依頼にあった村へ
明けて翌日。
オレとエリカの姿は、冒険者ギルドにあった。
ちなみにメイドたちは見送りの時にまたぶっ倒れてた。そんなにクロウが怖いかね?
「これなどどうだろうか?」
「ん? あー……いいんじゃないか? 割と緊急性も高そうだ」
何をしているのかといえば、依頼の物色だ。
エリカが差し出してきたのは、メロウトレントの討伐依頼。
ここエルバークから東にしばらく行ったところにある村からの依頼で、その村では普段森の中に入って狩りなり採取なりをしていたんだが、どこからかメロウトレントが出没し、普段の生活に支障が出ている―という事らしい。
メロウトレントとは、パッと見はリンゴの木によく似ている樹木の魔物だ。ゾクタンでは、倒せば《メロウトレントの木材》と《よく熟れた赤い木の実》をドロップした。
トレントの名前の通り、大体は森林地帯に生息していて、うかつに近付いた生物を触手めいた枝で捕らえ、根っこの先端を突き刺してエネルギーを吸い取って過ごしている。
その生態自体は通常のトレントと変わりないのだが、メロウトレントには致命的な欠点が存在する。
それは――季節に関係なく赤い実が生っている姿がデフォルトなので、大体どこの森林地帯にいても『あっ、メロウトレントだ』と一発でバレてしまう事だ。度し難いほどのアホである。
そんなヤツの近くに近付く生き物なんかおらんやろ、と思うかも知れないが、いやほんとマジでその通り。ゾクタンの頃は恥も外聞もかなぐり捨てて根っこを使って器用に歩くメロウトレントの姿をよく見かけた。
こいつがどうして魔物として成立しているのかは、永遠の謎だ。
「しかし……メロウトレントなぁ……」
「どうかしたのか?」
「いやぁ……メロウトレントなんてのは、やり方さえわかってればスキルなしでも殺せるもんなんだけど……なんで依頼を出す必要があったんだろうなー、って」
「……そう、なのか?」
「えっ」
えっ。
「え。もしかして、知らないのか……? メロウトレントっていうか、トレント種の対処法」
「枝に気を付けて攻撃する、とかだろうか?」
「いや、そんなめんどくさい方法じゃなくて。これさえあればトレント種は完封出来る! ってヤツ」
「……上位ランクの冒険者ならあるいは知っているのかも知れないが、私は知らないな。そんな方法があるのか?」
メロウトレント――つまりトレント種――の完封方法は実に簡単だ。
用意するものは2つ。
冒険者御用達の雑貨屋なら大抵どこにでも売っている松明と、およそどこの金物屋にもある薪割り斧。これだけ。
あと、出来るだけ複数人で臨むのが良き。
やり方は以下の通り。
1.それぞれ松明に火を点ける。魔法でも火打石でも良い。
2.そのまま森の中へ。目的のトレント種を探す。火が近付くとビビって揺れるので、適当に火をかざしてやるのがよい。
3.目当てのトレント種を見つけたら、これを囲む。
4.囲みを少しずつ狭めていって、攻撃が当たるくらいになったら薪割り斧でタコ殴りにする。
5.討伐完了。おめでとう!
ちなみに、身体というか幹を両断されただけでもトレント種は死ぬので、そこそこ腕の立つ冒険者なら両断ルートを選ぶとよい。
という事を説明してやると、エリカはまさに目から鱗というような顔になった。
「そんな……そんな事でいいのか……?」
「そんな事でいいんだけど……なんで知らないんだ?」
元々この方法は、ゾクタン時代にNPC冒険者から広まったものだ。
とあるプレイヤーがNPC冒険者から上述の方法を教えてもらい、それを攻略掲示板に投稿。検証班の検証を経て対トレント種必勝法として確立された。
そのプレイヤーはついぞそのNPC冒険者が誰であるのかを明かさなかったが、NPC冒険者の間では当たり前に広まっているものだと思っていたし、他のプレイヤーもそう思ってるのが大半だったはずだ。
「ま、とりあえず行こう。今言った方法じゃなくても、トレント種くらいどうにでもなる」
「そうなのか?」
「もちろん。今言った方法は、あくまで素人でも出来るトレント種の倒し方だ。スキルがなくても、冒険者じゃなくても、強くなくても、これさえ知ってれば倒せますよ――という方法だな」
「では、スキルがあって、冒険者で、強ければ?」
「ただ斬る。あるいは燃やす。それだけの事だな」
わざわざ松明や薪割り斧なんか用意する必要もない。
手持ちの武器で斬っても殴ってもいいし、魔法で燃やしたり斬ったりしてもいい。
この際だから言ってしまうけど、トレント種なんてのは雑魚もいいところなんだ。
なんせスキル《生命感知》に引っ掛かるし、基本的にその場から動く事がないし、攻撃パターンが少ないし、ロクなスキルも持ってないし。
オレに言わせれば、『こんなもん苦戦する方がアホ』と言えるくらいの存在だ。特に生命感知に引っ掛かるのがフェイタル。お前なんのために木に擬態してんの?
某世界樹ラビリンスのFOEですら隣接しないと反応しないのに、それ以下だぞ。
「って事で、これ行ってくるわ」
依頼内容の書かれた用紙を受付カウンターにて受付嬢に提出する。
これが無事に受理されれば、クエスト受注完了という事でいざや出発となるわけだ。
「わかりました。無事に戻ってきてくださいね」
「うむ……!」
「訃報は届かせないから安心してくれ」
定型句を口にする受付嬢にひらひらと手を振って返して、ギルドを後にする。
ギルドから出てすぐのところで、こちらに気付いたクロウが立ち上がり、歩み寄ってきた。
「おまたせ、クロウ。いい子にしてたか?」
と尋ねてみれば、小さくウォフと返答がある。
周囲への配慮が出来て、たいへんかしこい。
「改めて見ても我が目を疑うな。音に聞こえた零滅ノ神狼が、まさかテイムされているなどと……。実際にこの目で見ていなければ、何を馬鹿な事を、と一蹴しているところだ」
「確かにな。オレ自身、よくテイム出来たと思うよ」
「参考までに聞きたいのだが、零滅ノ神狼のような魔物をテイムするとなると、確率はどのくらいになるのだろう?」
「んー……まあ、諸々頑張って1%前後くらいかな。でも、上手にやれればほぼ無限にテイムチャレンジ出来るから、そういう意味では100%かも?」
出るまで引けば100%ってヤツだ。
結果として出たんだから、排出率は100%だよなぁ? ん?
「いや、それは……」
「わかってるよ。まあ、クロウみたいな魔物をテイムしようなんて考えるのは、よっぽどのバカか、あるいは――」
「あるいは……?」
ゾクタンに魅せられたイカレ野郎か、だ。
「……ま、この話はいいでしょ。さっさとメロウトレント狩りに行って帰って来よう」
「む……まあ、それもそうか。無辜の民の生活を守る事こそ、貴族の務めだからな」
はぐらかされた事については不満に思ってますよ、という表情をしながらも、ノブレス・オブリージュらしい事を口にするエリカ。
腐っても――と言うとちょいと聞こえが悪いけども、貴族らしいな。流石は上位貴族トライセル侯爵家の娘。
そうこう話しているうちにエルバークの東門からフィールドへ。
ここまで来れば誰に遠慮する事なくクロウの背中に乗れるというもの。
「そういえば、依頼にあった村ってここからどれくらいかかるんだ?」
「馬に乗って行くなら大体1時間半というところだな」
なるほど、馬なら1時間半か。
とすると……クロウなら大体30分くらいか。
「じゃ、行くか。クロウ、頼むぞ」
オレの言葉にひと鳴きしてから伏せの状態に移行するクロウ。
身長の関係でエリカを前に座らせ、後ろからオレが支える格好をとる。スピード出すからね。エリカのSTRだと、ワンチャン耐え切れない可能性がある。
エルバークに来るまでの時もそうだったけど、あの時はそれでもいくらか抑えてたからな。
「ん、いいかな。クロウ、GO!」
すっくと立ち上がるや否や、弾丸のように飛び出すクロウ。こいつ、絶対楽しんでるよな。走るのが好きなんかね、イヌ科なだけあって。
「刹華殿。改めて思うのだが、クロウは速いな」
「確かに速い。大丈夫か? しがみつけてるか?」
「正直ギリギリだ。刹華殿がいなければ今の私のSTRではスタートと同時に吹っ飛ばされていただろうな」
「やっぱギリギリだったか」
昨日はよく耐えたもんだ。
まあ、あの森からエルバークがそう遠くなかったってのも要因か。
「ところで、結構な速さで走ってるはずなのに私達は何故普通に会話が出来ているのだろうか?」
「クロウが気を利かせて風属性魔法で風防を作ってくれてるからだな。それが無かったら……目や口ん中が乾燥しっぱなしだったろうな」
テレビのバラエティ番組なんかで見る、顔にブロワーで風を吹きかけられるヤツを想像して欲しい。
あれは結局のところ人間が扱う事を想定して作られているから、出てくる風の風速もそんなに大したものじゃなくて、変な顔になるだけで済む。
しかし、クロウの疾走によって生じる風の風速はその何倍かになるので、変な顔どころか、なんならアメリカのそういう地方で度々ある竜巻みたいな感じになる。巻き上げられはしないけど、吹き飛ばされる、みたいな。
あれさ、たまにテレビとか動画投稿サイトとかで見てたけど、そこそこの頻度で発生してると思ったら結構ヤバいよね。日本に生まれて良かった。
あ、でも、日本でも竜巻被害ってあったっけ。オレが住んでたとことは遠い地域のだったから、『ほー、日本でも竜巻がねぇ……』なんて思ってたが。
「そういえば刹華殿の従魔はクロウだけなのか?」
「んや、あと鎌鼬三姉妹がいる」
「鎌鼬三姉妹……! 肉眼で捉える事は特別なスキルがない限りは難しいという、あの鎌鼬三姉妹か!」
「そうそう。クロウとは昨日からの付き合いだけど、鎌鼬三姉妹とは5年前からの付き合いだな」
「5年前……確か刹華殿は今――」
「15歳だな。成人したばっかだ」
「という事は、10歳の時にはもうテイムをしていたという事か……。鬼人族の里周辺の魔物のレベルは低いのか?」
「んー……下限が66とかだったかな? 上限が98とか」
ちなみにその上限はクロウである。
上限のくせに召喚系のボスなんだよな……しかもフィールド徘徊してる……。
控えめに言ってクソボスでは?
「……おかしくないか?」
「おかしいかおかしくないかで言えば、そりゃあおかしいだろうさ。だけど、見えないとしても鎌鼬三姉妹を捕まえるのは簡単だし、どれだけレベルがあったところで鎌鼬三姉妹に限っては関係ないからな」
鎌鼬三姉妹は基本的にスタン、全状態異常、全回復を繰り返すだけの魔物だ。
いずれの行動もSTRやINTを参照しないし、そもそも鎌鼬三姉妹には『攻撃』が存在しない。あるのはスタン付与、状態異常付与、回復。それだけ。
それでも、ゾクタン中終盤の魔物だなと思えるのは、スタンも状態異常も対象の耐性を貫通するからだろうな。
「だが、速いんだろう?」
「まあ速いな。多分魔物の中では最速、かな。特定のスキルがないと絶対に移動を認識出来ないし、見えたところで捕まえるのは難しいと思う」
「……話を元に戻すようだが、刹華殿はどうやってテイムしたのだ?」
「オレの場合は符術があったからな」
スキル《符術:縛》である。
このスキルが、投げた符を中心にして発動する範囲スキルでなかったら、鎌鼬三姉妹は捕まらなかったと思う。
「符術スキルの中に《符術:縛》ってのがある。投げた符を中心にした一定範囲内の生物に《状態異常:麻痺》を2分間付与するスキルなんだが……それを使って捕まえたんだ」
「範囲スキルか……! なるほど、やる事をやって逃げようとしたところを絡め取ったというわけだな!」
「まあ、そんなところだな」
それでも、縛の符術が当たったのは、ものすごく運が良かったわけなんだけども。




