トレント種ってそういう魔物
「お前、何者だ!」
「帰れ!」
エルバークからクロウに乗ることおよそ30分。
件の村に到着したはずのオレたちは、ありがたくも村人からの洗礼を受けていた。
木を削り出した槍を手に持ち、両手持ちの中華鍋のような鍋の取っ手に紐を通した兜を被った、推定年齢10歳手前ほどの男の子が2人。
敵愾心丸出しで、言外に『こんな大変な時によそ者が何をしに来たんだ』とでも言っているかのような雰囲気を纏っている。
「なんだ、お前ら? クソガキじゃ話にならんから、さっさと村長を連れてこい」
「せ、刹華殿、もう少し優しくだな……」
「事態は一刻を争うのは、この村もオレたちも同じ事だ。子供の青い正義感に付き合ってる暇はない」
まして、こちらは一応仕事で来ている。
このクソガキ共はそんな事知ったこっちゃないだろうが……だとしても、門前払いを喰らう理由にはならないからな。
「ほら、さっさと行け。そんで話のわかる大人を連れて来い」
「うるせえ! よそ者は通すなって言われてんだ!」
「帰れ!」
ぐっ、と槍を突き出しながら言う子供たち。
んもー……めんどくさいなぁ……。これだから子供って嫌いなんだよ。鬱陶しいし、ロクに話を聞きゃしない。
「クロウ、鳴け」
と命じると、我が意を得たりと思いっきりウォン! と吼えるクロウ。
ビビる子供たち。
「ビビるくらいなら早く大人呼んで来いっての。ほら、さっさと行けって」
「刹華殿。行かせたいのかビビらせたいのか、どっちなのだ?」
「せっかくだし遊んでやろうかなって」
スキル《狼王の咆哮》まで使わせたら流石にマズいよな……。
泣くとか失禁するで済めばいいけど、最悪死ぬし。
「でも困ったな。これじゃあ依頼どころじゃない」
「確かに……。私も、まさか依頼を達成しに来たところで門前払いを喰らうとは思わなかった」
「早いとこ大人を呼ぶか来て欲しいんだけどな……。子供には依頼の事なんかわかんないだろうし」
見るからにヒューマンだしな……。
これがドワーフだとかハーフリングだとかってなら、パッと見が子供に見えるだけの大人です、で片がつくんだけど……人族の子供だからなぁ……。
「――お前たち!」
「いっ……!」
「うげっ……!」
どうしたものかと考えていると、肩をいからせた、明らかに私怒ってますよ顔の老人が、こちらへやってきた。
「話のわかる人間が出てきたかな。クロウ、伏せろ」
ようやく大人が出てきたので、クロウを伏せさせてその背から降りる。
老人は子供たちの兜を剥ぎ取るとその脳天にそれぞれ拳骨を落とし、悶絶して地面を転がる子供たちをよそにこちらに向き直った。
「こんにちは、お二方。この村に御用ですかな?」
「ああ。オレたちは冒険者ギルドに来た依頼を受けてここに来た。メロウトレントのヤツだ」
「おお、冒険者の方でしたか……! この度は依頼を受けていただきまして、ありがとうございます。わしはこの村の村長をしております、ドルアンという者です」
「Fランク冒険者の刹華だ」
「Cランク冒険者のエリカ・トライセルと申す」
「はて……FランクとCランク、ですか……?」
なんだか釈然としない、とでも言いたげにドルアンは首をかしげる。
気持ちはわかる。冒険者ってのは大体近いランクのヤツがパーティを組むからな。FランクならFランクか1つ上のEランクのヤツと、とか。
「冒険者登録したのが昨日なんでな。生憎とまだ駆け出しなんだ。このクロウはオレの従魔だけどな」
「なるほど、そうでしたか。それにしても大きな狼の従魔ですな……魔物としての名前はなんと?」
「零滅ノ神狼だな」
「は…………?」
ぽかん、と口を開けたまま固まるドルアン。
や、わかる。わかるよ。駆け出し冒険者が零滅ノ神狼を従魔にしてたら『は?』ってなるよな。誰だってそうなる。オレだってそうなる。
「ふふふ。ドルアン殿、こちらの刹華殿は鬼人族でな。鬼人族の里の事はドルアン殿も知っていよう?」
「え、ええ……いずれも強力な魔物が跋扈する中に住んでいるという種族ですな。エルバークから近いところにその里はあるとか」
「うむ。刹華殿はそこの生まれで、故に駆け出し冒険者でありながら高レベルの御仁なのだ。トレント種の対処法も知っている」
「なんと。や、これは失礼いたしました。随分とお若い方に見えましてな」
「それは間違ってないぞ、ドルアン老。オレは昨日、鬼人族の里で成人の儀を済ませたばかりだ。なんでまあ、年齢的には満15歳だな」
「…………ほ?」
これはいけない。
流石に情報量が多過ぎたか。
ボケ老人じゃないのにボケ老人にしてしまいかねない。
「…………ほっほっほ。世界は広いですな」
あー、ほら、情報量過多で現実逃避しちゃった。
「ま、ランクほど弱くはないって思っててくれたらいい。それよか、この村で戦えそうな人間はいるか?」
「いない事もありませんがな……冒険者の方々に比べれば微々たる戦力です」
「あー、いや、別に協力は期待してないんだ。また今回みたいにトレント種が出たってなった時のために、戦い方を教えてやれればと思ってな」
「トレント種との戦い方、ですか」
「ああ。この村の規模じゃ、依頼の報酬として出すゼルを捻出するのもなかなか厳しいだろ」
パッと見では、この村には特産品があるようには見えないし、メロウトレントの討伐依頼ひとつ出すにもそれなりの額のゼルが必要になる。
村の住人からカンパしてもらって依頼料と報酬分は捻出出来たとして、ではその先は?
魔物被害というのは、8〜9割方天災に近い。
今回のメロウトレントだって、本来ならエルバーク近郊には存在しない魔物のはずで、この村の近くの森にだって出没するはずのないものだ。
今回はどうにかギルドに依頼出来た。
――じゃあ、次は?
もし短いインターバルの後に、またメロウトレントが現れたら? その時の依頼料は? 報酬に支払う分のゼルは?
村の規模を見るに、短いスパンでの連続の依頼は出来ない。
だったら、解答用紙ではなく解き方を知る方がよっぽど有用だろう。
「……ええ。お恥ずかしながら、この度の依頼も村の全員でゼルを出し合って依頼しました」
「だよな。だから、トレント種くらいは自分たちで殺せるようになってた方がいい。幸い、トレント種の木材は燃料としては一級品だ。売れば結構な儲けになるだろう」
トレント種がドロップする木材は、基本相場で2500ゼルからの取引になる。
1体倒すごとに3〜5本ほどドロップするので、1体あたりの期待値は10000ゼルだ。
ちなみに、1ゼルあたりは大体10円の計算になるので、トレント種1体につき10万円である。10万あれば、およそ半月〜20日程度の食費にはなるだろう。
まあ、それはあくまで円換算した場合の、日本で暮らすのが前提の話であって、ゼルだけで計算するなら2ヶ月半くらいは食っていける。
とはいえ、物価は街ごとに違うので、あっちでは10000ゼルで2ヶ月半だったけど、こっちでは2ヶ月しか保たんわ! っていうのはある。
「では、こちらへ。どうせ村の者も集まっているでしょうからな」
そう言って先導するドルアンの後ろについて行くと、ラウンドアバウトめいた広場に老若男女が集まっていた。
誰も彼も、こちらを見ては驚いたり怪訝そうな顔をしたりしている。
「村長、そっちの人達は……?」
村人の中の1人がドルアンに問う。
「こちらのお二方は依頼を受けてくださった冒険者の方だ。大きな狼は従魔だな」
「冒険者……じゃあ、メロウトレントの事を解決してくれるんだな!?」
村長に話し掛けた村人がそう口にすれば、他の村人たちも口々に『やった!』とか『金が無駄にならずに済んだ!』とか言って喜んでいる。
……なんだかな。こいつらがトレント種を狩るのは、もしかしたら無理かも知れない。
「それなんだけどさ。せっかくだから、村人であるアンタたちにメロウトレントくらいは倒してもらおうかなって」
「やっ――なに?」
「トレント種の狩り方を教えてやるから、自分たちで狩ったらどうだ――って言ってるんだ」
「狩り方を……? だが、俺たちは冒険者でもなんでもない。スキルだって、戦闘用のものはそんなに……」
「あー、要らない要らない。戦闘用スキルも冒険者登録も必要ない。必要なのは自分の身体と松明、それから適当な斧だけだ。俺はやるぞーってヤツは、今言ったものを持って集合」
と言ってみても、動く人間はいなかった。
まあ、仕方ないといえば仕方ない。元々ギルドに依頼されたものなんだから、ここの村人たちがわざわざ身体を張る必要もない。
それに、オレがしたのはあくまで提案であって命令でもなんでもないから、強制力もない。やるかやらないかは村人たちの自由だ。
「……オーケー。志願者はナシだな。じゃ行こうか、お嬢様」
「うむ」
「ドルアン老、早速森に行ってくるよ。どれだけいるのかにもよるが、そう長くはかからないと思う」
「わかりました。冒険者の方に言うのも違うのかもしれませんが、どうかお気を付けて」
ドルアンの言葉に手を振って応え、この村の人間が普段から利用しているという森の方へ歩を進める。
入ってからいくらもしないうちに、他の木とは明らかに違う木を見つけた。
「ああ……いたな」
「む? どれだ?」
「ほら……あれだ。他の木と違って、実をつけてるだろ」
目算でおよそ60〜70メートル先にそれはいた。
見た目には美味しそうな赤い実をつけた木にしか見えないが、周りと比較すればよくわかる。周りの木は明らかに葉しかつけていないのに、不自然に実をつけている。
もちろん、そういう木だ、と言ってしまう事も出来る。
まあ、そう断じるにはあまりに不自然な状態にあるわけだけども。
入ってからそんなに経ってないが、この森の植生は大体把握した。基本は広葉樹林で、ちょいちょい木苺によく似た形のオレンジの実をつける低木がある。
実をつける木もあるにはあるが、残念ながらこの辺りには赤い実をつける木は存在しなかった。
つまり、赤い実をつける木は、この森においては異端であるというわけだ。
「あの、赤い実の生っている木がそうなのか?」
「そうだ。まあ、一応確かめてみようか――《ファイアピラー》」
地水火風の火。火属性魔法の《ファイアピラー》は、指定した地点に火の柱を発生させる魔法だ。
それを目的の木の真横を指定して発動させる。
「これは……!」
「いっそ哀れだよなぁ……」
火の柱が現出した途端、赤い実をつけた木が焦りまくった人間みたいに揺れだした。
揺れているというか、もはや震えている。ガクブルってヤツだ(インターネット老人会)。
「とまあ、このように。トレント種は火を異常なまでに嫌がる。火があるうちは生物を襲う事よりも自分の命を優先するから、万が一にも襲われる心配もない」
「……確か、メロウトレントは歩くのだったよな? 何故アレはそうしないのだ?」
「トレント種はどこまでいっても木だから、発生した場所からは動けないのが基本だ。歩くのは自分のエネルギーが枯渇しかかっている時――つまり、自分が餓死しかけないと奴らは動かない」
要するにニートである。
「今は命の心配はあってもエネルギーの心配はないから、だから動かないわけだな」
「……魔物としては致命的なのではないか?」
「ああ。おまけに、奴らが狙えるのは最大でも中型の魔物まで。うちのクロウやミノタウロスみたいな大型の魔物には逆にやられるから、手を出さないんだ」
「大型の魔物しかいない場所に発生したトレントはどうなるのだ?」
「……まあ、普通に死ぬ。大型しかいないから手が出せず、エネルギーも枯渇していく。だから一縷の望みを懸けて歩き出すんだが……」
「だが……?」
歩き出すんだが、なぁ……。
「魔物は普通の木の実とトレント種がつけてるフェイクの木の実の判別がつかないんだ」
「…………つまり」
「木の実にありつけると思ったら実はトレントの身体でした~、ってなったら、お嬢様ならどう思う?」
「まあ……言い方は汚いが、『ふざけるな』とは……」
「大型の魔物もそれだ、美味そうな木の実を見つけたのにトレントだってなったら、そりゃもうブチギレる。キレられたトレントは、残念ながら木片となって消えていく」
悲しいね、バナージ。
「擬態は半端で根は臆病。火なんか近付こうもんなら擬態なんか知った事かと震えだす。トレント種って、そういう魔物だよ」
「哀れだな……」
「いやほんとに」