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02.

 借家に向かう道をのんびりと歩く。


 日差しは柔らかく、風は穏やかで温かい。散歩にはいい天気だ。

 時折畑から飛んでくる挨拶に応えつつ、さてこれからどうしようかと思いを巡らす。

 手隙になったのでそのまま草原で薬草(の材料になる何か)を摘みに行っても良かったのだが、報酬を見て止めた。


 この二週間でかなり荒稼ぎをしたので懐は暖かい。

 やっと住所不定無職から村定住の冒険者(新人)に目出度くクラスアップした訳だ。


「目指させ成り上がり、ってかね?」


 このまま行けば近い将来、街に定住(庭付き一戸建て)の玄人冒険者にオレはなる!!

 とか想像してみたら泣けてきた。志の低さに。

 アホの思考を切り上げてどーしたもんかな、と空を見上げる。

 思考は平常値からやや重め。


 あの森からセリスさんと無事に脱出した後、一番近いこの村に着いてから最初に行ったのは家を一軒借りることだった。

 村長さんとパパッと交渉し家を借りた後、必要なものの購入と最低限の常識を覚え込まされた後は、冒険者として登録をさせられた。

 それらの準備に二日を要してから『七日間くらいで戻ります』と『冒険はしないでくださいね』の言葉を残しセリスさんは一人街へ行ってしまった。逆ドナドナー。

 せっかく冒険者としての身分を手に入れたのだから少しくらいは、等と若者にありがちな勇敢(むぼう)な考えが一切出て来なかった辺り、冒険者としての職業適性がゼロかもしれない―――そんな現実からは目を逸らす。


 言われた通りその間は冒険者としての活動はせず、主に走り込みや筋トレ、素振り、力場の使い方をなぞり直す作業を行った。

 予定より早く四日後には戻ってきたセリスさんからは文字の習得、狩りのイロハを教えて貰い五日程の滞在でまた街へ。


 セリスさんと簡単な依頼をこなしたことでソロ活動を解禁され日銭を稼ぐ。

 半日くらいで終わる簡単な依頼をこなしつつ、より一層の文字の習得に励む。

 セリスさんが街から持って来た物の中に本があり、それを元に書き取りと読み取りを行う。

 完璧には程遠いが、村人以上のレベルで読み取りは出来ている。


 読み取りができるから依頼書を読み、ソロ活動も解禁されたのだが。

 もちろん読み取りが不安な箇所や疑問点は受付の御嬢さんに口頭でしっかり確認している。


 見上げ続ける空は青く、白い雲が浮かび、日差しは柔らかで。

 本当に散歩日和なのに、なぜこんなにも心晴れやかではないのか。


 日銭以上は稼げているので、貯蓄は着々と増えている。

 文字も覚えているし、拙いが常識も手に入れた。

 生活の基盤は整いつつある。


 それでも思う、この進んでいない感は何なのかと。


 必要な事だとは分かっている。

 足場を固めることは大事だ。急いては事を仕損じる。

 だが、なのに、と思ってしまうのは焦りからだろうか。

 それなら一体、何に焦っているのだろうか。


「生き急ぐのは性分じゃないと思うんですけどねー」


 記憶に関する問題は、すぐに片が付くようなことじゃない。

 その解決には恐らく時間が掛かる。

 もしくは一生解決しないかもしれない。

 それは覚悟している。


「違うでしょー?」


 そうだ、違う。

 覚悟が甘いから焦るのだ。

 早く動かねばその機会を逸してしまうのではないかと。

 不安で、だから焦る。


「成程納得」


 口に出しながら、本心は違うのかもしれないなと暗く思う。

 自分自身の心の機微さえ不確かなものだ。

 それでも動機付けさえ出来ていれば、それを起点に騙すことが出来る。己の感情を。


 例え嘘でも。


 説明のつく理由さえあれば無軌道に広がる未知への恐怖は払拭できる。

 だから『まだ』先に進めるだろうと。


「さて、粘菌栽培終了」


 暗くてジメジメした後ろ向きな思考をシャットダウン。思考を再起動(リブート)


 いやぁ、危なかったね。

 夜中にベッドの上でこんなことを考えていたら軽く吊ってたね。

 お空が天気で良かった、良かった。

 お腹も空いてきたし、帰って飯でも作ろうか。

 最近懐も暖かだし、今日は奮発しよっかなー。


 能天気思考で足取りも軽く借家(わがや)に急ぐ。

 家の前に馬車が止まっていた。

 家に馬車が来る理由なんて一つしかない。

 予想通りの人物が軒先に居た。

 金色の綺麗な髪が目立つ女冒険者のセリスさ、ん?――――んん?


「シュウ!!」


 手を挙げて小走りで近付いてくるセリスさん。

 以前見た時とは異なる皮鎧と腰に剣を差している。

 穏やかな湖水を思わせる青い瞳。

 赤の他人の向ける外向きの笑みでは無く、知り合いに向ける種類の笑みで近付いてくる。


 変な所は何も無い。――――後、五歩。

 無い。――――後、四歩。

 無い。――――三歩。

 無い、んだけど。――――二歩。


(なん、だ?)


 セリスさんにしか見えないセリスさんが目前に迫る。


 唐突に感覚が圧縮される。

 軽やかに揺れる金糸。

 服の皺の動き。

 挙げていた手が自然に下がる様。

 一瞬がコマ送りの様に遅々として進む。

 音は消え、視覚から得られる情報の全てを精査し、何に違和を感じているのか。


(――――)


 スローモーションで下がっていく右手の軌跡。

 その先は


「ッ!?」


 ほぼ反射でバックステップを踏むのと腰の剣を逆手で抜くのを同時に行う。

 予想通り、いや予想以上の衝撃と火花。


 剣を振り抜いた姿勢のまま笑う女と、眼が合う。

 殺意無き殺意にゾッとする。


 抜き打ちで出来る速と圧。その予想しうる上限を超えた更に斜め上。

 これはそう言う斬閃だ。


 俺ちょっと強いんじゃね?とかチョーシこいてマジすいませんでしたぁぁぁ!!


 寸止めする気があったかどうかは謎。

 回避が間に合ったのは紙一重。

 防御が意味を持ったのは先の回避で剣線を逸らしやすい位置関係にズレていたから。


 暗殺者のように感情が無い訳では無い。喜色満面の笑顔がただただ恐ろしい。

 姿勢を崩した訳でも無いのに斬り返しが無かったことが腑に落ちないが、知ったことではない。


 何者だろうか等と悠長に考える暇も無く、女が足を引く。


(来る)


 威を纏い風となって来た。

 一息の間に三度打ち合う。

 冷静に正面から対処すればどうにかできる。

 だが気を抜いてもいいような相手でも無い。

 既に力場を使い応戦に万全の準備をしている。


 攻め込まれるだけなのは癪なので今度はこちらから斬り込む。

 鉄と鉄がぶつかり合い、斬り結び、火花が散る中で女は笑う。

 その実力の全てを出し切っていないことが表情から読み取れる。


(強い)


 これを倒すのは少々ではなく骨が折れる。

 自分の名前を知り、セリスさんの姿を真似るような相手だ。

 セリスさんの安否が分からないまま、相手の口を封じるのは悪手だろう。

 その一方で無力化を狙うのなら、それは相当に運の要素が絡む。


(LUKは『ドン底』だったけ?)


 己のステータスにげんなりする。

 残念ながらレベルは上がらず、ステータスはバグったままだ。

 相手が全力を出さない内に決着を付けた方が安牌だろう。

 意識のギアをもう一段引き上げた所で相手が剣を下ろす。


「ふーん、まぁ合格、かしらねぇ」

 セリスさんと同じ姿、同じ声なのに全く別人なのだと認識させられる。


 ――――厄介ごとの臭いしかしない。




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