ビビりちらかしながら慌てて手を離す甘羅。
わかればいいんだよ、わかれば。
「……ま、いいか。それで? つまんねー話だったら直談判しに行くからな」
「リスクとリターンが見合ってないんだよなぁ! ……こほん。君、この前誕生日を迎えて10歳になったろう?」
……まあ、確かに10歳になった。
えっ。なんでこいつ、普段はすげー憎まれ口叩くくせにオレの誕生日なんか覚えてんの?
誕生日プレゼントくれなかったくせに日付だけは完璧かよ。ふざけてんのか。
「……大体何を言いたいかはその顔でわかったけど、問題はそこじゃないんだよ」
「は?」
「知ってるだろ。この里の子供は――」
「あー……はいはい、道場ね。オレも?」
「もちろん」
「行きたくねえなあ……」
「絶対に行くんだぞ。お祖父様からも、お前を絶対に参加させるようにって言われてるんだから」
いやそれお前の都合やんけ。
はー、これだからお坊ちゃまは。もしかして世界は自分を中心に回ってると思ってらっしゃる?
「それオレ関係ないじゃん」
「なんだ、もしかして自信ないのか? 角なし刹華」
「うるせえなぁ、角なし角なしって。今に見てろ、お前らと違ってこの額にゃ三本の角が生えるからな」
「三本……? つまり君は、自分は伝説の鬼神だとでも言うつもりなのかい?」
「そうだけど」
「――は、はは、はははははははっ! これはお笑いだ! 角なし刹華が鬼神? ないない! もし本当に鬼神だったら、全裸で里を走り回ってあげるよ!」
「ほーお? そりゃいいや。言質取ったからな」
「構わないとも。それより、道場にはちゃんと来るんだぞ。いいか、絶対だからな!」
うるせえやっちゃな。
まあ、どうせオレなんぞは期待されちゃいないし、ちょっと顔だして木刀振ってりゃ大丈夫でしょ。
あーでも弓とか符術とかもあるんだったか。……ん、まあ、なるようにならぁな。
「あーはいはい、行きます行きます。いつ行けばいいの? 十年後?」
「それじゃ道場に通う意味がなくなるだろう!?」
「冗談だよ。15年後でいいんだよな」
「なんで増えるんだよ!」
「冗談だって。そんなカリカリすんなよ。しまいにゃハゲるぞ。……あ。なんもしなくてもハゲるか、お前の爺さんもハゲだし」
「えっ、遺伝するの……?」
「男の子は母方の祖父に似るって聞くぞ。お前の親父、婿入りマンだろ。御愁傷様。生え際には気を付けろ」
そう言ってやると甘羅は悲壮感に溢れた顔になり、しきりに「大丈夫、大丈夫だ。僕はハゲない。ハゲない。ハゲない……」などとブツブツ言い始めた。
今まで会話には一切入ってこなかった取巻きたちも甘羅を囲んで「大丈夫です。あんなの刹華のウソですよ」とか言ったりしている、
無駄だぞ。
ハゲるヤツは何やったって絶対にハゲるんだからな。
育毛剤なんか無駄なんだからな。
「じゃあな、甘羅。ハゲが決まってても愛してくれる女の子を見つけるんだぞ」
「あ、ああ――じゃなくて! 道場は明日からだから、ちゃんと来るんだぞ!」
「行けたら行くわ」
「来ないヤツの常套句じゃないか!?」
「大丈夫大丈夫。オレ暇だし」
「そうか……。…………ん?」
あっ、やべっ。
「君、さっき忙しいって言ってたよな……?」
「お前に関わりたくねーの。だから忙しいの」
「……………」
「じゃあな」
急にしょぼくれた顔になった甘羅と、それを心配そうに見守る取巻きたちを置いてその場を去る。
道場……か。
母さんに対する当たりも弱まってきてるし、ここらで計画を進めていってもいいかな。
「まずは……鍛冶屋だな」
鬼族の里には複数の鍛冶師がいる。
どれもこれも刀をメインに打つ鍛冶師だが、微妙に仕上がりに違いがあるし、作る刀の傾向にも違いがある。
そう、つまり日本のように粟田口派や国光派のような刀鍛冶の流派――すなわち『刀派』が存在しているのだ。
「えっと……確かこの道はこうで、ここを曲がったらこう行って……」
そうした数ある刀派の中でも、オレが飛び抜けて腕がいいと感じている刀鍛冶の庵に向かう。
彼女の庵は大通りに面しているわけでもなく、むしろ人の目や喧騒から逃げるように入り組んだ路地の先にあるので、ただ行くにしてもしっかり道を覚えてないと大変だ。
里を散歩しててたまたま見つけられたのは本当に運が良かったと言える。
「お、庵発見伝」
里見八犬伝と同じ発音。
パッと見はただのボロ屋にしか見えないが、実際はめちゃくちゃ立派な造りをしているその庵の戸を豪快に開け放ち、一言。
「たのもう!」
…………反応がない。
外見と内装のギャップがすごいなー、とか考えているうちに返事のひとつでも返ってこないかなぁ、と思っているが、まったくない。
おかしいな……事前のリサーチによると、彼女は今の時間はこの庵に確実にいるはずなんだけど。
「おーい、香燐ー。いるんだろー? 中入るぞー?」
言いながら玄関を潜って土間に進入する。
しばらく静かにして気配を探ってみるが、どうにも人のいる気配は無い……ような気がする。
「シカトかよ、良いご身分だなぁオイ。せっかく人が弟子入りしてやろうって押し掛けて来てやってんのに」
「――なンで上から目線なンだよ、テメェは」
おや、背後から声が? と思考するが早いか、脳天に強い衝撃と痛みが奔った。
「ったく。おれのいねェ時に勝手に入ってんじゃねェ」
突然の痛みに頭を押さえながら振り返ると、上半身にはサラシのみ、下半身には男物のズボンを履いた筋肉質な身体の長い銀髪の鬼が立っていた。
痛いじゃねえかクソッタレ。
「いない事をわかって欲しけりゃ外出中の張り紙でもしてろよ。周知努力が足りねんだわ」
「頭かち割ンぞクソガキ」
「おめでとう。そうすりゃ殺人者にランクアップだ」
「――マジで口の減らねェクソガキだな。ンで、弟子入り志願だァ? 大通りに店構えてるヤツのとこに行けばいいだろが」
「香燐の弟子になりてえの」
「……お前なァ、その妙に素直なとこどうにかなンねェのかよ。小っ恥ずかしくなってくるわ」
「悪いけど、すっかり惚れちまってんだわ。諦めてくれ」
「惚れっ――!?」
ボッ、と香燐の顔が赤く燃え上がった。
「なンでおれなンだ。女の打つ刀なんか信用出来ねェ、使えねェってどいつもこいつも言ってンだろ」
「知らねえな。女が打つ刀と男の打つ刀に一体どれだけの差があるんだ? ん? あるのは男女の差じゃなくてヒトの差、技術の差、技量の差だろ。くだらねえ事抜かしててめえの腕前にそっぽ向いてるバカの打つ刀なんて、一体誰が使いたがるんだよ」
「…………刹華よォ、テメェ、年はいくつだ?」
「この前10歳になったぜ?」
「そりゃまた。将来有望そうで結構ォ」
とか言う割には、呆れた顔をして額に手を当てて天を仰いでいる香燐。
おい、言行不一致じゃねえか。
「はァ……わかった。テメェにおれの全部を叩き込んでやる。住み込みだぞ。零華にはおれから言っといてやる」
「やったぜ。あ、でもオレ明日から道場あるわ」
「あァ? 仕方ねェな……適当でも道場には顔見せとけよ。後が面倒だからな」
「へいへい」
よし、狙い通り香燐の弟子になれた。
あと剣術の師匠も探したいんだよな。残念ながら今のところは目ぼしい人に会えてはないけども、いつか必ず『この人だ!』って人に師事したい。
都合よくその辺にいないもんかね。