零滅ノ神狼
一足先に隠れ里を飛び出したオレは、この日のために整えておいた対零滅ノ神狼用バトルフィールドに足を運んだ。鍛冶の修練やらの合間を縫ってちまちまやってたから、この決戦のバトルフィールドが完成したのは大体3ヶ月くらい前だ。
さておき、零滅ノ神狼は徘徊型のボス。
会おうと思ったら、フィールドを歩いている時に偶然鉢合わせるくらいしかない――というのが、一般的な認識。
実は、特定のアイテムと手順を踏めば、零滅ノ神狼を喚び出す事が出来るんだ。……いや、喚び出すと言うと語弊があるか。おびき寄せる……? まあ、なんかそんな感じ。
用意するのは、《シルバーウルフ》の尾の毛とモンスター(何でもいい。可能であれば草食モンスター)の血、一定量の魔力を蓄えた魔晶石。
そしたら、適当な場所に血を垂らして、その上にシルバーウルフの尾の毛を置いて、そこに魔晶石を粉末状に加工したものをふりかける。
続いて、そこから適当な距離を離れてから『我、大神なりし狼との邂逅を望む者なり』と唱え、仮面ラ◯ダーWの変身時のポーズをとる。
以上を行うと、大体1分で零滅ノ神狼が姿を現す。
なんでそんな事になってるのかは知らないし、仮面ライ◯ーWと零滅ノ神狼に一体何の関わりがあるんだかもわからない。
フ◯ングジョーカーとかけてんのかな。あれ、メモリは恐竜型だけど。
「……お? 来たか?」
遠くの方から、何やら大きなものが地を蹴る音が近付いてきている。音の様子から察するに、超大型の四足歩行の獣――つまり、零滅ノ神狼である事が窺える。
儀式をしてからざっと30秒も経ってないのに。
それにしても、本当になんでこの手順とアイテムで零滅ノ神狼を呼べるんだろう。誰かデザイナー呼んで、デザイナー!
なんて事を考えている間にも音はどんどん近付いてきて、やがて巨大な白銀色の狼が現れた。
体高は目算で3m半くらい、全長は10m弱ほど。
白銀の体毛と対を成すような金色の瞳の中には、丸い瞳孔がこちらを捉えている。
いやぁ……改めて見てもデカい。
イケるかな、テイミング。いやまあ、やるんだけどね。
「久しぶりだなぁ、犬っころ。15年、お前に好き放題やらせてやってきたんだ。そろそろ本当の強者の下につく頃だぞ?」
なんて言ってみても、グルルルルという唸り声しか返ってこない。仕方ないね。
「……まあ、まずは一発。喰らっておこうか?」
言うなり身体強化をマックスでかけて、右拳をテイクバック。思いきり地を蹴り出して高速で肉薄し、未だ戦闘態勢にない零滅ノ神狼の鼻面を思いきりぶん殴る。
「オラァッ!」
不意討ちに悲鳴をあげて怯んだのも束の間、一瞬で戦闘態勢に入った零滅ノ神狼は反時計回りで回転しながら体勢を整えると、ロケットスタートで右の前足を差し出してきた。
もちろん飛び出た爪のサービス付き。当たれば即死上等。そうでなくても致命傷。ありがたくて泣けてくるね。
だが、それを避ける事はしない。
零滅ノ神狼をテイムしようって時は、常にインファイト。ゼロ距離での殴り合いが基本だ。
ま、殴られてやる気はないんですけどね。
「甘ぇ!」
高速で迫る爪を見切り、その爪の腹を殴りつければ、軌道が逸れて右前足はオレの左側の地面に着地し、無防備な首と胸が眼前にやって来る。
――が、今回は目的が違うのでスキル《バックステップ》でブリンク紛いのバクステをして、再び零滅ノ神狼の鼻先へ。そして、上顎から大きく伸びた二本の牙のうち片方に狙いを定め、殴る。
ゴッ、という鈍い感触とともに片方の牙にヒビが入った。あとはこれを繰り返して、牙を折ってやるだけだ。
鎌鼬三姉妹を使って直接牙を折りにかかってもいいかも知れない。命とトレードになりそうだけど。
――なんて考えている内にも、零滅ノ神狼は次の行動に移る。
牙へのダメージは無視出来ると思ったのが、続いて放たれたのは氷属性魔法の《アイスガトリング》。
この魔法は使用者の向いている方向に長さ15cmくらいの尖った氷の塊を無数に乱射する魔法で、仮に上中下と階級を分けるなら下級に相当する。DPSはそれなり。
連射速度はかなりのもので、ステータスの低いうちは回避に全振りしないとまともに避けられない厄介極まる魔法だが、代わりにホーミング性能なんかは皆無なので、一旦でも射線から逃れられれば相手次第では完全回避も出来る。
今回の場合は、避け続けないと野生の本能でこちらを察知して首を回してくるので、完全回避とはいかないかも。
なので、オレも一時的に距離をとって、回避に専念している。
至近距離でアレを喰らうと間違いなく死ぬので。
「――いってぇ! もっとレベル上げときゃよかった!」
アイスガトリングに追われたまに当たりつつも、どうにか零滅ノ神狼との距離を詰められないか探る……が、残念ながら隙がない。
これがもしパーティで挑んでいたなら、誰かにタゲ取ってもらってその間に攻撃、なんて事も出来たんだけど……。ま、しょうがないよね。
「クッソ……《符術:炎陣結界》!」
これ以上喰らうと死んじゃいかねないので、《符術:炎陣結界》で自分を囲む炎の壁を創る。若干視認性が悪くなるものの、アイスガトリングには効果覿面な防御用符術だ。
まあ、零滅ノ神狼みたいな機動力バツグンのモンスター相手に視認性が悪いって、だいぶ……いや、かなり……相当……うん。ま、普通に致命傷だよね。
炎陣結界でアイスガトリングが遮断されてるのを悟ったのか、零滅ノ神狼はガトリングをやめて今度は風属性魔法の《ウインドブロー》を放ってきた。
ウインドブローは、単純に空気の塊でぶん殴るっていう半物理魔法だ。炎陣結界相手に出されると、ウインドブローの当たったところだけが円形に無くなって、攻撃がこちらに届いてしまう。厄介だよねぇ。
これを防ごうと思ったらシンプルに盾を装備するか、魔法系の防御策って事なら地属性の防御系魔法が良き。符術なら《符術:地陣結界》だな。
半物理魔法なんて言ってみても、結局のところは空気の塊なので、より密度の高い物理障壁みたいなものの前では無効化されてしまう。それがウインドブローという魔法だ。
しかし、ウインドブローもダメらしいと悟った零滅ノ神狼は、即座に手を変えてきた。続いては闇属性魔法の《黒の帳》だ。
この魔法には致死性はない。大きくダメージを与えるわけじゃないし、スリップダメージも与えない。この魔法の効果は、一定範囲内を光吸収率99.99%の闇で覆うというだけのもの。
早い話、このままだとオレは死ぬって事。
人間が普段脳で処理している情報の7割だか8割は視覚からの情報だって話だから、視覚情報を完全に潰された今、嗅覚、聴覚、触覚で零滅ノ神狼を察知しなきゃいけないんだけど……まあ、普通に考えて無理だよね、
「抜け出さなきゃ、なんだけど……」
いくら獣畜生とはいえ己の有利をなげうつような事はしないだろうから、オレが黒の帳の範囲から抜けようとしても、先回りして元いた場所に戻されるのが関の山だ。
煙幕ってわけでもないから、風属性魔法で吹き飛ばすなんて手も使えないし……こいつはなかなか厄介な状況になったなぁ。――なんて、実はそうでもないけど。
潰されたのは結局のところ視界だけなので、何がどうという事もない。
これがもし左足が潰れたとかなら厄介極まるんだけども、音は聞こえるし大丈夫。ゾクタンでは《状態異常:暗闇》なんて珍しくもなかったし、かかったところでデバフ解除出来ませんなんてのも珍しくなかった。
ましてや、黒の帳は暗闇の状態異常みたいに命中率の低下があるわけじゃないから、それに比べたらよっぽど戦いやすい。
「おっと危ない」
闇の中から繰り出される爪や牙を、空気を裂く音を頼りに回避する。高機動型はこれだからなー。動きが速いのはいいんだけど、どうしても空気を切り裂いて動く事になっちゃうからなー……。
まあ、その分オレは戦いやすいんだけど。
そうしてしばらく闇の中でダンスを続けていると、これも効果なしと判断したらしく黒の帳が解除され、零滅ノ神狼の姿が見えた。
状況的には後手後手で決定打ナシだが、気分的にはオレの絶対有利って感じだ。
「お?」
黒の帳が完全に晴れる前に、零滅ノ神狼はピョンピョンとジグザグにバックステップして距離をとってきた。そして遠吠えをひとつ。
あー、と……これは、来てしまったか。
零滅ノ神狼が遠吠えを終えると、神狼を中心に闇が広がり、その中から一匹、続けて一匹と通常サイズの狼が現れた。
零滅ノ神狼のスキル《眷属召喚:狼》だ。
このスキルは、零滅ノ神狼が操る属性のうちいずれか1つの属性を持つ狼モンスターを召喚するスキルだ。すなわち、風属性、氷属性、闇属性。空間属性を持つ狼モンスターはいないので、三属性だ。
どの属性の狼が召喚されるのかの判断は簡単で、零滅ノ神狼の側から突風が吹けば風属性、神狼を中心に氷が広がれば氷属性、闇が広がれば闇属性だ。
今回は闇が広がったから、出てくるのは闇属性の《ダークネスウルフ》になるわけだな。
召喚される狼モンスターのレベルは一律して50だから、零滅ノ神狼の相手が出来るのならば物の数ではない――のが普通なんだが、如何せん召喚される数が多過ぎる上、召喚しながら神狼自身も動けるので、これがなかなか難しい。
眷属の狼たちによる断続的な攻勢をどうにかいなしつつ、本命である神狼の大き過ぎる一発にも気を配らなきゃいけない。装備でVITを盛ってあれば、場合によっては一切気にする必要がないんだけど……残念ながらオレは高STR&高AGIの高速アタッカースタイルだから、ちょいと相性が悪い。
まあ、やってやれない事はないけど。
さておき、テイム条件をパスするための状況にはなった。
ここからオレは、神狼にダメージを与えつつダークネスウルフを全滅させる、という事をしなきゃいけない。
そのためには、今までの身体強化からの徒手空拳ではなく、本格的に武器を装備しなければなるまい。
「今日のこの日のために鍛えたとっておきだ。外の素材は使えなかったから多少格は落ちるけど、お前の相手するには十分な刀だぜ、神狼よ」
言いながらインベントリから一本の刀を取り出して装備する。
今のオレに打てる最高傑作だ。素材も厳選に厳選を重ねて打ったからな。そんじょそこらの鍛冶師の作品にゃ負けねえよ。
まずは、オレを狙って集まってくるダークネスウルフ相手に、抜刀術スキル《乱れ花吹雪》。
自分を中心とする広範囲を滅多斬りにするスキルだ。今のオレなら、ダークネスウルフ程度ならこれで確殺が取れる。
しかし油断は出来ない。
アクティブスキル使用後には後ディレイ――つまり、硬直がある。神狼もそうバカでもないので、早速突っ込んで来た。
伸ばされた前足の爪が触れるかどうかの瀬戸際で硬直が解除されたので、ノータイムでスキル《ブリンク》を発動し大きく後方へ移動する。
「ん……流石にダメだったか……」
回避出来たと思ったが、どうやら一瞬神狼の方が早かったようで服が裂けて胸元から少し出血していた。
とはいえ、ダメージはそれほどでもないし、《状態異常:出血》にもなっていないので、回復する必要はないだろう。
回避に成功(?)したら、今度は攻撃と相場が決まっている。
という事で、刀術スキル《牙折り》を発動。
牙折りは最大10秒までチャージ出来る単体チャージ攻撃スキルで、ヒットすると25%の確率でSTRダウンのデバフが入る。
最大まで溜めた時の攻撃力は刀術スキルの中では3番目に高い。
そうして牙折りを溜めていると、何かを察した様子の神狼がダークネスウルフたちをけしかけてきた。
オレがチャージしてる間にダメージを稼ごうって魂胆だろう。
実のところ、牙折りみたいなチャージ系のスキルは、そのスキルをチャージ中は完全に無防備になってしまう上、一定以上のダメージを受けるとチャージが解除され、スキル使用後の硬直時間を強制されてしまう。
だから、こういうスキルは、本来なら別の誰かにタゲ取りしてもらっている間に準備して、こっちにタゲが向いてない時に最大チャージをぶちかます、というのが基本的な使用方法になる。
もちろんソロでもやれない事はないが、パーティプレイの時よりも綿密にお膳立てをする必要がある。
ダークネスウルフたちがオレのチャージを止めんとしている……かどうかは定かではないけど、こちらにやって来ている。
だが、どれだけ眷属で壁を作ったところで、今のオレのスキル群の前には一切が無駄であると言わざるを得ない。
先頭のダークネスウルフがオレの眼前に迫った瞬間、スキル《縮地》を発動して、刹那の間に零滅ノ神狼に肉薄する。
狙うはその牙。
牙折りの名前の通り、大きなその牙目掛けて逆袈裟に斬り上げる。
チャージタイムはたっぷり8秒。最大チャージでないのはちょっと惜しいが、それでも牙を折るだけなら十二分なダメージが出るはずだ。
「――ハハッ!」
吸い込まれるように牙に向かっていった刃は、大きなそれを見事に両断したばかりか、逆サイドの牙もぶち折ってくれた。
そのまま刀を納刀したら、今度は鎌鼬三姉妹を召喚してアヤとサヤにダークネスウルフたちをダウンさせておいてもらう。
スタンと状態異常が行き渡ったな、と思ったら、抜刀術スキル《秘奥・紅》を発動。
秘奥・紅は自分を中心とした半径100メートル範囲の敵を一刀の下に両断するスキル。刹那、両断された生命は血飛沫を上げ、辺り一帯を血の紅で濡らした。
故に――紅。
「――さあ、神狼。そろそろ終わりにしようぜ」
眷属を全滅させたら、あとはもう楽々の楽。
プログラムに制御されてなかろうが、タイマンでオレが負ける可能性なんて、万に一つもない。
まあ、今回は倒すのが目的じゃないんで、見極めはしっかりしないといけないんだけども。
「手始めに――《刹月華》」
抜刀術スキル《刹月華》。
敵単体を一瞬のうちに24回斬りつけ、相手の背後に抜ける。抜刀術スキルの中で最速を誇るスキルだ。
これの使用後、相手は一時的にこちらを見失うので、奇襲系のパッシブスキルや暗殺術スキルで追撃すると大ダメージが期待出来る。
ま、それはともかく。
もうあとスキル2発か3発くらいで瀕死状態まで持っていけそうかな。
ダメージ計算きっちりしないと、間違っても殺しちゃいけないんだからな。
「って事で、《暗撃》」
暗殺術スキルの《暗撃》。
対象がこちらを認識していない状態に限りダメージを与えるスキル。
普通ならタイマン戦では使えないスキルだが、先述の通り刹月華の後でなら使える。
……いやまあ、本当は目眩ましのスキルとかパッシングスルー系のスキルの後なら使えるんだけどね。
「そろそろかな――《焔龍撃》」
刀術スキルの《焔龍撃》。
STR、DEX、AGIを参照してダメージを出す刀。その刀で使えるスキルの中では珍しく、STR依存の属性攻撃スキル。
単純にダメージ倍率が高い事もあり、何も考えずにこれだけ振ってても相手は溶ける。
今回はそれにプラスして、零滅ノ神狼の弱点属性である焔属性があるのでさらに倍率ドン。
ここまで来ると、適当に通常攻撃振るだけで瀕死になるかな。
「こんなところ、だろ!」
最後に大上段から刀を振り下ろして通常攻撃を繰り出す。
スキルの連続でフラついてた神狼も、流石に耐えきれなくなったのか、どう、と地面にくずおれた。
間違いない。
HP5%以下――瀕死状態だ。
「……どうだよ、神狼。オレの方がお前よか強いんだわ」
そんな風に話しかけてみても、零滅ノ神狼は未だ戦意を残した眼でこちらを睨みつけるだけ。
「そんな眼したって無駄だぞ。わかるだろ。お前は負けて、オレが勝ったんだ。お前の命は、オレのものって事だよ」
ダメ押しにアヤとサヤに命令して、神狼にスタンと状態異常を与える。
もちろん、そのままでは毒や出血のスリップダメージで死んでしまうので、《符術:静》でスリップダメージを無効化しておく事も忘れない。
「先頭を走り続けて、気を張り続ける時間は終わったんだ。これからは、オレの隣を走る時間だぜ。……《テイム》」
僅かな抵抗感。
しかしそれもそう長くは続かず、すぐに零滅ノ神狼とオレの間に魔力のパスが繋がった。
「――ありがとう。さあ、一緒に色んなものを見に行こうぜ、クロウ」
零滅ノ神狼……もとい、クロウ。
これにてテイム完了。




