従魔登録
街道を疾走するクロウのおかげで、いくらも経たないうちに辺境都市エルバークの門扉の前に到着した。
腰の腕は――よかった、ある。ロープも、摩擦で千切れ飛んだりもしてない。
「ありがとう、クロウ。助かった」
そう言いながら背中を撫でてやると、ウォフと鳴いて身を伏せた。
早速、腰に回された腕を解いて――解いて……解い……あれ? 解けない。おかしいな。ここに腕が回されてるって事は、エリカお嬢様は吹っ飛んだりしてないし、生きてもいるって事なんだけど。
「おーい、お嬢様? 生きてる?」
「…………死んだかと思った」
「なんだ、生きてるんじゃん。ほら、これ外して。そんで降りて」
「待って……待って、欲しい……。少し、はぁ……心を整える猶予をくれ……」
そんなに憔悴するようなもんかね?
ちょっとしたレーシングカーみたいなもんだと思うんだけど……あれかな、レベルの差かな? ステータス的に足りないから、消耗してるって事なのかな。
ありそうだなー……VITあたりが関係してそう。単純に生命の耐久性能のステータスだからなVITって。
「……そろそろいいか?」
「あぁ……うむ。ありがとう。少し落ち着いた。もしまた誰かを乗せるような事があれば、その人にはどうかちゃんと説明をしてあげて欲しい」
「あー……まあ、考えておくよ。とりあえず冒険者ギルドに行きたいんだけど、案内頼めるか?」
「構わない。どのみち私もギルドには行く必要があるのでな。……ところで、この狼は魔物だろう? 従魔登録はしてあるのか?」
……しまった。そういえばそんなモンあったなぁ。
従魔登録とは、テイミングしたモンスターを関係機関に登録し『この魔物はテイムされていて安全な個体ですよ』という認可を受けるためのものだ。
従魔とはテイムされたモンスターの事を指し、スキル《召喚術》で召喚されたものは《召喚獣》と呼ばれる。見た目的には召喚獣も従魔もそう大した違いはなく、どちらもモンスターである事には変わりないが、召喚獣は《送還》させる事が出来るのに対し、従魔は常に引き連れたままになる。
で、従魔登録はどこに行けばしてもらえるのか、という話だが、各街に存在するテイマーギルドに行って受付に言えば、登録申請書類を出してくれる。
必要事項を記入して提出すれば、従魔が本当にテイマーの命令を聞くのかのテストをした後、パス出来ればスカーフを貰える。
このスカーフは簡単に言えば運転免許証みたいなもので、要するに、従魔である事を証明しますよという物品。カラーが選べるのがグッド。
「……里から出てきて真っ直ぐにここに来たから、従魔登録はしてないな」
「そうか……。では、私は先に冒険者ギルドに行っておこう。あなたは先にテイマーギルドに行くといい。こやつらは私が連れて行こう」
「じゃ、頼んだ。……あ、そうだ。符を変えておかないとな」
いつまでも《符術:守護》で守っててやる義理もないので、守護の符を剥がして《符術:麻痺》の符を貼り付けてやる。
スキル《符術:麻痺》は符を貼り付けた相手に《状態異常:麻痺》を3分間付与するスキル。クロウのおもちゃになったんで万が一にも暴れたりはしないだろうけど、念には念を、ね。
「じゃあ、これは任せるとして。クロウ、ちょっとここで待っててくれ」
クロウの首のあたりをぽんぽんと叩きながら言うと、ウォンとひと鳴きしてから街道の横の草原地帯に身を伏せた。
流石は零滅ノ神狼。かしこい。
さて、そうしたらまずは対門衛だ。
各街の門を守護する門衛は、街の出入りを管理する業務を請け負っている。
身分証の無い人間はそのままでは街の中には入れず、その事を門衛に申告し、いくらかの金銭を支払って臨時許可証を貰って中に入る。街の中に入ったら、冒険者ギルドやテイマーギルドなど、どのギルドでもいいので入り、冒険者登録やテイマー登録などを済ませる。
そうするとギルドカードというものが貰える。
このギルドカードには登録した人間の基本情報――つまり、名前、レベル、ギルドでの等級、罰則歴――が表示されているので、以降ギルドカードを身分証として利用出来るようになる。
ちなみに、臨時許可証を貰う際に支払った金銭については、ギルドカードやその他身分証を担当した門衛に提示すれば返還してくれる。
この金銭の支払いというのは、法を犯さない人間である事を担保するためにする事なので、身分が確かであると証明されれば返してくれる――と、そういうわけだ。
「――では、これが臨時許可証となる。発行日限定でしか効力を発揮しないから、早めに適当なギルドでギルドカードを作るように」
「ああ、わかった」
「うむ。それでは、くれぐれも王国法に背かぬように。ようこそ、辺境都市エルバークへ」
担当してくれた門衛はそこまで言うとニカッと笑った。
この門衛、仏頂面で対応してくれたもんだからてっきり仕事人間なのかと思ったら、意外と人当たりの良い人みたいだな。
んまあ、門衛っつったらその街の顔にもなりえる職業だし、人当たりが良いに越した事はないか。
「では、ここで」
「ああ。すぐに合流するよ」
エルバークの中に入ったら、エリカと別れてまずはテイマーギルドへ。
道案内なくて大丈夫か? と思うかもしれないけど、エルバークは一時期拠点にしてた事もあるから、どこにどの施設があるかは覚えている。
そうして淀みなく歩を進めてテイマーギルドに入る。
「テイマーギルド、エルバーク支部へようこそ! 本日はどういったご用件でしょう?」
「従魔登録をしたい」
「畏まりました。登録予定の従魔は何体ですか?」
「あー……どう言えばいいんだろうな。大きく分ければ2体で、厳密には4体……?」
「……ええと。厳密には4体というのは……?」
「うーん……まずは見てもらった方が早いかな。アヤ、サヤ、ミヤ、出ておいで」
呼びかけると、オレの身体のあちこちに巻き付いてる鎌鼬三姉妹がひょっこりと顔を出し、受付カウンターに降り立った。
「まず1体。というか3体」
「こちらは、鎌鼬三姉妹ですね。それから、もう1体ですか?」
「ああ。ちょっと身体のデカいヤツなんで、門の外に待機させてるんだ。なんせ街に来るのはこれが初めてなもんで、臨時許可証しか持ってないもんだから、あんまり門衛に迷惑かけてもと思って」
「なるほど、そういう事でしたか。……そうですね。そうしましたら、テストは鎌鼬三姉妹だけで構わないので、書類はその大きな子の方も書いてください」
いいんだろうか、そんなの。
そもそも一介の受付嬢がそんな事決める権利なんて無いだろうに、大丈夫なのか?
「うーん……」
「裁定に関しては心配なさらないでください。元々そういう裁定ですので」
「……本当にいいのか? オレが言うのもなんだが、もう片方のヤツは結構ヤバめのヤツだぞ」
「……ちなみにお名前は?」
「零滅ノ神狼」
「れっ――――!?」
受付嬢、絶句。
まあ、無理もない。簡単に言えば、小学生の我が子が『友達遊びに来た!』って言ってハリウッドスターを連れて来るようなもんだ。
この世界の人間にしてみれば、零滅ノ神狼みたいな魔物は出会ったら死ぬか即座に逃げるかのどちらかで、まかり間違ってもテイムしようなんて思考にはならないものだからな。
それをテイムしようなんてのは、よっぽど頭のイカれた人間ということだ。誰がクレイジージャパニーズやねん。
「零滅ノ神狼というのは、零滅ノ神狼の事ですか……?」
「想像通りの零滅ノ神狼で問題ないぞ」
「では、つまり、風、氷、闇、空間の属性を操る、主に鬼人族の里周辺を縄張りにしているという、巨大な狼の魔物――零滅ノ神狼、という事ですね?」
「大正解。ちなみに今日テイムしてきたんだ。オレもようやく成人だからね」
「……まさか、鬼人族で?」
「それも正解。んでさ、そういうわけでこっちに連れてきてないのがいるんだけど、この鎌鼬三姉妹だけがテストを受けるんでも十分なのね?」
「ええと……その……」
言い淀む受付嬢。
それはそうだろう。一介の受付嬢が規定を勝手に解釈して変更するなんて事、許されるわけないだろうから。
出来ればこの支部の支部長あたりを呼んでくれるのがいいんだけど、この受付嬢にそれが出来るやら……。
「と、とりあえず支部長を呼んできます……! 少々お待ちください……っ!」
そう言いながらガタガタッと椅子から立ち上がると、受付カウンターの横にある階段から上に上がっていった。
しばらくして降りてくると、傍らには初老くらいの女性の姿があった。
「あなたが、零滅ノ神狼をテイムしたって子?」
「いかにも」
「ふぅん……? 人族なの?」
「いや、鬼人族だ。今日成人の儀をやってきたばっかりだな。テイムしたのも今日だ」
「……とりあえず、零滅ノ神狼を安易に街に入れてないのは良かったわ。鬼人族の里に程近いこのエルバークでも、零滅ノ神狼の話は色々と語られているもの。どんな混乱が起きてたか、考えるだけで頭が痛いわ」
「ま、そうだろうな。だから門の前に置いてきたんだ。便利な移動手段をな」
「テイムしたんだから、そうよね……。――改めて、テイマーギルドエルバーク支部、支部長のメリッサよ。仕方ないから、零滅ノ神狼のテストはパスという事で構わないわ。それで……もう1体テイムした魔物がいるって話よね?」
「ここにいるぞ。鎌鼬三姉妹だ」
受付カウンターの上でメリッサ支部長をじっと見上げている3匹の鎌鼬を指し示してやる。
「あら可愛らしい。話には聞いた事あるけど、私でも初めて見る魔物だわ。何が出来るのだったかしら?」
「実際に体験してみるのがいいだろうな。アヤ、サヤ、ミヤ、一秒ずつ間隔をあけてメリッサ支部長に能力を見せてやれ」
と指示を出すなり、受付カウンターから煙のように消える鎌鼬三姉妹。
その一秒後にメリッサ支部長にスタンが入り、さらに一秒後にあらゆる状態異常にかかり、またさらに一秒後にそれらが全て回復した。
「今、のは……!?」
「鎌鼬三姉妹の能力だな。長女がスタンを、次女が状態異常を、三女がそれら全てと体力を回復させる。スタンだけ、状態異常だけ、回復だけという風に指示する事も出来るぞ」
「なるほどね。それにしても驚いたわ。本当に目に見えないのね?」
「保有スキル次第では見えるけど、基本的にこいつらの動きはどんな生物も肉眼では捉えられないな。ゴーレムみたいな人工生命体でも無理だと思う」
「そうなのね……小さいのに、凄い子たちね。……さて。じゃあ、書類はきちんと出しておいてちょうだい。今のをテストとして扱うから、書類を提出したらスカーフを渡してあげて。色は何がいいかしら?」
「じゃあ黒で」
「黒ね、オーケー。じゃあエリシャ、そのように処理してね」
「わかりました。そうしたら、こちら書類になります。必要事項を記入した後、ご自分でも一度ご確認ください。それが終われば提出していただいて、こちらでまた確認作業を行います。不備がないようでしたらスカーフをお渡しいたします」
「はいよ」
エリシャと呼ばれた受付嬢から書類とペンを受け取り、一項目ずつしっかり記入していく。
記入が終わったら一度ザッと再確認をして――問題なさそうだったので提出。受付嬢も書類の上から下まで確認すると、受付カウンターの下からスカーフを4枚取り出して、こちらに手渡してきた。
「では、こちらスカーフです。巻く対象によってサイズが自動で変わるので、この子には大きい、この子には小さいみたいな事は起きないので、ご安心ください」
「ありがとう」
「それから、ギルドカードの作成はしなくてもよろしいのでしょうか?」
「この後、冒険者ギルドに行くんだ。テイマーってよりは冒険者として生活していくつもりだから、申し訳ないんだけどそっちで作るよ」
「畏まりました。それでは、良いテイマーライフをお過ごしください」
「ありがとう。支部長もお世話になりました」
「いいのよ。あ、でも、一度零滅ノ神狼を見せに来てくれると嬉しいわね」
「考えておきます」
というところで、テイマーギルドを後にする。
スカーフ4枚のうち3枚を三姉妹に渡してやると、それぞれ、長女が首に、次女が右腕に、三女が左腕に巻き付けていた。
クロウは……あの大きさだから、目立つところに巻くってなったら首になるか。巻くの大変だろうなぁ……。
……ま、いいや、
次は冒険者ギルドだ。




