03.煽っていいのは、煽られる覚悟がある奴だけだ
剣を鞘に戻した相手に対し、同じように対応するかと言えばノーだ。
距離を置き、剣を中段から下段に構えを変えて対峙する。
「用心深いのね」
挑発の様でもあり、確認の様でもあり。笑みであることは変わらない。
無言のままのこちらへ嘆息を寄越す。
「女性へ剣を向けたままだなんて、恥ずかしくないの?」
「恥じらいのある乙女が出会い頭に斬り殺しにかかってくるなら世も末だな」
「――――」
あ、今気温が下がりましたー。
煽り耐性が無いのに、他人を煽るのはイカンと思うのですよ。
昔の偉いヒトも『煽っていいのは、煽られる覚悟がある奴だけだ』と言ってたしな!!
無言の睨み合いは第三者の呆れた声によって終わる。
「二人とも何をしているんですか…………」
「お姉さま!!」
ワッツ、おネヱさま?
と言うことはこのセリスさんにそっくりのアレはユアリトルシスター?
(いかん、混乱して言語野が不自由になっとる)
肺の空気を入れ替えて、思考をアジャストする。
その上で最初の感想は随分とエキセントリックな妹君ですね、だった。
「お姉さま、コイツは絶対ダメよ!!」
いきなりコイツ扱いか。別にいいけど。
「臆病でチキンだし、甲斐性無そうだし、酒飲んで酔っ払った挙句にセクハラしそうだし、裏で腹黒いこと考えてそうな顔してるもん!!」
臆病でチキンな点は剣を下ろさなかった点からか?それなら否定しないけど。
(顔でって、思いっきり偏見じゃねぇか)
「腕はまぁミジンコの毛ほどは認めてあげてもいいですけど、叔父様の方が断然強いわ」
この世界にもミジンコ――――もしくはそういう生物――――は居るんだなぁとか暢気に思う。
「こんなのが私の義兄になるなんて絶っ対嫌です!!」
俺もこんな義妹、嫌だよ。つーかセリスさんとはそういう仲じゃねぇし。
それから更に熱弁をふるおうとする妹君へ
「エリス」
硬質な声で名を呼ぶ。
呼ばれた方は肩を震わせる。
それを見たセリスさんの瞳が優しいものに変わる。
「『剣を交えた相手だからこそ分かることもある』――――覚えていますか?」
「はい…………叔父様の言葉です」
「私はまだシュウと本気で切り結んだことはありませんし、恐らくこれからも死合うことはないでしょう。ですから貴女がそう感じたのならそれは正しいのかもしません。ですがそれを貴女の感情で事実を歪めるのなら」
軽い手刀を頭頂に落とす。
「いけませんよ?」
妹君が頬を膨らませる、のだがどこか嬉しそうに見えるのは錯覚だろうか。
「お姉さまなんか大っ嫌い!!」
風のような速さで去っていく妹君を見て肩を落とす。
「すみません、シュウ。エリスの言ったことは気にしないで下さい。悪い子では無いんです」
「けど手の掛かる子?」
「ええ、まぁ」
歯切れが悪い。
まぁあれだけキャラがブレブレだと付き合うのには苦労しそうだ。
「何はともあれ息災そうでなによりです」
「アハハハ、セリスさんもお元気そうで何よりです」
乾いた笑いしかでない。つい今しがた貴女の妹に殺されかけましたよとは言わないし言えない。
「エリスさん、ですか?妹?」
「ええ、きちんと紹介したかったのですが妹のエリスと言います」
「…………とても個性的な妹さんですね」
「率直に変わり者だ、と言って頂いて構いませんよ」
半眼で睨まれるのに対し、再び乾いた笑いが漏れる。
「さて順番が大分前後しましたが、お持たせしました。準備が整ったのでガスカルに居を移して貰おうと思います」
「それは別段構わないんですが、なぜ?」
「単純に情報量の差ですね。ガスカルはこの国で二番目に大きな都市です。それだけ情報も多く集まりますから探し物の目途を付けるのも、知識を増やすのも便利です。王都の方がよりいいのですが私のホームなので融通を付けやすいのも理由ですね」
「分かりました。出発は?」
「明日の朝から。借家の整理も必要でしょうし、今からだと時間が微妙になりそうですから」
てな訳で引っ越し準備を始める。
通りで今回は馬車に荷物が積まれて無い訳だ。
大して多くも無い荷物を積んでいく。
村長さんに借家の返却の手続きと、夕方には査定の終わったグローブウルフの買い取りを済ませ借家での最後の一晩を明かし、日が昇るころにはガスカルに向けて出発した。