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06.

 シュウと名乗った少年は記憶喪失だという。

 正直、半信半疑だった。


 まず思ったのが、都合が良すぎないか、という疑問。

 どの領域まで記憶を失っているかは定かでないが、その言を信じるならサベージベアーをどうやって倒したのか。

 高レベルでステータスに任せたゴリ押しなら、それも可能だろう。

 だがそうであるなら少なくとも剣身はボロボロになってしまうだろうし、ゴリ押しできるほどのステータスを持つにはいったいどれだけレベルが必要なのか。

 あの傷口には明確な技量の痕があった。

 記憶を失ったのに剣技だけは覚えていた?

 有り得ないとは言わない。だがそれは都合が良すぎはしないだろうか。


 次の可能性としては第三者の介入。

 実は少年がサベージベアーを倒したのではなく、全く別の第三者が倒してしまった可能性。

 その過程で少年が気を失ってしまった。

 かなり強引な論である自覚はあるが、先程よりは目を瞑れる程度の矛盾だ。だがこの論を支持するとなるとサベージベアーの死体をなぜ放置したのかという疑問が出てくる。

 サベージベアーの討伐は討伐証明だけでもかなりの金額になる。しかも上質な防具に加工出来る皮や、美味で貴重な肉、薬の材料になる内臓等、余すことなく使える死体でもある。

 それをそのまま放置する理由が分からない。

 介入した第三者が余程の金持ちだった? 道楽で魔物を狩るような人種だった? はたまた収納スペースに空きが無かった?

 可能性という観点から言えばそれこそゼロではないが、ちょっと考え難い。

 前二つならなぜそんな人物がこの森をうろついているのかというのが疑問だし、三つめの可能性で言うなら、価値の低い物と入れ替えてやればいい。少なくともこの森で入手可能な物品でサベージベアーの死体より高価な物は深淵部まで足を延ばさなければ無い。

 それよりは自分のHPやMPを変換して威力を増すスキルを使った結果、倒れた、という方がまだしっくりする。


 だから記憶喪失と言われても正直、信じられない。

 だからと言って嘘を言う明確なメリットが思いつかない。


「…………何となく事情は分かりました。それを踏まえた上で質問をいいでしょうか?」

「答えられることなら」


 そう。こういう卒の無さがイマイチ信用しきれないのだ。

 悪人でないと思う。では聖人なのかと聞かれれば否だ。

 良くも悪くも一般の振り幅から出ることない人間性だろう。所見では中道、と言った所か。

 でも記憶喪失であるなら、もっと不安になったりするものではないだろうか。別に情緒不安定になって欲しい訳で無いのだが。

 飄々とし過ぎていて逆に怪しい。

 だからカマをかけるつもりで問いかける。


「では。――――いきなりで不躾ですがシュウさん、レベルは幾つですか?」

「れ、れべる?」

「すみません。警戒するのは分かります。冒険者にとっても言わば生命線のようなものですから。ですが貴方の話が本当だとすると何の記憶も無いままサベージベアーを倒したとうことになります。それは…………信じ難いことですから」


 正直、この反応に落胆した。答えられないのは何か隠す必要があるからだ、と。

 ヒトの善性を盲信するつもりはない。それでも信用しきれないとは言えこの身を助けてくれたヒトでもある。

 悪人だと疑いたくは無かった。

 もしくは彼の善性を信じることで、自分の善性を信じようとした己の醜い感情に気付いてしまったからかもしれない。


 しかしこの会話の前後から焦ったような雰囲気を纏いだす。


「レベルというのは、『あの』レベルですか?」

「この場合では一つしか考えられないはずですが?」

「それはモンスターを倒して経験値を積んでレベルアップ~的な?」

「それ以外に何があると?」


 なんだか微妙に話が噛み合わない。まるでレベルという概念に異なった解釈があるかのように彼は言う。

 そしていきなり膝を地面につけて頭を垂らすという奇行に及んだ。


「何をしているのですか?」


 つい戸惑った声を掛けてしまう。

 そのまま話を続けてみるとどうやら私が思っていた以上に症状が深刻らしく、常識はおろかメニューの開き方まで忘れていると言う。


 なんと言うか、少しだけ安堵した。

 さっきの疑わしい反応は『隠すことがあった』から、ではなく『常識すら覚えていない事に対しての戸惑い』からだったようだ。


 それを裏付けるかのように彼は信じられない行動をとった。

 余りにも低いレベル申告に言葉に詰まった私へ、あろうことかステータス画面を見せようとしたのだ。


「え? ―――ええ!?」


 顔が赤くなるのが分かる。突然の事過ぎて気付いたら怒鳴っていた。


「な、何を考えているんですか!? 貴方は!!」

「え? 特に何も考えてはいませんが?」


 こちらの反応に訳が分からないと驚きに瞳が揺れている。


「~~~~ッ!!」


 恥ずかしさから体が熱を持つのが分かる。

 彼は純粋に私の疑念を晴らそうとステータスを見せたに過ぎない。

 それを私は勘違いして…………


(――――)


 自己弁護と責任転嫁が高速で頭の中を駆け巡る。

 結果、彼には十分に情状酌量の余地があるにも関わらず


「いいですか、シュウ」


 想像以上に低い声が出た。こんな声を出させたのは覚えている限り人生で三人目だ。


「あの敬称…………」

「私の方が年上です。何か問題でも?」

「いえ、無いです。ごめんなさい」


 謝られた。小刻みに震えながら謝られた。

 駄目だ、ちょっと冷静になろう。


 咳払いを一つ。


「シュウ、貴方が十五ということは既に成人しているんです。この意味が分かりますか?」

「大人として行動に責任を持て。自覚しろと言った意味でしょうか?」


 常識は覚えていないようだが全てを忘れた訳では無いらしく世間一般の大人が口にするうであろう定型文を述べる。


「そうです、その通りです。それなのに!! 妄りに、未婚の女性に、いきなりス、ステータスを見せるなど、何を考えているのですかッ!!?」


 言っていることは理不尽だと思う。

 でも、だったら!! 素直に全部忘れていて欲しい。

 中途半端に覚えているから、実はわざとやっているのではないかと疑ってしまう。――――どうやら私の心は彼より綺麗ではないらしい。


「ええっと、良く分かりませんがとりあえず自分のステータスを安易に他人に見せるな、ということでしょうか?」

「ええ、そうです。幼い子どもくらいなら親が見ることもあるでしょうが基本的には見ることも、見せることもまずありません」


 やりきった、私はやりきった。

 迷える子羊に世界の常識の一端を教えきったことに、私は燦々と降り注ぐ太陽の暖かさと清々しい春の風を感じていた。

 これにて以後、私のような不幸な目にあう女性が減ることが確定した。

 とても満足した気持ちで彼を見た。

 可視化されたステータス画面を開いたままの少年を。


(…………)


 何かが落ちた。否、蒔かれた。

 健康な土壌に蒔かれた、一粒の種。幸いにしてこの時、私の心の中には絶好の日差しと柔らかな風が吹いていた。

 更に言い訳も、言い逃れもできる出来る状況は雨が降るように後押しをする。

 一瞬で芽吹き、好奇心という花が開く。


「こ、今回は例外的に。そう例外的に、です。シュウの言うことが正しいかを確認する為にステータスを拝見させて貰います。―――って何ですか!? その目は!?」

「あ、いえ別に私は構わないんですが…………」


 ちょっと不自然だったでしょうか。

 いえ、大丈夫です。敵の審美眼が優れていただけです。まだ大丈夫。


 意を決して彼の隣に立つ。

 先輩として威厳を保ちつつ、大人としての経験からくる余裕で差を思い知らせるチャンスです。

 隣に立つと身長差がほとんどないことに気付く。

 もし同い年だったら負けていたんだろうかと思うとちょっと悔しい。

 余計な思考を慌てて消して、目の前の画面を注視する。


 自分以外のステータス画面を見るのはいつぶりだろうか。

 その事実を意識した途端、鼓動が少し速くなる。

 その動揺を隠すように話を振る。


「あ、本当にレベル2なんですね」

「だからそう言ったでしょう。さっき随分驚いていたようですけどかなり低いってことですよね?」

「ええ、それもそうなんですが」

「が?」


 うーんと疑問に思いながら横を見ると想像以上に顔が近い。

 視線に気付き彼がこちらを向くと慌てて視線を戻す。


「ええっとですね、シュウがサベージベアーを倒したんですよね?」

「…………多分?」

「多分?」

「あー、その斬りつけた後、物凄い頭痛に襲われて気を失ったみたいなんですよ。だから多分」


 再びうーんと唸ってしまう。

 これまでの会話から恐らく嘘は吐いていない。でもそれなら


(レベルが余りにも低い)


 腐っても中層の主だ。倒したのなら相応の経験を得るはずである。

 そもそも論として年齢に対してのレベルが余りにも低い。

 普通五歳くらいまでは年齢イコールレベルで成長しその後、訓練や特殊な行動を取らなければ大体成人する十五歳までに10前後に落ち着く。

 まれに幼い頃からの訓練で年齢よりもレベルの方が高い子がいるが、それは訓練に時間の取れる裕福な家庭の子に限定される。

 もう少し付け加えるなら裕福な家庭は一定以上存在するが、それが『まれ』なのは子どもがその訓練に付いて行くのは決して楽なことではないからだ。


 彼の話し方や所作から一定以上の水準の家庭で育ったのは想像に難くないが、それなら低すぎることの方が問題だ。

 そういったことを考慮した上でレベル2というのは明らかに異常だ。逆を言えば彼は二歳児並の能力しかないと言う事なのだから。


 もう一度、ステータス画面を食い入るように見つめている彼の横顔を盗み見る。


(エルフ、という訳でも無さそうですし)


 長寿属に代表されるエルフはレベルが上がり難い傾向があると聞く。

 だがその特徴たる尖った長い耳は彼には無い。


「あの、セリスさん?」

「はい?」

「ステータスってこういうモンなんですか?」


 そう言って彼が指差す箇所を見る。


「え?」


 本日、何度目かになる驚きの声を上げる。

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