そりゃ驚くさ
「おかえりなさいませ、お嬢さ、ま――――」
トライセル家の別荘にてエリカとオレを迎えてくれたメイドは、メイドとして最低限の仕事をこなしつつもぶっ倒れた。
やっぱ、いきなりクロウを見せるのは無理があったか。
『――なんですか、今の音!?』
『玄関の方からです。行ってみましょう!』
なんて声が聞こえてくるが早いか、バタバタと急ぎ足でメイドたちがやってきて――クロウを確認するや否やぶっ倒れていった。
あー……被害範囲が拡大していく……。
「……はあ。不甲斐ないメイドたちですまない」
「家の主の帰還かと思ったら、その後ろに紛うことなき魔物がいるんだ。仕方ないさ。なんせクロウはデカいしな」
「うむ……正直、私もあの時は獣に喰われて死ぬのかと覚悟したぞ。慰み者にされるよりはまだマシか、とな」
貴族のご令嬢的には、その方が万倍マシかも知れないな。キズモノであるかどうかの確認は……まあ、出来ないわけではないけど、風聞はついて回るからな。
そして一旦キズモノ疑惑が生まれた令嬢の人生は、それはそれは酷いものになる。
ゾクタン時代にそういうキズモノ疑惑令嬢に関わるクエストをやった事があるけど、どいつもこいつも頭わるわるクソゴミユニコーン過ぎて憤死しそうだったわ。ストレスは溜めないようにしようね!
……ともあれ。
貴族社会というのは、未婚の令嬢に対してはとかく処女性を求めるものである、という事だ。
キズモノの汚名を被ったまま生きるよりは、どこぞで獣に喰われて死ぬ方が幸せかも知れないね? と、つまりはそういう話。あくまで、貴族社会準拠では、だけども。
「ま、キズモノにはなってないし、クソデカ狼に喰われる事もなく、五体満足で帰って来られたんだ。これ以上はないだろ?」
「違いない。……それにしても、どうしたものかな。ひい、ふう……うん、この屋敷のメイドはみんないるな」
「気が付くまでにしばらくかかりそうだな。とりあえず、クロウの寝床になりそうなとこに案内してもらえないか?」
「わかった。今から案内するところは厩舎にはなるが、高さも広さも申し分ないと思う。従魔を入れる事も考慮してある厩舎なのでな」
ほほう。馬を入れるばかりじゃないのか。
この世界、テイミングは珍しくないし、場合によっては馬よりも速度の出る従魔でもって車を引かせる事もあるからってわけだな?
「トライセル家で普段使ってるのは馬車なのか? それとも、従魔車か?」
「どちらも使う。が、普段使いとなると馬車だな。従魔は大体馬よりも大きな体格をしているから、従魔用の管理舎を設けていないところでは困るんだ。テイマー自体は珍しくないとは言っても、車を引けるほど大きな従魔をテイムしてるテイマーは珍しい方だからな」
「そうなのか?」
「うむ。そういう大きいのを連れているテイマーは、大体が貴族のお抱えのテイマーだ。大きいのを連れてなくともお抱えになるテイマーはもちろんいるが、車を引けるというのが大きいのだな」
なるほどなぁ。
まあ、馬に代わるような大きめの従魔となると大体にして強い魔物になるしな。
それに、そういうテイマーは移動手段用の従魔だけでなく、他にも戦闘用に従魔を何体かテイムしてる事が基本だ。護衛も兼ねてのお抱えって事か。
……従魔の世話にかかる費用分をお抱えテイマー程度の活躍でペイ出来てるとは思えないけどなぁ。冒険者やってる方がよっぽど実入りがいいはずだ。
もしかしてアレか? 貴族お抱えって肩書を利用するためのアレか? まあ確かに、『やあやあ我こそは◯◯家に仕えるテイマーの□□なるぞ』って言えば、王都や皇都の高級店で『いやぁ、うちは一見さんお断りなんでぇ……』とか言われないかもな。
現代風に言い換えると……なんだろ、あそこの社長と友達なんだよね、みたいな事かしら。
まあ、そんなもんトップ冒険者には関係ないんですけどね。
世の中、ランク分けされるものは多々あるが、冒険者ランクもその例に漏れない。
登録したての一番新米な頃はFランク。そこからアルファベットを遡るように、E、D、C、B、Aと上がっていき、Sとその上にZランクがある。
ちなみに、ランクに応じてギルドカードに使われる素材も変わっていって、F、Eランクなら鉄、D、Cランクなら銅と青銅、Bランクでは銀でAランクで金、Sランクになると白金となって、Zランクではブラックアイギスと呼ばれる黒い合金製になる。
ゾクタンの頃はNPCの冒険者の最高ランクはSで、Zランクはプレイヤーくらいしかなれなかったんだけども……この世界ではどうかね。Zランクの人も、2人とか3人とかはいるのかな。
ちなみにこの“ランク”。
テイマーギルドは冒険者ギルドと同じだが、商人ギルドはちょっと違う。
商人ギルドのランクは、一番下が石級。
そこから鉄、銅、青銅、銀、金、白金、黒曜の順に高くなる。黒曜級で、総理大臣だろうが大統領だろうが平身低頭で接するレベルの人、くらいのイメージ。
商人ギルドのギルドカードは石級でラミネート加工した紙、あとはランクの名前と同じ素材になる。
話を戻して。
Zランク……いや、Sランク冒険者になると、一国の主と同じくらいの扱いを受けるようになるんで、貴族お抱えの◯◯よりはSランク冒険者の◯◯を目指した方がいいのである。
ちなみに、Zランクなら一国の主さえ顎で使えるようになる。
まあ、その頃には『ひとりでできるもん!』になってるんで、国のサポートとか要らないんですけどね。
「頭の悪いテイマーが多いんだな」
さておき。
貴族お抱えテイマーに対しては、そんな感想だ。
テイマーなんて、その気になれば単独で一個旅団と同じレベルの戦力を扱えるようになるのに、貴族のお抱え程度で満足してるなんて、これを頭が悪いと言わずになんと言うのか。
「そう、なのか?」
「少なくとも、貴族お抱えの肩書が嬉しいのはAランクなりたてまでだろうな。冒険者もテイマーもAランクまでいけば侯爵と同じくらいの扱いだからな」
「上位貴族ではないか……!」
「だから、貴族のお抱えなんて肩書は、本当の実力者たちには嬉しくないものなのさ。Bランクとかでゆるゆる暮らしたいってなら、お抱えもアリだけどな」
「ふむ……そういうものか。おっと、そうだ。ここが厩舎だ。普段は馬しか繋留してないので厩舎と呼んでいるが、従魔舎も兼ねている。……どうだろう。目算ではクロウも入れると思ったが」
そうこう話しているうちに厩舎に到着。
これがまあ見事なもんで、外見だけなら、あれ? これ別の屋敷かな? と思うくらいだ。
少し不安そうなエリカを横目に、クロウを厩舎に入れてみる。
高さは――問題なし。広さに関しては言わずもがな。
「どうだ、クロウ? 不満はないか?」
と尋ねればウォンとひと鳴き。
「大丈夫そうだ。まあ、最悪この庭で寝起きさせれば問題ないしな」
「……良いんだろうか。零滅ノ神狼だろう?」
「零滅ノ神狼っつったって、野生の狼と大して変わらんさ。元々野生のものだから、建物のあるなしは関係ないしな」
「言われてみれば確かに……?」
まあ、オレたち人類も原点まで遡れば屋根も壁もない――あるいは洞窟住まいで屋根も壁もあったかも知れない――とこで寝起きしてたわけだし、なんなら冒険者って遠征時は野営だってするわけで。
結局のところ、その場の環境に適応出来るかどうかってところなんだよな。
「ともかく、これでクロウの懸念はうちのメイドたちが慣れるかどうかという事だけになったわけだな!」
「最大の問題だと思うけどな。あの様子だと、二度目ましてはまた気絶するぞ」
「実家から連れてきたメイドたちだから、テイマーが連れる従魔には耐性があるはずなのだがな……」
「貴族お抱えテイマーの中には、ドレイクを連れてる奴はいないのか?」
ドレイクとは、簡単に言えば空飛ばないドラゴンだ。
身体はデカいし炎も吐くけど、翼は生えてないから地上でしか暮らせない。別名をレッサードラゴン。飛べないトカゲはただのトカゲだ、とか言われてた事もある。……当たり前では?
「ドレイクか……1人2人いたと思うが、私は直接見た事はないし、メイドたちもそれは同様だ」
「じゃあしょうがないか……」
「王都に行けば、あるいは見る機会もあるのかも知れないがな」
「なんだ、ドレイク持ちテイマーを抱えてるのは宮廷雀どもの仲間なのか?」
「宮廷……ふふ。言い方はともかく、そうだ。ドレイクをテイムしているテイマーを抱えているのは、フォルマイセ侯爵とバランデール子爵だ」
「フォルマイセとバランデール……」
聞き覚えのある名前だったので記憶を探ってみると――思い出した。宮廷勤めのハゲだ。両方。
「ハゲか」
「ぶふっ! こ、こら、そう明け透けに言うものではないだろう……!」
「ハゲはハゲだからな。……かわいそうに。権力と財力は手に入れられても、髪の毛は二度と戻らないなんて」
「ふふふふっ……!」
また髪の話してる……。
「ま、ハゲの話はいいとして。改めて、良かったのか? 女の園みたいな屋敷にオレみたいな男が来て。使用人から主まで喰っちまうかも知れないぞ?」
「ふふふ。そういう事が言えるという事は、刹華殿は良い人だという事だろう? 私はこんなでも貴族の娘だからな。人を見る目というのは、幼少のみぎりより鍛えられている。あまりこういう事を言うべきではないが……貴族社会も良い人ばかりではない故な」
「押しも押されぬ腹黒タヌキどもの相手をしなきゃならんってのは、素直に大変だと思うよ。お疲れさん」
「ありがとう。ともかく、私は刹華殿は非道な人間ではないと判断した。そもそも、非道な人間であればわざわざ私を助けるような事はするまい?」
「どうかな。信用を勝ち取って、それを土台にあれやこれやするつもりかも知れないぞ?」
「その時は……うむ。私の見る目がなかったと素直に諦めるとも。この固いばかりの身体で良ければ、いくらでも」
控えめが過ぎる胸を撫でながら、エリカは嬉しそうな表情で言う。
おい、なんだその顔は。なんもしないぞ。なんもしないからな!?
「嬉しそうだな、お嬢様?」
「嬉しい……? ああ――もしかして私、笑っているのか?」
一転して驚いた様子のエリカに頷きでもって返答してやる。
「そうか。……なんだろうな。女として見てもらえているのが嬉しいのかも知れないな。あの男達のとは違って」
「…………そうかい」
喜んでいいやらわからんなぁ……。
まあ、エリカとはそんなに長く付き合うつもりはないし、明日からは宿を取るようにしよう。商人ギルドに行けば大型従魔連れでも泊まれるような宿を紹介してくれるだろ。
「さあ、そろそろ屋敷に入ろう。メイドたちも叩き起こさねばなるまい」
「お手柔らかにしてやってな」
不可抗力なんだから。