05.
とりあえずセリスさんには常識の範囲内にも重大な欠落がある、と説明しておいた。
信じてくれた、と思っておこう。
ついでとばかりにこの世界の一般常識を教えてもらう。
この世界の名はアルビス。主神がそう名付けたらしい。
そしてその神様は沢山いるが基本的には主神をトップとした縦社会(縦神会?)でその下に六柱がいてさらにその下に従属神が連なる。なんかそれはもう沢山いるらしい。
主神は放任主義で世界を作った後雲隠れしたが、その下の六柱が頑張って世界を回しているのだそうだ。
自分の感性を信じるなら眉唾を通り越した上に胡散臭さ極まりないものだが、神話なんて大概そんなもんだろう、と思っていた。
ところがどっこい、この世界にはマジモンの神様が居るらしい。
残念ながら邪神も息をしているらしいが。
だがそれもウン千年単位で片手で十分足りるらしいのと、その度に勇者と呼ばれる変態戦闘奴隷が表れて片付けてくれるので何とか世界は存続しているとのことだ。
ちなみにここはフィーリア大陸、北東部に位置する大陸内、最大国家ゼネラリア王国。
その中で二番目の大きさの都市ガスカルに近い森の中らしい。
世界は広くこの大陸と海を渡った先にあるもう一つの大陸しか存在は確認できてないようだ。
「へー」
と気の抜けた返事をする。初めて聞く固有名詞が多すぎて全部を一度に覚えるのは無理だが、それでもなんとか覚えようと必死になった結果だ。
そして冒険者という単語から想像する粗野なイメージとは裏腹にセリスさんは中々の博識だった。
もっとも話し方からして一定以上の教養があることは推測できる。
もしくは自分の想像している冒険者とは異なり、ある程度の知識階級でないとなれないものなかもしれない。
「セリスさん。冒険者の方々は皆、セリスさんのように広い見聞をお持ちなのですか?」
「居ないとは言いませんが、まぁ少数派ですね、きっと」
微妙に困った顔での回答に、まぁそうだろうなと思う。恐らく想像に近い形の肉体労働派が多数を占めるのだろう。脳筋、とも言う。
「それよりも…………」
半目で睨まれる。
「貴方こそ随分丁寧な言葉遣いですが、何か思い当たる節は?」
「それこそこっちが知りたいくらいなのですが」
「それもそうですね」
一つ咳払いをして
「もう少し口調を崩しませんか? お互いに」
「構いませんが? 何か不都合でも?」
「ええ。完全にこちらの都合なのですが、改まった言葉を使うことで要らぬ注目を浴びると言いますか」
「ああ、格下に見られやすいってことですね?」
舐められる、ともいう。
これが貫録のある大人や分かりやすい権力保有者なら逆にプレッシャーを与えられるのだが、若いとそうもいかないのが世の常である。特に腕力イコール強さが成り立つ社会だったりすると。
そう言えば
「ちなみに私は外見で幾つ位に見えるんでしょうか?」
「それも含めステータスを確認しみて下さい」
「『すてーたす』? 確認?」
「…………もしかしてメニューの開き方も覚えてない?」
可哀想な人を見る目で聞くのは止めて欲しい、涙がでちゃうから。
「お手数をお掛けしますが、御教示お願いできませんでしょうか?」
卑屈になって言ってみる。
「あ、いえ、こちらこそ、気が回らずにすみません」
疲れた笑みを返す。こちらの雰囲気に合わせて謝罪をすぐに言ってくる所から悪い人ではないんだろうなと思う。自分の立ち位置が特殊なだけだ。彼女が悪い訳では無い。
「とりあえず『メニュー』と唱えます。口に出しても考えるだけでもどちらでもいいです」
フム。言われた通りとりあえず頭の中でメニュー、メニューと念じてみる。
「あ、なんか出ました」
視界中央のやや左下に半透明の薄っぺらい板のようなものが現れる。
注意をそこに向けると板が移動し視界の中央に収まる。
セリスさんの視点を見る限り他者からはこの板は見えていないらしい。念のため、確認をとる。
「これって他のヒトからは見えてないんですか?」
「そうですね、デフォルトの設定では不可視です。設定で変更できますよ」
セリスさんの説明が終わる前に項目をタップして非表示を表示に変更する。
(ああ、成程ね)
少し触っただけで何となく理解する。
パソコンやスマホと近似のインターフェースで、そうと分かれば理解も速い。
(S.F.に出てきそうな光景だな)
残念ながら世界はサイエンス・フィクションではなく、サイエンス・ファンタジーのようだが。
あっさりと表示に設定を変えたのをみてセリスさんの表情が和らぐ。
どうやら使い方を思い出した、と誤認されたらしい。
「で、ステータスとやらはどこを見ればいいんでしょうか?」
「最初のメニュー一覧の中に一般、情報、詳細、ステータスの順に選択してみて下さい」
「はいはい」
特に迷うこともなく操作を完了させる。
「あ、ありました」
「名前の横にLv.が表示されているはずです」
確かにシュウという名前の横に(15)と年齢とおぼしき数字とLv.の横に2という数字がある。
「どうやら歳は十五でレベルは2のようです」
「え?」
「ん?」
「本当に、2なんですか?」
「ええ、本当に2ですよ、ほら」
メニューが見えるようにセリスさんの横に体をずらすと
「え? ―――ええ!?」
顔を赤くしたと思ったら高速で距離を置かれる。
なんだろう、ちょっと傷付く。
実は他者からだと卑猥な画像にカモフラージュされる仕様だったりするんだろうか。
だったら猥褻物陳列罪でタイーホだろうか。マジ笑えない。
「な、何を考えているんですか!? 貴方は!!」
「え? 特に何も考えてはいませんが?」
森の中で綺麗な女性と二人きりだからといって別に疚しいことなんて小指の先ほども考えてないよ? ドキがムネムネしたりなんかしないよ? ホントだよ?
「~~~~ッ!!」
地団駄を踏みそうなセリスさんについていけずその様子を眺める。
しばし葛藤した後にドスの利いた声で
「いいですか、シュウ」
「あの敬称…………」
「私の方が年上です。何か問題でも?」
「いえ、無いです。ごめんなさい」
即答した。謝った。良く分からないけど謝った。
その回答によろしいと、とても冷たい目で言外に言われる。
冷たい目を向けられてゾクゾクなんかしてないよ? だってプルプル震えてるんだから。
逆らっては駄目だと本能が告げている。
咳払いを一つ。
「シュウ、貴方が十五ということは既に成人しているんです。この意味が分かりますか?」
完全にかーちゃんに叱られる駄目息子の図である。
(どうしてこうなった)
とりあえず当たり障りのない世間一般論を述べてみる。
「大人として行動に責任を持て。自覚しろと言った意味でしょうか?」
「そうです、その通りです。それなのに!! 妄りに、未婚の女性に、いきなりス、ステータスを見せるなど、何を考えているのですかッ!!?」
えー、これ理不尽じゃね?
常識の分野ですら完全に知識不足なのに風俗や風習など知るはずも無い。
だが詰問している今も、セリスさんの顔は若干赤い。
怒りで、というよりは恥ずかしさで、だろう。
どうやらかなり常識外れのことをしてしまったんだろうなと予測はつく。
(これはあれか。小さい少年が妙齢の女性に『一緒にお風呂に入ろう』とか誘う感じなのか?)
おっきいお友達がそれをやったら犯罪一歩手前――否、むしろ犯罪か――少なくとも事案である。そう考えると理不尽ではあるが、言い分は理解できなくも無い。
(セクハラとかそんな感じ?)
もしくはステータスにプライバシーに係る重大な情報が記載されているのかもしれない。
女性であればスリーサイズとか、男性であればアレのサイズとか。経験人数とかも有り得そうだ。お説教を受けている最中なので何が地雷なのかは判別できないが。
結論、
「ええっと、良く分かりませんがとりあえず自分のステータスを安易に他人に見せるな、ということでしょうか?」
「ええ、そうです。幼い子どもくらいなら親が見ることもあるでしょうが基本的には見ることも、見せることもまずありません」
応用的には? と意地悪く聞いてみたい衝動に駆られるが墓穴を掘った上に藪蛇になりそうなので止めておく。
「こ、今回は例外的に。そう例外的に、です。シュウの言うことが正しいかを確認する為にステータスを拝見させて貰います。――――って何ですか!? その目は!?」
「あ、いえ別に私は構わないんですが…………」
結局、見るんかーい!! ってツッコミを入れなかった自分をちょっと褒めてやりたい。