04.
ガタゴトと。
未舗装の街道を馬車で行く。
手綱を操るセリスさんを横目に変わらぬ風景に目をやる。
今日も変わらずいい天気だ。欠伸がでちゃう。
昨晩は寝袋で寝たため若干体が硬い、気がする。
寝床はちゃんとセリスさんに譲りましたヨ?
妹さんは表れませんでした。
心配しなくてもいいのか聞くと『大丈夫です』と無駄に強いお墨付きを頂いたので、それ以後話題には出していない。
(昨日の様子を見る限り、姉妹仲は悪くなさそうだったんだけどなー)
ただ能天気に仲が良い、とも思わなかったが。
まぁ、当人が心配しなくても良いと言っているのならいいのだろう。
気にならない訳ではなかったが
(他人があれこれ言うのも野暮だしねー)
出発の時間になっても姿を見せなかった妹さん。
ガスカルの街までおよそ半日の距離とのことなので一人でも歩けると言えばそうではある。
◇ ◆ ◇ ◆
遠くからでも見えていた建造物。
その真下でアホっぽい声をあげる。
「はへー」
中々に立派な石壁だ。高さは10メートルくらいだろうか。
ヒトや馬車の並ぶ列の先には立派な門。
あれが閉じられたら、堅牢さに手を焼くだろう。
この門の必要性が対軍なのか対魔物なのか。興味は引かれるが、根本的にはどうでもいい。
「時間がかかりそうですね」
進みの鈍い列に特に感情を込めずに言う。
「そうですね。最近、入市を制限していますから」
「そらまたナゼ?」
「――――さぁ?」
回答までの微妙な間が気になったが、スルーした方が無難かな。
それから30分程待ってから、自分たちの番になる。
この都市で暮らしているセリスさんは市民証とギルドタグを。
自分はギルドタグと銀貨1枚を渡してつつがなく門を潜る。
問題が無い事はいいことだ。
だが時には問題が無い事が問題になることもある。
手続きらしい手続きもないまま、すんなり入れたのは喜ばしいのだがこの程度で入れるならあの順番の待ち時間はなんだったのか。
実際、自分たちの前に入った旅装のグループは足止めを食らっていた。
その様子を横目に見ながら、馬車はゆっくりと前進していく。
自分達の番になった時、門衛の雰囲気が少しだけ変わったことに気付いていた。
より正確に言うならセリスさんの番になった時、だろう。
美人が居れば男は浮き立つ。だから別段、雰囲気が変わっただけならまぁそう言う事もあるよね、で終わるのだがそれにしては固い。
嬉しい、二割。(美人が居た眼福ラッキー)
好奇心、二割。(あの美人は誰だろう)
猜疑心、一割。(冴えない横のオマケはなんだろう)
残りの半分は真面目に仕事しないと。(怒られたくない)
今も、真面目に仕事をしながら意識だけはこちらを追ってきている。
じきに目視できなくなれば、それも消えるだろうがそれをさせる、そうせざるを得ない人物が自分の横に居るということだ。
「…………」
「――――」
セリスさんは何も言ってこない。
俺もツッコまない。
セリスさんが気付いてないという可能性は、まぁ無いだろう。
「シュウ」
「はい?」
「冒険者ギルドに所属している者が、拠点を移した場合にまず行うことは?」
「ギルドへの報告?」
「正解です。ではその理由は?」
「生存報告とか諸々?」
ざっくりな回答をすると、小さく溜息を吐かれたが
「まぁいいでしょう。まずはギルドに向かいます」
「了解です」
結局、門での件は話題に上がることなく終了した。
それから10分ほどで、ガスカル冒険者ギルドに到着する。
都市内全体に言える事だが石造りの建築物が目立つ。およそ半月暮らしていた村とはえらい違いだ。
御多分に漏れず、目の前にあるこのギルドも石造りでどうやら三階建てのようだ。
いままで通って来た道にも三階建ての建物はあったが、敷地を含めて最大だろう。
敷地内には馬車を駐車させるスペースがあり、セリスさんが馬車を預けている。
預けられた馬車は向きを変えて、そのまま来た道を引き返していった。
(あれ? 行っちゃうの?)
疑問に思っていたのが顔に出ていたのか、戻ってきたセリスさんが説明してくれた。
「もともと馬車自体が借り物ですから。あそこで手数料を払えば貸主に返却の手続きをしてくれるんです」
「自分で返しに行った方が良いのでは? 主に盗難破損などの責任問題において」
もっともですねと同意してくれたあとで。
馬や馬車を貸してくれるような所は都市郊外にあること。
しかも都市からやや遠い上に自分たちが使った門の逆側に位置していること。
駐車スペースは一定の時間が過ぎると有料になること。
そもそも、その駐車スペースは依頼を出す貴族向けの物なので、できれば空けておきたいのがギルドの意向であること。
盗難や破損については、商業ギルド(馬車の貸し借りも大枠で言えば商業ギルドの管轄らしい)が責任をもって管理、運営していること。
「へー」
やはり俄か知識だと知らないこと、分からないことが多すぎる。
いきなり都市暮らしをせず、村で暮らしたのは丁寧な判断だったと思う。
「さて行きましょうか」
セリスさんが歩き出すのを慌てて追う。気分はカルガモの雛だ。
スイングドアを潜り、内装を一瞥する。
右手には食堂兼酒場。昼間っから酒を飲んでいると思わしき者が数人。なるべく近付かないようにしよう。
左手には衝立と壁に沿って依頼表がズラリ。流石は都市、村とは依頼数の桁が違う。
中央スペースは待合場か。時間が時間だけにヒトはまばらだ。
奥に受付のカウンターが、その右端に階段がある。
真新しいとは口が裂けても言えないが汚くもない。
総じて相応の年数を経た頑丈な建物、と言ったところだ。
セリスさんは脇目も振らず受付のカウンターへ進んでいく。
(おー、流石は都会っ子慣れてますなー)
思考は完全にお上りさんモードへ。
迷いもせず十六ヵ所並んでいる受付の一つへ。
(俺だったら、どこを選べばいいのかすら分からんわー)
これだけ数があれば、用途ごとに窓口が別なんじゃね?とか要らんことを考えて尻込みするのがオチだ。
また受付に座っているヒトを見て、
(女性の受付に行くと下心有りと思われるかなー)
とか。
(厳ついオッサンの受付に行くと身に覚えは無くとも怒られるんじゃないかなー)
とか。
激しくどうでもいい予想を立てた挙句、考えるのが面倒になってそのまま立ち去りそうだ。
受付が二つしかなかった(しかも大概稼働している受付は一つ)村が既に懐かしいぜ。
つくづく冒険者に向いてないんじゃないのか。