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吊り橋効果なんてなかった



 かくて、メロウトレント討伐はつつが無く進行した。

 やる事は結局、火属性魔法でメロウトレントを脅しておいて、相手が何も出来ない間に倒す。これだけ。

 火の玉が自分の近くにあるだけで何も出来なくなってしまうトレント種さん側に問題しかないので、残念ながら同情の余地など存在しない。

 もっと言えばそんな設定にした開発が悪い。

 魔物ぞ? 奴ら魔物ぞ?


 さておき。

 攻略法を知ってればトレント種は脅威でもなんでもなく、火にビビり散らかすだけの木材でしかないので、討伐に支障など出るはずもないのだ。


 そんなわけで、やがてメロウトレント討伐は完了を迎え、オレとエリカは村に戻った。

 森から戻ると、心配そうな顔のドルアンと、疑わしさ半分、期待半分の村人たちが迎えてくれた。


「ドルアン老、メロウトレント討伐はとりあえず完了した」

「おお……そうですか……!」

「だが、今この時殲滅出来ただけで、今後がどうなるかはわからない。随分火を使ったから、トレント種みたいな植物系の魔物の発生はしばらく無い……とは思うが、確証はない。気を付けておいてくれ」


 ゾクタンでは、モンスターのポップに関して『大気中の魔素が結集して生まれる』という設定があった。

 あくまで裏設定というだけで、実際はクールタイムがいくらかあって、それが終わったらポップするという仕様になってたけども。

 それから、トレント種のように火を異様に恐れたりという特徴のあるモンスターに関しては、そのモンスターが嫌がる属性の魔法なり攻撃なりが使われた場所では、そのモンスターのポップがしばらくなくなるという仕様があった。


 今回で言えば、トレント種であるメロウトレントは火を異様に恐れるので、火属性を使って倒しまくると現実の時間で一週間〜10日ほどメロウトレントのポップが完全になくなる、という具合。

 ちなみに、松明を使ってやる討伐法だと『火属性のものを使って倒した』という判定にならないので、トレント種をずっと狩っていたいならこっちがオススメだ。


「ありがとうございました。我々ではメロウトレントをどうする事も出来ませんからな……」

「…………ああ。そうだな」

「ともあれ、これにて依頼は完了、ですな。依頼書はありますかな?」

「うむ、ここに」


 エリカがインベントリからメロウトレントの討伐依頼書を取り出す。

 ドルアンはそれを受け取ると、こちらもインベントリから取り出したナイフを使って指先を傷付け、滲んだ血を依頼書に押し当てた。


「依頼完了」


 とキーワードを口にすると、依頼書が一瞬光り、『依頼完了』の文字が浮かび上がった。

 これにて本当に依頼は完了だ。ゾクタンではこういうのはやらなかったが、関連NPCに報告するだけでクエストクリアになるという仕様を上手いこと落とし込んだのがこれなんだろう。


「うむ、確かに。……では、帰ろうか。刹華殿」

「ああ。長居する理由もないしな」


 それに、この村にはもういくらも居たくない。

 この村とオレの性格は相性が悪いからな……。


「じゃあ、クロウ。帰りも頼むぞ」


 オレの言葉にウォンと鳴いて応えるクロウの背に乗って、別れの挨拶もそこそこに村を後にする。


「…………刹華殿」

「んー?」

「王国の民は、あれが全てであるとは思わないで欲しい。我々リスフィラ王国貴族が守護する民たちは、ああいう手合ばかりでは――」

「わかってるさ」


 ――ああ。わかっているとも。

 人間、誰も彼もが高潔であるわけじゃない。

 あの村みたいな手合も、探せばいくらでもある事だろうと思う。

 もちろん、そればっかりでない事もわかってるけれども。


「でも助かったよ、お嬢様。あのままいたら、メロウトレントの代わりに殺してるところだった」

「……私も、ああいう手合は苦手なのだ。どう言えば良いのだろうな、ああいうのは……他責思考というのか、他力本願というのか……」

「ま、いずれにせよあの村は早晩滅びるだろうな。冒険者だって、報酬って旨みがなければ動かないし、領主の抱える軍隊だって、あそこに行くには時間がかかる」

「うむ。しかし、そう早く滅びるだろうか?」

「滅びるさ。魔物被害なんて、いつでもどこでも発生するんだ。真偽はともかく村人全員でゼルを出し合った以上、2度目3度目は、仮に依頼が出せても難易度に見合わない報酬設定になるだろう。そうなったら、駆け付けてくれる冒険者なんかいない。自助努力を怠る者は、神様だって助けちゃくれないんだ」


 あの村の評価は、それに尽きる。

 自助努力をしない村。


 オレは提案した。

 トレント種の狩り方を教えてやる、と。そうすれば今後同じような事があったとしても、また依頼を出す金を稼ぐ事も出来るだろう、と。

 だけど、あのドルアンも村人たちも、誰一人として『教えて欲しい』と言ってくる人間はいなかった。

 村長が音頭を取ってでも教えを請うべきであったにも関わらず、彼らはそれをしなかった。


 つまり、終わりだ。

 あの村はいずれ、今回のような魔物被害で滅ぶ。

 そんなもん教わらなくてもやっていけるというプライドなのか、はたまた、そんなもん教わらなくても魔物被害になんか遭わないという傲慢なのか。

 いずれにせよ、彼らは選択した。


 そう遠くない未来に、あの村が魔物被害で滅んだという報せを耳にするだろう。

 その時に思うのだ――やっぱりな、と。


「ま、村ひとつ滅んだ程度でどうなるわけでもないしな」

「ドライだな、刹華殿は」

「こんなもんだろ、人間なんて」


 世界のどこかで誰かが死んだって、わざわざその死を悼んだりはしない。

 良くも悪くも、人間ってそういうものだ。

 オレだって、知りもしない人間の死をわざわざ悼んだりはしない。だって知らないんだからな。


「お嬢様はそういうのも苦手そうだな?」

「……どういう意味だろうか」

「いちいち感情移入して、苦労してそうだなって事だよ」

「む…………」


 どうやら図星を突いたらしく、エリカは押し黙ってしまった。

 まあ、エリカの性格周りの事はゾクタンで知っているからな。図星を突くくらい楽なもんだ。


「……時に、刹華殿。何故刹華殿は私の事をお嬢様と呼ぶのだ? 私やトライセルに仕えているわけではないではないか」

「そりゃあしょうがないってもんだろ。トライセル侯爵令嬢とは呼べないし、エリカと呼び捨てるには流石に時期が早すぎる。お嬢様が安パイなんだよ」

「エリカで構わないのだがな……」

「……いいのか? メイドたちの前で『エリカ』なんて呼んでみろ。冒険者稼業に身をやつした我らがエリカお嬢様に、無いと思っていた男の影が! 春が! なんて言って、外堀を埋めようとしてくるぞ」

「私のメイドたちはそんな――」

「古今東西、自分が中心でない恋バナには、女は躍起になるもんさ。お嬢様だって、よその令嬢の恋愛話とか、興味がないわけでもないだろ?」

「そ、それは、そうなのだが……っ!」


 それ見たことか。

 だから、まあ、安易に親しげな呼び方なんかするもんじゃないんだ。

 壁に耳あり障子に目あり――どこで誰が見てるかなんて、わかったもんじゃないんだからな。


「じゃ、そういうわけで。呼び方については諦めてくれな」

「むむむ……」


 何がむむむだ!


「しかし、そうと断じるにはあまりに早計なのではないか? 私のメイドたちだって、必ずしもそうすると決まったわけでは――」

「お前それ本気で言ってる?」

「……すまない」

「いや、まあ、いいんだよ? 親しくするのはさ。だけど、立場ってもんがあるんだから、そこはきっちりしておかないとダメだよな?」


 エリカと違ってオレは貴族でもなんでもないし、単なる冒険者仲間として仲を深めるのがいいと思う。

 そうすれば、メイドたちに外堀を埋められる事もないし、トライセル侯爵に『私の娘が……!』みたいな事も言われずに済む。

 まかり間違っても婚約者なんぞになるわけにはいかない。だってエリカは別にタイプでもなんでもないもの。ゾクタンの推しNPCというか、大好きなNPCは他にいるので、エリカとそういう仲になるつもりは無いんだ。


 まあ、ほっとけばエリカは冒険者として大成していくから、トライセル侯爵家についてはあんまり考えなくてもいいかもしれない。

 トライセル侯爵も、エリカに関しては割と諦めてるはずだしな。


「つまり、刹華殿は私とそういう仲になるつもりは無い、という事だな?」

「ま、有り体に言えばそうだな。というか、出会っていくらも経ってないのに、やれ恋人だの婚約者だのなんて考えられるわけないって」

「……私は、刹華殿は結構良いと思っているが?」

「それは吊り橋効果ってヤツだろ」

「吊り橋効果……とは、なんだろうか?」

「吊り橋って、橋の割には足場がグラグラしてて結構怖いだろ?」

「確かに、今にも落ちそうだとは思うな」

「うん。んで、その恐怖によるドキドキと、異性と一緒にいるドキドキとが混同されて、『もしかしてこの人の事、好きなのかも……?』と勘違いしてしまうのを、俗に吊り橋効果と言うんだ」


 ちなみにこの吊り橋効果、1973年にカナダの心理学者2名によって提唱されている。

 初めて知った時は『メディアが根拠の無い事を好き放題言ってるわけじゃないんだなぁ……』とか思ったもんだ。


 あと、吊り橋効果は相手がある程度整った顔をしている場合にのみ働くもので、ブサイクが相手だと逆の効果を発揮する事が証明されている。

 なんとも世知辛い話である。

 まあ、ベールを剥いでみればただの錯覚から生まれた『なんちゃって恋愛感情』なので、そう考えると吊り橋効果ってロクでもない話だなって思うわ。


「中身はただの錯覚だから、後になって『私、本当は恋愛感情なんか抱いてなかった』と我に返る事が大体だとか」

「それはまたなんとも……」

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