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さらばエルバーク



「クロウ。そろそろ行こうか」


 白銀の毛を撫でつけながら、確かな知性を宿した獣の眼を見つめて言う。


 エリカにCQCを教えてからしばらく。

 CQC以外にも色々とスキルに関する手解きをしながら過ごしていたが、そろそろ潮時だろう。

 というのも、このエルバークに立ち寄ってそろそろ1ヶ月が経とうとしている。元々の予定としてはここまで滞在する予定はなかったので、ちょっと動いておきたいわけだ。


「せっかくゾクタンの世界に転生したんだから、色々見て回らないとつまんねえもんな」


 それに、このまま居座ってエリカの婚約者扱いされても事だ。

 同じ貴族の生まれならいざ知らず、トライセル侯爵家を継がんとしてる女傑の相手が鬼人族の男では、貴族社会で何を言われるかわかったもんじゃないし。


「――殿! 刹華殿! ……ここに居られたか、刹華殿」

「よう、お嬢様。ちょうどいいところに来なすった」

「ちょうどいいところ? 私に何か用がある、という事か?」

「いかにも。色々と世話になったし、話しておくのが礼儀だろうしな」

「む……その語り口から察するに、そろそろ発つつもりなのだな」


 おや。

 ま、話が早くていいやな。


「そういうこった。ギルドにはお嬢様の方から言っておいてくれ。刹華は拠点を移した、ってな」

「なんだ、ギルドには顔を出さないつもりなのか?」

「……正直、情に訴えられると弱くてな。1ヶ月もなかったけど、結構濃厚な人間関係を築かせてもらったし、引き止められても困るんだなぁ」

「ふふふ。では、私も行ってくれるなと言うべきだろうな。言わないが」

「助かるよ。お嬢様には宿を世話になったし、余計に行きづらいところだ」

「……なに。また、いずれ会えるのだろう。お互いに生きてさえいれば」


 寂しげな表情のエリカ。

 だからそういうのに弱いって言ってんだろ。


「五体満足でいろよ、トライセル家のご令嬢?」

「もちろんだ。……時に刹華殿。私と結婚する気はないか?」

「ないな、今んとこ。ま、オレが爵位を得られたらその時また誘ってくれ。結婚(そういうの)は誰も文句を付けられないようにやらないと」

「む……わかってはいたが、こうも簡単にフラれると悔しいものだな」

「悪いね。今はこの世界を楽しむ事が、人生の目標なのさ」

「転生者ならではの楽しみ、というわけか」


 そうではあるが、そういうわけでもない。

 世界の楽しみ方なんてそれぞれだし、転生者であるかどうかなんて、関係があるようで関係ないものだ。

 この世界に生まれ落ちたから、この世界を楽しむ。

 たったそれだけの事。


 まあ、貴族生まれではなかなか思い至らない思考かも知れないけども。


「んー……楽しもうと思えば楽しめるんだぞ、お嬢様も」

「は……?」


 きょとん、と。

 それまでの表情はどこへやら、呆けたような顔になるエリカ。


「誰だって、選べるんだよ。王侯貴族だろうが、平民だろうが、貧民だろうが。お嬢様だって、冒険者を選んだからここにいるわけで」

「それはそうかも知れないが……だが、誰にも選べるものではなかろう?」

「そりゃあ、金の問題とか立場の問題とか、色々障害はあって本当ならあるはずの選択肢が選べない、って事はあるかもな」

「だろう」


 我が意を得たり、とばかりに何度も頷くエリカ。


「でも、それって『どうしようもない』事じゃないだろ?」

「……ふむ?」

「確かに多少の制限はあるかも知れない。でも、そういうものに眼を瞑ったら、どうだ? 例えばお嬢様なら、トライセル侯爵令嬢という立場に眼を向けないで冒険者を続けるとか。そうすれば確かにトライセル侯爵家としては痛いのかも知れないけど、そもそもお嬢様しか後継がいない時点でトライセル侯爵家現当主とその夫人の落ち度ではあるわけだろ?」

「それは……いや、さすがに屁理屈だろう。確かに貴族家にありながら後継者の予備を用意しておかないのは、それ自体がダメな事ではある。だが、だからと言って私がそれを放棄していいという理由にはなるまいよ」

「もちろん。これはあくまで可能性の話だ。ものすごく選びにくいし、なんならほぼ選べないくらいの選択肢の話だ。選べなくても、選びにくくても、選択肢は確かに存在しているんだって、それだけの話だよ」


 要するにこれは、つまらない言葉遊びってやつだ。

 言うだけなら誰にも出来る。

 しかし、実際のところは誰もが難しい。

 飾らない言い方をするなら、詭弁、というやつである。


「ま、言うに及ばずこれは詭弁だ。実際は、現実ってヤツはそう上手く廻ってくれないし、その時々で選べる選択肢なんてひとつか……まあ、いってもみっつくらいが限界だ」

「うむ……」

「――けどな」


 それでも、これは『可能性』の話なので。


「未来の事は誰にもわかんないからさ。あるいはトライセル侯爵家も、近い将来没落してるかも知れない。そうなったら、取れる選択肢は増えるだろ?」

「フ……まあ、まずありえん話ではあるがな?」

「だろうね。んま、そういうわけだからさ。思考実験じゃないけど、無聊をかこつ時に考えてみてもいいんじゃない? 多少の慰めにはなるよ、きっと」

「忘れてなければそうしよう」

「ん。……さて。そろそろ行くよ。宿から何から、色々と世話になった」

「貞操守護の礼には安いものだ。して、次はどこに行くつもりなんだ?」

「とりあえず王都クルトナークを目指すかな。道中寄り道もするかも知れないけど」


 観光先に困ったらとりあえず首都に行っとけ理論である。

 どの国でもその国の首都を観光してれば、おおよその場合においてハズレはないし、仮にハズレてもそう大きくハズレる事はないのである。

 ちなみに前世では旅行なんかした事ない。学校の修学旅行がせいぜいだった。

 良くも悪くもオレは都会の生まれ育ちで、良くも悪くも大抵のものが手に入れられて、良くも悪くもオレの趣向と旅行は噛み合わなかったのである。


 それもこれも、家の近くにコンビニとディスカウントスーパーがあったのが悪い。うまい飯屋もあったのが悪い。そんで、それらに行くより駅の方が遠かったのも悪い。

 本当に、良くも悪くも、『大した距離を移動しなくてもいい理由』がそこにはあったんだ。良くも悪くも、ね。

 あとは通販とデリバリーで。

 そんなもんだったな、畢竟。


 さておき、目指せ王都クルトナーク、だ。

 クルトナークは読んで字の如くリスフィラ王国の王都であり、王族の住まう王宮を中心として円形に街が広がる都市だ。

 城下町は貴族区と平民区に分かれていて、王宮に近い円を貴族区、更にその外周を平民区としている。

 王族の住まう都市であるが故か、ダンジョン都市に次いで人の集まる都市である。地方に比べると多少物価が安い。物が多いからね。


「王都か……」

「お嬢様。悪い事は言わんから、五体満足なうちに里帰りはしとけよ。腕一本、脚一本、無くなってから会いに行っても意味ないんだぞ」

「……覚えておこう」

「命の軽い世界だからな。五体満足である事は何より貴重だ。トライセル侯爵や夫人に心労はあんまりかけないようにな」

「わかっている。最近は……帰れてはいなかったが。だが、定期的に帰るようにはしているから安心してくれ」

「オレを安心させてどーすんのよ。別に腕一本千切れようが脚一本もげようが、オレは再生させられるから心配も安心もしないぞ。出来るもんは出来るんだからな」

「貴族が囲い込もうと躍起になりそうな事をさらっと言うんじゃない。死ぬ気で引き留めようかと一瞬考えたぞ」

「残念でした。オレの道行きを阻止したかったら……あー……まあ、神様でも連れて来るこったな」


 まあ、神様だろうが退けて通るけど。


「無茶を言う。…………ではな、刹華殿。幸多からん事を」

「おう。お嬢様も、せいぜい無事でな。次に会う時は結婚してたりしてな」

「どうだろうな」

「じゃ、運命の交叉路でまた会おうぜ」


 最後にそう言ってクロウにライドオン。

 首のあたりをポンポンと軽く叩いてやれば、我が意を得たりと歩き出してくれる。ほんと賢い子ですわ。


 クロウに乗ってエルバークの街を出れば、そこからは引き絞られた弓が矢を放つが如し。

 現代日本ではおよそ郊外か地方にしか見られないような原風景とも言うべき緑の風景が急流のように流れ去り、点在する村落をしばしば見かける。

 自然って、いいもんですねえ。

 ま、田舎暮らしなんか死んでもしたくなかったけど。都会の利便性に比べりゃ多少物価が高いのなんてなんのなんの。


「とりあえず王都まで直行するとして……またお嬢様みたいなのを拾わないといいなぁ」


 あんなボーイミーツガールなんて、ラノベの序盤に主人公とメインヒロインが出会うくらいでしか発生しないって。

 エリカはメインヒロインじゃないけど。

 オレ的には香燐がメインヒロインなんだよな。向こうは相手してくれないからとっくに諦めてるけど。

 師弟関係もそうだけど、香燐的にはオレは手のかかる弟くらいにしか映ってないと思うんだよなー。まあ、思い切って告白してみたら多少意識はしてくれるかも知れないけど……どうかなぁ。


「……ま、いいか。とりあえず恋愛方面は考えなくても」


 良くも悪くも、オレたち鬼人族は長命種であるからして。

 100年そこら伴侶について考えなくたって問題ないさ。

 …………いざその時になって枯れてたらどうしよう。

 そろそろ伴侶を……って思ったタイミングで、もう勃たなくなってました、なんて笑えないにも程がある。


 いやまあ?

 別に何がなんでも血を繋ぎたいわけじゃないし、後継ぎって部分に関してはどうでもいいんだけど、なんだかんだセックスはしてみたいんだよな。

 前世では童貞捨てるだけ捨ててそれ以降の経験ってなかったし、そういう部分もこの世界で楽しみたいからな。異世界の女性ってだいたい平均以上の顔面偏差値してるし。

 ましてやここは元ゲーム世界。

 男も女も、大概のヤツが美男美女だ。期待しないわけがない。


「……早速色街に繰り出すのもアリか……」


 いやぁ、楽しみだなあ……!

 さてさて……そしたら、改めて平穏無事な道行きを祈るとしますか――



 ――――ァァァァァ……!


「フ◯ック! フラグ建てちまったチクショウ! クロウ、悲鳴の聞こえた方にダッシュだ!」


 聞こえた以上、無視は出来ない。

 我ながら難儀な性格に生まれたものである。

 あーあ、日本人でなければな! 前世が日本人だったばっかりにお人好しに育っちゃったなー! 


 え? 白々しい?

 HAHAHA…………うるせえやい!

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