07.
物価はテキトー、超テキトー。
後々修正するかもしれません。
ステータスというと自分の中の知識では、まず社会的身分や地位のことを差す語として認識される。
だが残念ながらここでは、それこそサブカルチャー的意味合いでステータスという語が浸透しているらしい。自分の中ではパラメーターに近い語感である。
だからと言ってその誤差が埋められないほど意味が乖離しているのかといえばそんなこともなく、そういうモノだと認識してしまえば簡単に埋めてしまえる程度の誤差でしかしない。
でもね、でもね、正直コレは無いと思うんだ。
だってさ、ゲームで言うとステータスって強さのバロメーターじゃん? なのに
HP ―――― ゴキブリ並
MP ―――― チッ(舌打ち)
STR ―――― 人並み以下
AGI ―――― 逃げ足だけは誇っていい
VIT ―――― ヘタレ
INT ―――― お察しください
DEX ―――― プークスクス
LUK ―――― ドン底
FAI ―――― およそマイナス
(ないわー、これはないわー)
別にハイスペックを期待したわけじゃないですけども。もうちょっと何かあるだろう。とうか悪意が有り過ぎの上にツッコミ所が満載過ぎて追い付かない。
隣のセリスさんも凝視したまま固まっている。
さっきの反応からこの表記のされ方が、恐らく一般的でないのは間違いないと思う。
低いとか高いとか、それ以前の問題だ。
「ええっと、これは?」
戸惑いの声に返す言葉は意図せずに平坦になってしまう。
「こっちが聞きたいくらいです」
「――――」
悔しさを噛みしめるような表情に大人気なかったなと自省する。
「すみません。頼ってばかりで」
「それは!?」
しかたない、とでも続けるつもりだったのだろうか。
それを否定するように首を振る。
「いえ、どうやら相当にイレギュラーなケースのようで」
ご迷惑をお掛けします。
「ちなみに普通はどういう風に表示されるものなんですか?」
「…………数値で表示されます」
「こういうふざけた形で表示された例は?」
「少なくとも私が知る限りでは」
ですよねー。
「ちなみに平均的な成人男性はどの程度ですか?」
「特に何も訓練をしていない場合Lv.が10、HPが100前後、MPは20前後。LUKとFAIを除いた他の項目が20~30です。LUKとFAIはかなりバラつきがあります」
「じゃぁ人並み以下ってことは20以下だと思っておけばいいわけですね」
「ええ、まぁ恐らくそうだと思います」
ちなみにゴキブリ並の生命力って言葉通りの意味なんだろうか。それともしぶといと言う意味での直喩なんだろうか。
ああ、だから逃げ足だけは誇っていいのか。
自分で納得したら泣けてきた。
流石に神経図太そうでもゴキブリ扱いは傷付く。
(あ、でもあんまり悲観してないかも)
やっぱり図太いらしい。
「とりあえず、『訳分かんない』ってことが分かったんでよしとしましょう」
「…………いいんですか?」
本気かコイツ、みたいな目で見ないで欲しい。
「答えの出ない事に頭を悩ますのはもうちょっと落ち着いてからにしましょう。もしかしたら記憶喪失が関係してるかもしれないですし、寝たら直ったってのも有り得ないわけじゃないですし」
「それはまぁ、可能性という意味ではそうですが…………」
「じゃぁこの話は一旦終わりということで」
セリスさんはやや納得がいっていない風だったが、そっちがそう言うのならと了承する。
「セリスさん、話は変わって恐縮なのですが」
「ちょっと待ってください、シュウ」
「はい?」
「先程からかなり言葉が硬いですが。再度言います。崩しませんか?」
なんかこだわりでもあるんだろうかと疑問に思う。
もしくは苦い経験でもあるのかも、とも。
「とりあえず年長者は敬うべし、ですかね? 慣れればそのうち崩れていくと思うんでセリスさんは普通に喋ってください」
「分かりました」
崩したつもりでその言葉遣いなら、育ちの良さが滲み出ていると思うのだが指摘は控えておこう。
「で、なんでしょう?」
「いえ、腹が減ってどうしようもないので何か恵んでください」
セリスさんが大きく溜息を吐く。
「別にいいんですけどね」
「すみません」
タイミングを見計らったように腹が鳴る。つくづくシリアスに不向きな体質らしい。
「とりあえずこれでも齧って待っていてください」
そう言って差し出されたのはジャーキーのような干し肉だった。
礼を言って受け取ってから齧る。
どうやら飯の準備はセリスさんがしてくれるらしい。ありがたい事で。
(と言うかコレ今どっから出した?)
まるで手品のようだった。
塩気のよく利いた干し肉を齧りながら、セリスさんの動きを目で追う。
既に火は在るのでそれで簡単な料理をするようだ。
鍋に水と米のようなもの、それに乾燥した野菜とさっきの干し肉を小さく千切って煮込む。後は味付け用の粉末。
野外で簡単に調理できるメニューとすればこんなものだろう。
これまたどこからか湧いて出てきた皿に出来たモノをよそう。
均等に盛り付けてから差し出された皿を受け取る。
中身はリゾットっぽい何かだ。
「いただきます」
手を合わせてからスプーンを使って口に運ぶ。
上品な味かと問われれば否だが、美味いか不味いかで言えば美味い。
野外での飯なんてそんなもんである。空腹であるのも理由の一つだろうが。
調味料を入れて煮込むだけの料理で、それを不味く作るのは別の意味で才能が必要だと思う。
あっという間に平らげたら、セリスさんがこちらを見て苦笑していた。
「かなり空腹だったようですね」
「まぁそうですけど――――美味しかったです。ごちそうさまです」
「食べ足りないんじゃありませんか?」
「…………実を言えば」
「正直ですねぇ」
コロコロと笑う。
「ですが残念ながら食材の残りが心許ないです」
「いえいえ、貴重な食料を分けて頂いた訳ですから」
「そこで一つ提案が有ります」
「へ?」
「サベージベアー、倒しましたよね?」
「ああ、そう言えば」
そう言って忽然と消えていた死体を思い出す。
小山のような大きさがあったのだから、さぞ大量の肉が取れただろう。
美味いかどうかは全くの別問題だが。
(そう言えばどこに消えたんだ?)
全くもって不思議な世界である。流石ファンタジー。
「それでその熊がどうしたんです?」
「ええ、それを収納しているんですが食べてみませんか?」
「…………へー、シュウノウですカ? いいのでハ、ないでショウカ」
「――――配慮が足りなかったのは謝罪しますが、分からないなら分からないと素直に言ってください」
呆れたように溜息を吐く。
「どこが分かりませんでしたか?」
「分からない所が分かるようになるくらいには説明して欲しいです」
「分かりました。では一から説明しますね。まず魔物を倒すと死体が残ります。その死体は一定の時間が経過すると消失します」
消失という単語が出た時点でおずおずと手を挙げる。
「なんでしょう?」
「疑問点が物凄く多くなりそうなので、その都度質問してもいいでしょうか?」
最後にまとめてとか言われたら、最初の疑問とか確実に忘れているだろう。
「どうぞ」
「では。さっきの熊は魔物扱いなんですか? 野獣では無く?」
「体内に魔力を内包する獣は総じて魔獣です。微妙に線引きが曖昧な獣がいたりはしますが、かねその認識で間違いありません」
「ちなみに魔物と魔獣の違いは?」
「魔獣は魔物の一分類です。魔物は同じく体内に魔力を内包する物です。植物や魚はもちろん鉱物、液体、気体などそう言った物の総称と考えて頂ければ」
「なぜ一定時間で消失するんですか?」
「バランスが崩れるから、と言われています」
「バランス?」
「はい、先程の魔力を内包すると言いましたが、より厳密に言うと魔核を持ちそれによって通常の獣に比べてパワーや、スピードを強化します。生きていればそれは正常に循環し、生きる上でのアドバンテージとなりますが、死ぬとその循環が停止し、足りないエネルギーを魔核が補おうと体組織を分解し消滅する、と言われています」
分からないことだらけだったが一つ合点がいった。
さっきの熊が妙に素早かったのはその魔力のおかげ、というわけだ。刃物で傷がつかなかったのもその恩恵だろう。
「あれ? でもその説明だとさっきの熊も消滅して――――ああ、だから収納? ですか?」
「理解が早くて助かります」
「その収納というのは?」
「効果としては文字通り収納です。ただ収納しておく空間は特殊で、消失を防いでくれます」
「…………それはどういう原理で?」
「原理、ですか?」
「そう原理です」
なにそのオーバーテクノロジー。いやここではそれがスタンダードなのか?
普通に考えておかしいだろう。消失を防いでくれるという機能よりも、物体を出し入れできる空間があるということのほうが驚異的だ。いやまぁ死体が消失するのも大概だとは思うけれども。
「原理、は考えたことが無かったですね。神からの恩恵や加護、寵愛として与えられるものだと教えられていましたので」
「じゃぁ原理とかは不明で、そこにそういうシステムがあるから使っている、という感じですか?」
「システム――――ええ、そうですね」
セリスさんがシステムという単語でちょっとムッとした表情になった。
ただそこに拘泥することなく話を進める。敬虔で熱狂的な神の使徒でないらしい。
「狩猟の神がより多くの獲物を狩れる様に、より新鮮な食料を供給できるようにヒトに与えられたと神話では伝わっています」
なるほど。確かに個人所有できる空間があれば運ぶ手間は軽減されるし、溜めこんでおくこともできるだろう。
(まぁ、どうして神が人間ごときにそんな御大層な術を与えたかについては裏がありそうだけど)
というかその神話自体が本当かどうかを疑う所から始めなければいけないのだが、それをセリスさんに求めるのは筋違いだ。
「オッケーです。分からないけど分かりました」
疑問点は他にも幾つかあるがさしあたっては理解できたし、この場では解決しないだろうことも多い。それに疑問の全てを聞いていてはいつまでたっても腹が膨れない。
「とりあえずセリスさんがあの熊の死体を保管していて、その肉が食えそうってことですね」
「とりあえずも何も見事に最初に戻ってきただけですね。知識欲は多少満たされましたか?」
「ええ、なんとか。しかし残念ながら空腹の前には塵芥に等しいようで」
「まぁそうでしょうね」
苦笑を浮かべる。
「で、先程言った提案なのですが肉の量に関しては問題ありません、あのサイズでしたから。ただその金額が金額なだけに躊躇ってしまうのです」
「? 大量にあるんならそれこそ問題ないのでは?」
所詮、二人で食うくらいだ。一番上等な部位を食べたとしても誤差の範囲でしかないと思うのだが。
「それが金貨3~5枚で取引されていたとしてもですか? ちなみに金貨が1枚あれば一家族が優に三ヶ月暮らせます」
目安を言われて考える。四人家族が一ヵ月に必要な金額を仮に300,000だとしよう。
300,000×三ヶ月=900,000
熊肉が最低でも金貨3枚とすると
900,000×3枚=1,200,000
肉一切れが百二十万!? 明らかに物価がおかしい。しかも熊肉が金貨5枚だとするとさらに金額が跳ね上がり四百五十万にもなる。
(いやいや、待て待て。そもそも前提となる三十万もあくまで仮定の話だ。実際はもっと安い可能性だってある)
家族の形態だって夫婦もあれば、親一人、子一人の可能性だってある。労働の賃金がもっと少ない可能性も十分にある。
ただまぁ食べるのを悩むくらいには高級食材なのだろう。と結論する。
その上で
「ちなみにお味の方は?」
「どの部位であっても非常に美味と聞いています。上級貴族であってもそうそう口にすることが出来ない程と」
高価=希少は確実だが、高価=美味の等式は絶対ではい。まれにゲテモノだから高いというものも存在する。
今回に関して言えばそれは杞憂のようだ。それ故に食べるかどうかを迷うべきなのだろうが
「食べましょう」
「いいのですか?」
「めったに口に入らない高級な物なんてこんな機会でもなきゃ食べないでしょう? それに幸いにも量はあるようですし。それなら食べてしまっても罰は当たらないでしょう」
最初は目を丸くしていたセリスさんが小さく微笑む。
「確かにそうですね。そう聞くとなんだかとてもいい考えに思えます」
そして不可視の画面を操作してからステーキ状の肉が二枚出現する。
(便利なんだけどファンタジーホラーだなー)
どうやらさっきの手品みたいなものはこの機能の一環なのだろう。トリックのネタがわかって嬉しいやら寂しいやら。
小型のフライパンにステーキをいれて焼いていくセリスさん。
「しかしもったいないと言うか、悔しいですね」
「悔しい?」
「せっかく食べるのですから、より良い環境で調理すればもっとおいしくなるのかと思うと」
「作ってもらってる身でアレなんですが、まぁそこは素材の味を追求できると思って我慢しましょう」
程なくして焼き上がったステーキ。焚火では火加減の調節も難しいだろうに均等に火が通っているように見える。
再び礼を言って受け取り、すぐ口に運ぶ。肉の焼ける匂いがしていた時から辛抱たまらなかった。
「あー、これは今後が辛くなりそうですね」
「言わんとしていることは分かります。この味を覚えてしまうと」
正直言うと味に関してはそこまで期待していなかった。
ジビエと呼ばれる野生の動物の肉は、適切に処理をしないと特有の雑味や匂いで美味しく頂けない場合がほとんどだ。
しかし予想に反して味としては大満足。肉の柔らかさ、肉汁の旨み、匂いももっと野性味の強いものを覚悟していたが全くそんなことは無くむしろ食欲をそそった。
そのくらい美味しかった。特に今回は野外での調理で、しかも調味料も塩だけというシンプルな味付けだった。
それでもぶっちぎりで美味い。ちゃんとした調理場で各種スパイスと添え物も準備出来たらと思うと、これは確かにもったいないと感じてしまうのも無理は無い。
贅沢な話だ。そして身の丈に合わぬ贅沢は不幸の始まり。
(つまり今が不幸のスタート地点?)
今後食べる肉、特にステーキはこの味と比較してしまう。それはそれで美味しいだろうが物足りなさも同時に感じてしまうだろう。特に思い出と言うのはバイアスが掛かりやすい。
まぁちょっとした不幸の始まりと言えなくも無い。
だが後悔も反省もしていない。
今後は節制を心掛けようと思う。
総務省統計局が公表する「家計調査(家計収支編)令和3年(2021年)」の調査結果によると4人家族における一般的な生活費はおよそ28万円だそうです。