成人の儀もほどほどに
「――これより、成人の儀を執り行う」
大きな篝火の前の高台に立ち、隠れ里の里長である羅巌が声をあげる。
あれから、5年という月日は矢のように過ぎていった。
まさしく光陰矢の如しだ。
オレや甘羅をはじめとした同世代の連中は15歳の誕生日を既に迎えるか、目前に控えている。
今日はいよいよやってきた成人の儀の日。
この日より先、最低でも5年は、オレたち鬼人族の新成人はこの隠れ里に帰る事を禁止され、外界へと旅立つ事となる。
成人の儀と同時に行われる見送りの儀は、その時の立場に関わらず、里にいる全員が参加を強制される。
それは村八分を喰らっているオレの母、零華も例に漏れない。
ちなみに成人の儀でやる事だが。
基本的には里長の話を聞いて、新成人代表がスピーチをするだけ。あとはみんなで飲み食いして、おしまい。
見送りの儀に関しては、儀なんて言っているが実際のところはそれぞれの親が旅立つ新成人に餞別を渡して、新成人はそれを受け取って里から出て行くというだけのものだ。名前が仰々しいだけである。
「――して、この宴をもって成人の儀とする。また、これまで鬼灯の家の零華に行っていた仕打ちを詫び、長の座を鬼灯家へと返還する」
えっ、なにそれ聞いてない。
オレの家が鬼灯家ってのも聞いてなければ、里長をやってたって話もなんにも聞いてない。……マジ?
ちらりと参列している母さんの顔を伺えば、母さんも母さんで鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。どうやら母さんも知らなかったらしい。
「待て、羅巌よ! そのような事は許されん!」
と、これに異を唱えたのは、鬼の隠れ里長老会の1人だった。追従するように他の長老会の面々も文句を並べている。
「許されない? 何故?」
心底不思議そうな顔の里長羅巌。
「零華の処遇については鬼人族全体で決めた事。里長のお前が勝手に決めて良い事ではない!」
長老会の1人が吼える。
が、羅巌はそれがどうしたと言わんばかりの表情で、再び口を開く。
「鬼人族全体で決めた事? 笑わせるな。零華が己の伴侶にと人族を連れ帰ってきたあの日、お前たち長老会が勝手に論議をし、勝手にそのように決めたのだろうが。少なくとも俺は、零華を冷遇する事に賛成した覚えはない」
「そ、それは……」
痛いところを突かれたらしい長老会の面々は揃って俯いた。
「鬼人族は鬼人族と番うべきだというお前たちの価値観はもう古すぎるのだ、長老会。今もこうして里の新たなる成人が外界に飛び立たんとしている。旅先では様々な出会いや別れがあり、それは里にいるだけでは得られない何かをもたらしてくれよう。だのに、お前たちはそのように言い募って、里の未来を担う若者の道を閉ざしてしまうつもりか?」
羅巌はよく響くその低い声で長老会に問い掛けた。
返答は無い。長老会も、あるいは自分たちの言っている事は間違いだと思っているのかも知れない。
「異種族と番う事が罪なら、その程度の事で零華を冷遇した我らの所業もまた罪だろう。なればこそ、刹華の旅立ちをもって零華に里長の座に就いてもらうべきだ。――俺の考えに賛同する者はあるか!」
羅巌がそう問い掛ければ、至るところから賛同の声があがった。ありがたい話だ。
「零華、刹華、上がって来い」
長老会に向けていた表情と比べていくらか柔らかい表情で、羅巌は母さんとオレを高台へと促した。
え、オレもなの? オレも上がるの?
隣に並んだ同い年連中の顔を伺えば、『早く行け』と表情で語っていた。甘羅なんかはもう顎をしゃくったりしている。そんなに行かせたいの、お前。
「……なんだかな」
母さんが動き出したので、仕方なしにオレも高台を目指す。
うーん……当初の計画とは違うけど、これは革命とも言うべき事だし、アレを隠しておく事も無いか。
などと考えながら高台に上ると、羅巌はオレと母さんに深い一礼をした。
「鬼灯家の零華。今こそ鬼灯家に長の座を還そう」
「う、む……あまり有り難くはないがのう。受け取っておこう」
「刹華――は、特に言う事もないか。お前は冷遇なんぞ関係ないとでも言うように生きていたしな」
「実際関係ないしな」
オレがそう返すと羅巌は困ったような笑みを浮かべた。
「新成人の代表挨拶は――刹華。お前に任せようと思うが、どうだ?」
……代表挨拶か。
まあ、都合はいいか。代表挨拶でもなきゃ、大々的に発表する場はないだろうし。アレをお披露目するにはいい舞台……それに、潮時だろ。
「まあ、いいけど……何喋ったらいいんだ?」
「なんでもいい。思ったままに喋れば」
「ふーん……思ったままに、ね」
それなら、思ったままに喋らせてもらおう。
「じゃ、母さん。見ててくれ」
「む? いや、そりゃあ見るが……うん?」
不思議そうな母さんを横目に、意識をツノに集中させる。
鬼人族はその名前の通り鬼の種族だ。
古来より鬼には角が存在するというのが通説であり、オレたち鬼人族もそれに漏れない設定をしている。
普通の鬼人族は一本、または二本の角を持っていて、通常、12歳から少しずつ角が伸び始め、成人を迎える15歳になる頃にはすっかり立派な角が前髪の生え際から生えている。
出し入れも可能で、収納した状態なら見た目には人族と変わりない。
それが鬼人族という種族だ。
だが、その鬼人族の中で、数十年、あるいは数百年に1人、特異な者が生まれる。
一本でもなく、さりとて二本でもなく、三本の角をもった鬼人族。
その姿は、古の神代の時代に最強の神として君臨していた鬼神さながら。
故にこそ、その三本角をもった鬼人族は、鬼人族の枠を外れ、新たなる種族《鬼神》となる。
「坊や、その角……」
「その三本の角は――!」
「誰かに見せるのは、これが初めてだ」
オレの額に現れたのは三本の角。
もちろん、転生する時に鬼神を選んだんだから、これはいわゆる既定路線というヤツだけど。
「どう、母さん? 一人息子が鬼神だった気持ちは」
「このまま死ぬかと思うたわ」
「はっはっは。サプラ〜イズ」
「心臓に悪い。のう、羅巌よ」
「まったくだ……。しかしまあ、よく隠してたもんだ。最初の頃は三本見えてただろうに」
確かに、生え始めは三本角の形に皮膚が突き出ててどうしようかと思った。まあ、生え始めでもどうにか引っ込める事は出来たんで、事なきを得たけど。
ただ、一瞬遅かったら母さんにバレるところだったから、まさに危機一髪だったな。
さておき。
角も出したし、里のみんなの方に向き直る。
「代表挨拶を任された刹華だ。正直何を話せばいいやらわからないが……きっとオレ以外のみんなは、またこの里に帰ってくると思う。オレは帰らない。なんなら旅先で定住して母さんを呼びつけるつもりだから、最終的に里に鬼灯家はいなくなる。まあでも、ちゃんと頑張るから、みんなは里から応援しててくれ!」
そう言って拳を振り上げれば、里のみんなが歓声をあげる。
いやー、アツいねぇ。
「坊や、今のは……」
「……いや、仕方のない事だろう。俺達はあまりにも鬼灯を冷遇し過ぎたからな」
何かを言いかけた母さんを遮って、羅巌が気落ちした表情で言う。
「別にそういうんじゃないさ。冷遇が続いてもそうじゃなくても、そういう計画なんだ。大体、ここは閉鎖的過ぎる。天然の要塞……なんて言えば聞こえはいいかも知れないけど、裏を返せば、誰も寄り付く事がない辺境だ。長老会連中はそれで良かったのかも知れないし、みんなも結局は追従していた。そういう風のあるところなんだよ、ここは」
そうして緩やかに死んでいくんだ。
身内だけで固まって、血は次第に濃くなって、濃くなった血の弊害で死んでいく。
これまでは、それでも良かったのかも知れない。
なんせ寿命の長い種族だし、内に籠るヤツもいれば外に出て行くヤツも一定数いて、そうして外の人間を連れてくれば、どうにか血の閉塞を迎えなくて済むなんて、そんな事を考えていたのかも。
だけど、里の方針を決めるのが長老会である限りは、滅びは免れ得なかったはずだ。
ほら、競走馬だって、あまりに血を濃くし過ぎると閉塞が起きて血が途絶えるから、目立った成績のない引退馬に種を付けたり、あるいは種付けしたりするだろ? そういう事だよ。
「オレは、そういうのはゴメンだ。どうせ死ぬなら自分の都合で死にたい。故郷に骨を埋める事は絶対条件じゃないはずだからな」
「……確かにな」
「ってわけで、オレはここらでおさらばする事にするよ。旅立ちが仰々しいのは趣味じゃないしな。母さん、アレは?」
「あるとも。しかし……よいのか、坊や? せめて香燐の奴にも挨拶をしておくのが良いと思うがの」
「あー……まあ、香燐のとこにはちょっとしたモノを置いてきたし、メッセージも送ったから。いいんだ。湿っぽくなるのは、香燐だってイヤだろうし」
「ふむ……。まあよい。では、母から坊やへの餞別じゃ。元気でやるんじゃよ、坊や」
言いながら、どこからともなく荷物が入って膨らんだバックパックを取り出し、渡してくる。
受け取ったそばからインベントリにぶち込んで、身体強化の魔法をかける。
「じゃ、母さん。行ってきます」
「うむ。どこに行くにせよ、道中気を付けるようにの。怪我は最小限に。強敵と戦う時は事前準備を万端にしておく事よ」
「わかってるって。大丈夫。オレ、鬼神だから」
「そうじゃったな」
「うん。じゃあ、羅巌のおっちゃんもこれで」
「あ、ああ」
羅巌からの返事を聞くが早いか、思いきり力を込めて跳躍する。
まずやるのは、零滅ノ神狼のテイミング。わざわざ15歳になるまで待ったんだ。一発でキメる。
「――じゃあな、鬼族の里」




