08.
十分に熊肉ステーキの味を堪能して一息吐く。
「値段相応の味かどうかはともかく美味しかったですね」
「いえ、むしろ納得しました。お金があるなら確かに何度でも食べたいと思うでしょう」
「あー、なるほど」
肉の価格としては破格だが、金の使い道に困るくらいの金持ちならそれも有りかもしれない。
ただ現実を見ると無一文の自分ではどうしたって金を選ばざるを得ない。
(ん?)
気付かない方が幸せだったことに気付いてしまったかもしれない。
「あー、セリスさん?」
「はい、何でしょう?」
「実はですね、ワタクシ無一文でして…………」
どうしても歯切れの悪い言葉になってしまうことに忸怩たる思いがする。
「ええ? はい」
「今のステーキ代のお支払いが」
相変わらず金貨3枚の価値は不明だったが子どものおこずかいでは賄えないことくらいは理解できている。
「え? もしかして払えないんですか!?」
ズーンと岩を背負ったような気分になる。情けないというか、何というか。
ただ言い訳させて貰えるなら、あの熊倒したの、俺じゃん? 半分とは言わないまでも一割くらい権利があってもいいと思うのですよ。というか勝手にそう都合のいい解釈をしていた。
それを確認しなかったのは自分の落ち度で、それを口にしたら余計に惨めになりそうだったので言わなかった。
法律がどう定義されているかは不明だが、狩りをしてその獲物を放置していたのに後から来て『それは俺が狩ったものだから寄越せ』と言われて『ハイ、そうですか』と言う人間は稀だろう。
逆の立場ならどうか?
自分に余裕があり、かつ相手の言い分に正当性が十分あれば引くこともあるだろうが、唯々諾々と信じるようなマネは少なくともしないし、場合によっては引かない。
今回の件で言えば倒したというのは自己申告のみであり、客観的な第三者の証言は無い。
さらにあの意味不明なステータスのせいで本当に倒せるかどうかは非常に怪しい。
さらにセリスさんが居なければ、死体は何も残さず消滅した可能性が非常に高く、そう言った意味でも所有権を主張するには弱い。
つまり記憶喪失の上に高額な借金も背負ってしまったわけだ。
偏見込みで申し訳ないが貴族という身分がある以上、平民が有るだろう。そしてそうなると奴隷制度の存在も視野に入れなくてはならない。もしあるならこのままだと借金奴隷一直線だ。
(だがしかし、いざとなれば逃亡してなかったことにする所存であります)
捕まったら最後、今度は食い逃げで犯罪奴隷にランクアップしそうだが。
そんな後ろ向きな決意を固めているとごめんなさいという言葉が降ってきた。
「軽い冗談のつもりだったんですが」
困った顔でセリスさんが言う。
「え? 冗談」
「はい」
今、なんか別の意味でショックを受けた。言葉にするなら自分のヨゴレ具合に、だ。
「ハハハ、冗談でゴザッタか。驚イタでござるヨ」
「そもそも私が最初に提案だ、と言ったのはシュウがサベージベアーの所有権の大半を持っていると思っているからです」
「あー、なるほど」
そういう意味だったのか。まぁその話の下りがあったから自分も都合のいい解釈をしてしまった側面があるのだが。
だがその上で確認を起こったのは自分のミスだ。
自分の良識が、他人の常識と一致するとは限らない。更に慣習法などの不文法に至ってはお手上げ状態だ。
常識が分からない現状、セリスさんにその知識を頼る他なく自分の方が違法だと弾劾されればそれを証明する術はない。
改めて自分の立場の弱さを自覚する。
(良いヒトなんだろうなぁ)
悪いヒトじゃない、から、良いヒト、に評価が上方修正される。
知識も教養もある彼女はきっとこちらの立場に気付いている。『じゃぁそれは全部、私の物ね』と言ってしまえばそれでお終いだということも。
それをしない彼女はきっと一本芯の通ったヒトなのだろう。
少し心配にもなるが、それは会ったばかりの相手からすれば要らぬ世話だろうとも同時に思う。
もう少し角度を変えて穿った見方をするなら、獲物の取り合いになった挙句、戦闘に発展した場合を考慮した、とも考えられる。
力尽くで問題の解決にあたられた場合、無駄な傷を作る羽目になりかねない。現状、大熊を仕留めるだけの技量が本当にあるのかは疑いの余地が残るが、もしあった場合は目も当てられない。博打に出るよりは確実な利益を折半した方が利口だというのは自分でも分かる理屈だ。
セリスさんの知識、教養、あとはもしかしたらの利口さを加味して自分が支払いについて申し出たのは悪い判断で無かったと思う。
結果は情けないものだったが、少なくとも悪感情は持たれないだろうし。
改めて自分の内面の醜さにゲンナリする。どういう精神構造をしているのやら。
「さてお腹も膨れたようですし、丁度いいので分け前の話をしておきませんか?」
「ええ、構いませんよ。といっても良いようにして下さいとしか言えませんが」
「…………本気ですか? さっきの話から分かると思いますが肉だけでもかなりの金額になるはずです。他にも毛皮や内臓などもあるんですよ?」
「相場が分からないですし、そもそもセリスさんが居なければ俺は得るものがゼロだった可能性が高いので、あんまり強く言える立場ではないと思っているんですよ」
貴重な食料を分けて貰ったという恩もある。
どうしても納得がいかなければ後は交渉次第だろう。
「それを言うならシュウが助けてくれなかった場合、私は死んでいた可能性がある訳です。そこを言い出すと切りがなくなるので止めにしませんか?」
言葉に甘えてしまっていいのかなぁという思いが浮かぶ。
自分が行ったことは『善意の押し付け』で、セリスさんが行ったのは『善意』だ。
助けを求められて助けたのであればそれは善意たり得るがあの場合は、そうするしかなかったとは言えお節介に部類される気がするのだ。
逆にセリスさんは俺を放っておいて立ち去っても良く、そうすれば丸々自分の儲けに出来た。それにも関わらず介抱し、更には分け前の話もしてくれている。
どうも同一ベクトル上で語るのは座りの悪さを覚えてしまう。
だが言い出したら確かに切りがないのも事実だし、無一文も避けたい。
「とりあえずこう言った場合の『普通』はどうなるんですか?」
「んー、そうですね。――――3:7ですかね」
「そんなに貰っていいんですか? 精々1:9くらいじゃないです?」
セリスさんはヤレヤレと溜息を吐く。
「勘違いをしているようなので訂正しておくと7がシュウの取り分です」
「え? マジで?」
「シュウが居なければサベージベアーは倒せなかった、これは事実です。本来なら獲物は見つけた者がその所有権を主張できますがそれは倒せればの話です。発見だけでその分け前を貰うなら一割が良い所でしょう。極端に見つけ難い獲物やそれを専門にしている者でも三割あれば万々歳でしょう。今回の件で言えば見つけ難い獲物ではありますが専業の者を雇う程でも無く、また狩ることの方が圧倒的に難しい獲物です。ですので私が三割貰うのは厚かましいとも思うのですが…………」
こちらに視線を投げかけてくる。特に疑問点は無いのでそのまま頷く。
「本当に三割も貰ってもいいんですか?」
「それならこっちこそ七割も貰っていいんですか、ですよ。介抱してくれましたし飯も分けてくれましたし。それに知識に値段は付けられませんしね」
小さく微笑む。
「シュウは義理堅いですね。介抱したのも食料を分けたのもどんなに高く見積もっても銀貨三枚もあればお釣りがきます。知識にしたってあの程度の知識なら半銀貨でも十分すぎるくらいです。それをサベージベアーの分け前二割増しだなんて度量が大きすぎます」
今度はほっとしたように微笑む。
「何はともあれありがとうございます。断られたらどうしようかと思っていました」
「何か入用でも?」
「ええ、それに関してもう少し相談が有ります」
「相談?」
「はい。不正やトラブル防止の為、通常なら全ての素材をギルドで売却した上で現金化し、それを分配します。ですが一部どうしても欲しい素材があるのです。それを優先的にこちらに譲っては貰えませんか?」
真剣な目だ。決してここは引かないとその瞳が語っている。
どうしたもんかなと思う。誠実な対応をしてくれたセリスさんだから、言われるがままに渡してしまってもなんら問題は無い。
それでありながら
「いくつか条件を呑んで頂ければ」
「その条件とは?」
身を固くするセリスさんに対し苦笑を浮かべる。
「そんなに無理難題を吹っ掛けるつもりは無いんで安心して下さい。
一つ目に、なぜそれが必要で何に使うのか。
二つ目は、恐らく察しているでしょうが迷子中なので森を出るまで案内をお願いしたい。
三つ目は、近くの村か町まで連れて行って欲しい。
もしこの要求を呑んでくれるなら分け前は折半で構いません」
「さっき分け前のことでやけにあっさり引き下がったと思いましたが、これを勘定に入れていたんですね?」
「さてなんのことやら?」
ジト目で睨まれるが気にしない。
「もしセリスさんがそれを気に病むと言うのなら最低限の生活基盤が安定するまで少し面倒を見て欲しいですかね。もちろんお金は払います。分け前からですけど」
セリスさんが溜息を吐く。
「条件について二つ目と三つ目は無効です。最初からそのつもりでしたから。ですので条件の変更を提案します。一つ目はそのままで、二つ目と三つ目を無効にして、その代わりにある程度シュウの面倒を見ます。その代金については必要経費として分け前から一部引いていく形をとります。――――これでどうでしょう?」
「吹っ掛けといて何ですが、セリスさんそれ優遇し過ぎじゃないですか?」
「どちっちがですか? サベージベアーの分け前の二割がどの位か分かって言っているんですか?」
正直、分かってないです。
こちらが無言で目を逸らしたのを見て再び大きな溜息。
「身一つなら冒険者稼業を半年ほど何もせずに暮らしても十分過ぎる金額です。それだけの金額と時間があれば面倒を見ることも難しくないでしょう。流石に私にも用事がるので四六時中一緒に居る訳には行かないとは思いますが」
「十分ですよ、ありがとうございます」
こちらもそこまで徹底して面倒を見てくれるとも思ってないし、見て欲しいとも思わない。
(年下とは言え同世代の異性の面倒を見るってのを即決できるってのもスゲーよなぁ)
自分なら金に目が眩んだ、で納得できるのだがセリスさんはどうも人情で動いている気がする。
それを強いる形になったのが申し訳なく、また心配でもある。
「シュウ、一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ?」
「なぜ大金を手放してまで、そんな依頼じみた条件を出すんです?」
勿体ぶって考えたフリをする。
「えーとですねぇ。伝手が無いのが理由の一つ。セリスさんが俺の事情を既に知っているのが一つ。頼りになりそうだなぁと思ったのが一つ。知識も無いのに大金を持っていてもトラブルの元になりそうなのが一つ。――――とかまぁ色々後付しようと思えばいくらでも理由は後付けできるんですが、要するにセリスさんなら信頼できると思ったからですね」
「では私はその信頼に応えれるように精進せねばなりませんね」
「適度でいいですよ、適度で。言っている本人が適当なんで」
返した言葉に楽しそうに笑う。そんなに面白いことを言ったつもりも無いのだが。
「とりあえず交渉は成立ってことでいいですか?」
「ええ」
気分を入れ替えるように一息。
「さっそく一つの目の条件を履行します」
何の目的で、何に使うかってやつね。
「必要な部位は頭部と肝。頭部は討伐証明に一番説得力があるからです」
「討伐証明ってのは、ちゃんと倒しましたよ~っていう証拠品の扱いと思えばいいですか?」
「その認識で間違いありません。ちなみにサベージベアーの本来の討伐証明部位は下顎ですので、頭部が丸々必要なわけではないんです」
「じゃぁ、なぜ?」
「それなんですが…………」
一度閉じてしまった口を、観念したように開く。
「その、冒険者という職業は恐らくシュウのイメージ通りの人種が多くいます。――――もちろん、立派な人たちも大勢いるんですよ?――――ただどうしてもそういう人達の方が、声が大きく目立ってしまうのが現実で」
それが悔しいのか唇をかむ。
それに気付き肩の力を抜いた後に漏れるのは自嘲の言葉だ。
「自惚れもあったんだと思います。――――期待の新人って言われるくらいにはこれでも結構やり手なんですよ?」
「あー、何となく分かりました。その声の大きい人たちにちょっかいをかけられた?」
「そうです。非常に高圧的な態度で『パーティーに入れてやる』と」
「だけどそんなオツムの貧弱なパーティーには入りたくない。断っているうちにヒートアップしてしまい、なし崩しに熊狩りに行くことになった?」
「いえ、サベージベアーを狩りに行くのが最初の目的だったので順序が少し違います」
「じゃぁ、熊狩りに行く為にパーティーを探していた」
「ええ、そこに件の輩が現れ」
「口論の末、ソロで熊狩りを強行せざるを得なくなった?」
「その通りです。その時に啖呵を切ってしまって」
「啖呵の内容は『お前らみたいな低能な奴の力を借りずともどうとでもなるわい、グハハハ』的な?」
「言葉端々に微妙な悪意を感じますが、かねそんな内容です」
言ってからズーンと落ち込んだ表情を見せる。
「実際に倒したのはシュウなのでそれを私が預かると言うのもおかしな話なんですが」
まぁそこは矜持であり意地であり見栄である。
冒険者なんていう荒くれ者の巣窟であれば尚更。どんな雰囲気なのかは分からないが(セリスさんみたいなヒトが居る時点で無いとは思うが)もしかしたら犯罪者一歩手前の可能性もある。
面倒なコミュニティーだとは思うが、一度そこでのヒエラルキーが低く見積もられると抜け出すのは一苦労だ。搾取される側に立たされればそれを挽回するためにより多くのコストを支払う為になる。
無駄でない意地ならば、それは矜持と成り得る。矜持は輝いてなんぼだ。
見栄を張ることに固執するのでなければ存分に磨き上げて欲しい。
「…………えーと、まぁ、なんて言うか」
「率直に言ってもいいですよ。軽率だと」
ごめんなさい、率直に言うともっと酷な事言いそうだから黙っときます。
「まぁ、アレです。少々迂闊だったとは思いますが、これからはこの教訓を元に行動するように心掛けておけばいいのではないでしょうか?」
「そうですね。そうします」
困った笑みを見せる。
自省と折り合いをつけるのはもう暫らく時間が掛かりそうだ。
「じゃぁ熊の肝が欲しかったのから熊狩りを計画してた?」
「はい、友人の家族なんですが難しい病気に罹っていまして肝がその薬の材料になるんです」
「事情は大体分かりました。変な事に使うんでなければ必要な部位を好きなだけ持って行ってください」
「言ったはずですよ。他の部位に関してはギルドで現金化して分配するって」
「肉一切れくらいは残しときません?」
「…………少し考えさせて下さい」
あれだけ美味かったら悩みますよねー。
「他には何か有用そうな部位ってないんですか?」
「サベージベアーの体はどこも有用ですよ。資金に余裕があるなら皮を使ってそのまま防具の素材にしたり、肝以外にも歯や眼球、骨なんかも薬の材料になります」
「さしあたっては金ですもんねぇ、俺の場合」
「大抵の場合はそうですよ。素材としては惜しいという気持ちも当然あります。材料を持ち込んで防具の作成を依頼すれば買うよりは安いですから。とはいえ作成を依頼する費用は必要ですし、その金額はやはり素材と同じクラスの金額が必要になるのでやはり資金に余裕がないと無理です」
「何でもそう上手くはいきませんか」
「そうですね。でももしかしたらいいものが手に入るかもしれませんよ?」
「いいもの?」
「ええ、これから収納してあるサベージベアーを解体します。時々その中にレアな物品が混じっていることがあるんです」
先生、言ってる意味が分かりません。
「度々話の腰を折って恐縮なのですが質問よろしいでしょうか?」
「いいんですが、なぜそんなに腰が低いんですか?」
「気分です」
「気分ですか…………」
尊大かつ居丈高な態度よりはいいと思うんだ。親近感が湧くかは別問題だけど。
「解体って今からですか?」
「ええ、シュウの同意なしにする訳には行かなかったので今からですね」
「血の匂いとか、他の獣を呼んで危険じゃないですか?」
「ああ、そういう心配ですか。解体は収納したままで出来きるので一瞬で終わります」
はい、といって中空で何かを押すような仕草をする。
たぶん不可視状態でウィンドウが浮いていたのだろう。
「これで終わりです」
うわぉ、有難味もへったくれもないな。
ここまでくると、もういっそ倒した瞬間に肉に化けても良い気がする。
「あ」
「なんかありました?」
「ええ」
そう言って嬉しそうにウィンドウを操作する。
セリスさんの肩の辺りに細長いウィンドウが現れ、その中から剣が落下する。それを綺麗にキャッチ。
差し出されたそれを受け取る。
「…………」
なんだろう、この腑に落ちない感。
「色々、ツッコミたいことはあるんですが何で熊を解体して剣が出てくるんですかねぇ?」
喜びに水を差してしまったようでセリスさんが若干しょんぼりする。
感情の共有は大事だと思うんだ。けど我慢できない事はある。
すぐに気を取り直したセリスさんが説明してくれる。
「それはですね、魔物の発生に起因します」
「発生?」
「そうです。魔物の発生原因は大きく分けて三つに分類されます。
一つは発生が誕生である場合。これは分かりやすいですね。人からは人が、鳥からは鳥が、そして魔物から魔物が生まれる。
一つは瘴気によってそれ自体が変質してしまった場合。例をあげるなら宝箱の魔物でミミックというのがいます。これはただの箱が瘴気に侵され魔物化してしまった場合です」
「じゃぁ、今回のはそれ?」
「残念ですが違います。
最後の一つは、その状態のまま文字通り発生してしまった場合。成長という過程を経ず突発的にその存在が確立した状態」
「そんなことが有り得るんですか?」
「先人の経験則に拠る推測です。がそう仮定すると説明のつきやすい事象がいくつかあります」
「例えば?」
「ダンジョン内で発生する魔物の生体です。広域フィールド型のダンジョンであれば問題ありませんが遺跡型やタワー型に代表される密閉空間のダンジョンでどうやって数を維持しているのか、また繁殖はどうしているのか」
ダンジョンと言う言葉が普通に出てくる世界にあんまり違和を感じなくなりつつある。
環境適応が早いのはウリにしたい所だが、単純に毒されてるだけな気がしてならない。
「なるほど、そう考えると都合がいいってわけですね?」
「ええ、実際の所は違うのかも知れませんが階層が狭く今でこそ初心者ダンジョンと呼ばれる迷宮で国が大規模な実験を行ったことがあるそうです」
「へー」
「で最初の質問に戻ります。二つ目と三つ目の発生では反応物に対し瘴気が触媒となり生成物、つまり魔物が発生すると考えられています。二つ目と三つ目の明確な違いは生成物が反応物に由来するかしないかの違いとも言えます」
「じゃぁ今回の剣という反応物に対して瘴気が触媒になり、生成物として熊が発生した?」
「そうです。反応物が上質の物であればあるほど生成物の個体の強さは上がっていきます。場合によっては変異種と呼ばれたり、希少種とも言われます」
「それにしても剣は森の中で不自然では?」
「そうでもないですよ? 森で倒れる冒険者は後を絶ちませんし。瘴気の濃度によっては武具一式がそれぞれ魔物化して狭い範囲で強力な個体が増えて被害が拡大することもあります。もっともそこまで瘴気が濃い場所は中々ありませんけど」
「え? じゃぁ瘴気に侵されたこの剣ってヤバくないですか?」
「その可能性も勿論あります」
そんな危険な代物を簡単に素人に渡さないで欲しい。
「反応物となった元の物品は魔物の体内で精製されより上位の物品に変質します。剣であればただの鉄の剣が魔剣になったり、ですね」
「おー、魔剣」
ダンジョンの時もそうだったがなんかこう、刺激されるワードです。
「まぁそんなにホイホイ魔剣は出てきませんよ。高難易度のダンジョンを除いて明らかに変質した物が手に入るのは00.1%以下だと言われています。単純な装備品ですら0.5%程度なんですから」
「夢は広がる、ですか?」
「そうですね。実際一攫千金を狙う冒険者は少なくないですし。ただ単純な装備品であっても多少強化はされていることが多いようです」
「それ誰が調べたんです?」
「さぁ? 真偽の程は定かではありませんが、そういう認識が私達冒険者の間では通説ですね」
都市伝説みたいなもんだろうとあたりをつける。
確率論については統計の方法が不明なので参考数値程度にしておくが、珍しいことには違いがないのだろう。
「ただ時に、所謂呪われた装備品が出てくることがあるので不用意に装備するのは危険です」
「持ってるだけなら害は無い?」
「…………基本的には」
なぜ無いと言い切ってくれないのか。
「でも使わないと呪われてるかどうかなんてわからないでしょう」
「装備する前に鑑定するのが普通ですね」
「ちなみにその『鑑定』とやらはセリスさんはできるんですか?」
「鑑定は主に商業ギルドの管轄です。たまに鑑定の出来る冒険者も居ますが圧倒的に少数です」
「そうですか。うーん」
「どうしました?」
「まぁ多分大丈夫でしょう」
「え?」
黒いシンプルな鞘に収まっていた剣を引き抜く。
観察した限り嫌な感じは無かった。根拠は完全に勘でしかなかったが不思議と大丈夫だと思った。なぜそう思ったのかはそれこそ勘でしかないのだが。
諸刃の直剣。
美しく磨き上げられた剣身に自分の顔が映る。
瞳が黒いことに初めて気付いた。
こんな顔をしていたんだなぁと暢気に思う一方で、自分の顔なのに見覚えは無く、見慣れた感じも一切しない。
そこから感じた寂しさを、笑みで伏せる。
セリスさんから距離を置き軽く振う。
唐竹、袈裟、逆胴、突き。
一撃の威力よりは手数で補う連撃向き。
両手でも持てなくは無いが、柄の長さからして通常は片手での運用を想定していると予想。もう片手には盾装備を推奨。
重さは連撃向きにしてはやや重め。速さを重視しつつ、威力と耐久性も望んだ結果か。
刃先は叩き斬る方向性では無く、断ち切る方で調整。使い手にはある程度の練度を要求。
切先は鋭く、樋があるので刺突も問題なさそう。
鍔も柄頭もシンプルで好感が持てる。
総じて、余り癖の無い一般的な直剣だ。
ファンタジーにありがちな火を噴いたり、雷を纏ったりということがないのが残念。
「大丈夫、――――みたいですね」
「ええ、多分」
答えにあからさまに息を下ろす。
「無暗に未鑑定品を使うのは止めてください。可能性は低いと言え時々シャレにならないものもあるんですから」
「承知しました」
口ではそう言いながら、だったら説明してから渡して欲しいと思う。素人が剣なんて持ってもロクなことにならない。
事前説明をすっ飛ばして渡してくるあたり、なんというかうっかりさんの気がある気がする。
勝手に抜いた自分が言える事ではないのだが。
「特に問題が無いようなので、それはシュウが持っていて下さい」
「いいんですか?」
「一応魔物避けの結界を張ってはいますが、気休め程度ですしナイフ一本では魔物相手には厳しいでしょう」
そっちの意味で聞いた訳では無いのだが、混ぜ返すのが面倒なので大人しく受け取っておく。