09.
それから明日の予定を話して、今日はもう寝ることにした。
寝袋が一つしかないのと、せっかく二人いるので交代で寝ることにする。
さっきまで気絶していたので先にセリスさんに寝て貰うことにした。
焚火に木の枝を追加しながらゆっくり息を吐く。
「――――」
やっと一人で考える時間が持てた、というのが今の感想だった。
獣の遠吠えを遠くに聞きながら今日一日を反芻する。
考えることが多すぎて正直参る。
面倒な事は忘れてパーッと寝てしまいたい気分に駆られるが今現在、見張中である。
(信用してくれて任せられたんだから、仕事はちゃんとしないとなー)
焚火の向かい、背を向けて眠るセリスさんに視線を送る。
剣を渡してくれたことも含め
「優しいヒト、なんだろうな」
それと同時に
「甘いヒトでもある訳で」
苦手だ。
同列で語ってはいけないと思う。その優しさに助けられたのだから。
だがどうも脇の甘さに、見ていられなくなる。
今も渡した剣で寝込みを襲われたらどうするのか。
正体不明の男の前で横になる姿は無防備にしか見えない。しかもその男は凶器を持っている。
どうにかするだけの技術を持っているのならいい。
逆に罠に嵌めて正体を見破ってやる、くらいの気概なら十分だ。
ただどうにもこうにもそういう空気が一切感じられない。
(困ったもんだ)
赤の他人がそれを指摘するのは違うだろうし、無駄に警戒されるのは現時点では悪手だ。
もう少し、少なくとも友人だと言える間柄になったら指摘してもいいだろう。
(まぁ、今はいいか)
どうせヘタレな男だ。襲うなんて度胸有りはしない。特に恩あるヒトに対しては。
短く息を吐いて思考にリセットを掛ける。
次に考えるのは自分自身のことだ。
現状ほぼ確定で世界を渡っている。
伊達にここをファンタジー世界と称した訳では無い。
少ない知識に検索を掛けた結果、世界を渡る『方法』はともかくその存在の有無は有りで判定を下している。
環境への適応が無駄に早いのはある程度耐性を持っているから、と言えば説明がつくのではないだろうか。
…………耐性を持っている時点ですでに記憶喪失前の人生が碌でも無さそうな感がハンパない。
問題はそれが事故か、事件か、それとも自分自身の意思によるものなのか、だ。
一番ありそうな線はやはり事故だろう。このクソけったいな状況が自分の意思だとしたら救いが無さ過ぎる。
(まぁ厭世の末に、という可能性もゼロでは無い訳ですけどねー)
だったらさっさと命を絶っておけよと記憶喪失後の人格は思う訳で。
少しだけ記憶を探る。
意識の大半は周囲に気を配りながら、目の端だけで追う様に、少しだけ。
「――――ッ」
意思とは無関係に体が震える。末端から中枢まであらゆる場所が震えに支配され制御を離れ、すぐに失敗を悟る。
速くなった鼓動を収めるべく大きく息を吐く。
なんなんだろう、コレは。
思い出すなという警告なのか。思い出させないよう阻害する封印なのか。
それは自己によるものか、他者からの施しなのか。
ただ単純に記憶の欠損による生理反応なのかもしれない。
これ以上はこの場では無理だと諦めの溜息を吐く。
お仕事優先が社会人としての良識です。この世界では成年らしいので。
自分自身の分かっていることは多くない。
少なくとも戦闘の心得はあること。
刃物も問題なく使えそうだ。剣も刀もどっちもオッケー、多芸なのは喜ばしい。
問題は実戦でどこまでモノになるのか、だ。
戦闘関連の経験は知識に分類されるのか、エピソード記憶よりは覚えていることが多い。だがそれが極限下での挙動にどう影響を与えるのかが予測できない。
過信は禁物。もとよりあまり頼りたくは無い。
(ああ、そう言えば…………)
昼間思ったことを思い出す。
何が嫌だったのだろう?
今も腰に差してあるナイフを見て連想した『戦闘』や『武器』という単語。それに対して若干の忌避感を持っていた。
忌避感というほど大層な物では無く、出された料理に苦手な食材が入っていた、位の軽度の物だったと思う。
(の癖に刃物は扱えるのか?)
なんじゃそりゃ? と頭を捻る。
まぁ嫌いな食材=食べられない食材ではないので、好いてはいなかったんだろうなぁ位しか分からない。
それは好き好んで争わなかっただけで、必要に駆られればそういう事に手を染めていた人物なのかなぁと思う。そう思うと業の深い奴だったのかも知れない。
ただ緊急時に慌てずに思考をしていたことを思えば、少なくとも慣れる程度には経験があるはずだ。それを誇ればいいのか、悲しめばいいのか。それすらも判断が付かない。
記憶の復旧を諦めつつも、一つ分からないなりに収穫はあった。
一般生活から『戦闘』や『武器』は遠い場所に置かれていた世界だったのだろう、と。
それが日常であれば嫌う必要すら無い。それはあって当然なのだから。
嫌えるだけの余裕が社会にあり、それをマイナスの価値観として発展した文明。
『平和』という概念が存在する世界。逆を言えば『闘争』を知る世界。
そしてファンタジーという概念を持ちつつ、それを非日常として内包する世界。
そこでふと遊びに行っていた思考の一つが、別の可能性を持って帰って来た。
(タイムトラベル…………)
なるほど、世界を超えたのだとばかり思っていたが、時間の跳躍も可能性の一つとしては有りだ。――――有って欲しくは無いが。
そう例えば、例えば、だ。
言葉が通じるのはナゼ?
自分が普段常用している言語はBABEL type-A で今もこれを喋っていると認識している。
タイプの違いはあれど基本、人が話す言語はBABELで統一されているはずである。
だからセリスさんと言葉を交せることに最初は疑問すら抱かなかったが、かつては大陸ごと、下手をすれば地域によって使用言語が異なっていたそうではないか。
そんな中どうやって意思の疎通を図ったのかは大いに謎だが、少なくとも世界を渡ったにも関わらず言葉が通じるというのは奇跡的であり異常だ。
もちろん意思疎通の魔法が使われた形跡はない。
だがそれも世界を超えたのではなく時間だけがズレただけであれば一応の説明はつく。
言葉とは生き物で変わっていくものだ。だが変わらない部分もあるわけで。
それならタイムスリップの方が可能性は高いか?
それとももっとS.F.的に平行世界に飛んだとか?
いやいや、むしろ完全妄想100%も有り得る訳でして…………
色々と思索を重ねていく内に
(アホらし)
飽きた。
一人だけの脳内論議で結論が出るなら苦労はしない。見落としや勘違い、思い込みなど一人の脳内でできることには限りがある。
仮定に仮定を重ねた所で、それが真実に行き着く可能性は限りなく低い。
可能性がゼロではないからと頑張る時はもっと有意義に使うべきだ。
さっきも言ったが現在お仕事中である。
今も必要十分以上には周囲に気を配っている。
事が事だけに片手間で済ませていいことでなないだろうという冷静な声もある。
だから飽きる形で思考を投げた。いつか取っ掛かりを残す程度の紐をつけて。
さて、飽きた所で次の議案です。
日中に熊を斬った時のあの感覚。
あれはなんだ?
「――――」
感覚だけなら容易に思い出せるのだが、それを実行しようとすると途端に訳が分からなくなる。
十回くらい試行錯誤したところで意識の差だろうかとも思ったが、思ったところでどうしようもない。
諦め悪く更に十回ほど追加で試すが要領を得ない。
どうしたもんかと。
現状、非常に不安定な立ち位置に居ることは理解している。
その上であの力は武器になると思う。
物騒な世界であるなら尚更に。
鉄よりも硬い(と言われているらしい)熊の毛皮を綺麗にパックリと切断できるのだからその力は推して知るべし。
体術は下地が無ければマグレは起きないと思っている。
結果としてマグレであったとしても、そこに至る下地が無ければそもそもマグレは起きようも無い。
その論に従えばあの感覚はどうにかすれば使えるはずだ。
むしろ記憶を失っていることを鑑みれば、失う前はそれこそ思い通りに使えていたのではないか。
いや、自然とそうできたのだから使えていたに違いない。
(儘ならねぇなー)
気分を入れ替える為に、夜空を見上げる。
鬱蒼とした森の中から見上げる空は狭い。
僅かだが星の瞬きが見えた。
明日も晴れてくれるといいんだけど、と。
願いにも満たない思いを馳せつつ、試行錯誤を重ねながら暇を潰す。
作中設定メモ
作中の登場人物はBABEL type-Cを使用して会話しており、それを日本語訳して出力しています。なので慣用句や四字熟語は『日本語に訳したときに近しいそれっぽい意味』となります。
type-Aは原初言語と呼ばれ存在だけは知られていますが詳細ははっきりせず、type-Bへ至るための試作言語とも言われています。
type-Bはいわゆる言霊と等しい性質を持ち神や悪魔はコレを常用し、正式に魔法使いを名乗るならば完全にと言わないまでもその理を理解しておく必要があります。(近年ではその風潮は薄れ、知らなくとも魔法使いを名乗る者も居ます)
type-Cは時代が下り伝えることのみに重点を置いた言語となっています。特殊な性質は持たず、いわゆる訛りやスラングにも対応した幅の広いものとなり、最初期の概念である『正誤無く理解し合える』からやや外れた曖昧なものになっています。それゆえにマイナーバージョンが無数に存在し、
主人公はbuild 19044.06202159
ヒロインはbuild 19044.06202133
を使用しています(大嘘)