14.
ソッコーで始まると思った尋問タイムは思った以上に進まなかった。
と言うより始まらなかった、と言う方が的確か。
「――――」
「…………」
沈黙が重い。
足取りは淀みなく森の中を進んでいく。遅れを取り戻す為だろうか朝方よりも心なしかペースが早い気がする。
「――――」
「…………」
どーしたもんか。ここまで無言だと先に声を掛けた方が負けの気がする。
いや、むしろ負けた方が勝ちなんじゃなかろうか。精神衛生的に。骨を断たせて肉を断つ、的な。ダメか。
散々、迷った挙句にどう声を掛ければいいのか悩んで、やっと声を掛けようと口を開きかけた時ヒトの気配を察知する。
距離はかなり離れているが、それを察知できるのは使い方を思い出した力場のお陰だ。芸は身を助けるとはよく言ったものである。
「セリスさん、正面からヒトが来ます。多分五人」
「え?」
振り向いたセリスさんの顔が『なんで、コイツそんなこと分かるの?』的な甘引きしている。
決してドン引きではない。もう一度言う、決して『 ドン引き 』では無い。無いったら無い。
「おーい」
間を開けず、言葉通り男五人のグループと出会い、相手側から声が掛かる。
獣と間違えられて弓でも射られたら堪ったもんじゃない。相手もちゃんと索敵をしているから声をかけたようだ。
恐らく先頭の声を掛けた男が斥候のような役割をしているのだろう。
会話に関してはボロが出ても困るのでセリスさんを前面に出し、一歩後ろに下がったままで居ることにして極力会話に参加しませんよと意思表示のつもりだ。
斥候の人が下がり、ハーフプレートを付けた男が代わりに前に出てくる。
「見たところ同業者、か?」
一瞬、俺のことを見て訝しんだようだ。
まぁ身形を見て場違いに思うのは仕方ない。剣帯すらない剣を持っただけの、思いっきり村人Aの格好だからだ。
(いや、町人Bくらいの身形だと思いたい)
至極どうでもいい感想。
「彼については少々事情があり、私の連れです。私はガスカルの冒険者ギルドに所属のセリスです」
セリスさんは冒険者の格好をしているので話は通る。
「ほぅ、アンタがあの“令嬢”か」
男が感嘆とも値踏みとも言える息を吐く。
(あの?)
「今はどうでもいいでしょう? それより貴方は?」
「これは失礼」
そういっておどけた様に一礼。
「俺達もガスカル所属の冒険者だ。今は臨時でパーティーを組んでいる。一応リーダー兼渉外担当のボランだ。よろしくな、“令嬢”」
「――――」
ボランと名乗った男が肩を竦める。
こちらからは見えないが雰囲気から恐らくセリスさんが睨んだろうと推測する。
「あー、俺達はギルドの要請でこの森の調査だ。調査内容は守秘義務があるから答えれん」
「そうですか。私たちは狩りを終えてこれから帰るところです。お気をつけて」
「お、おう」
セリスさんの二言目を継がせない気迫にボランさんが軽くたじろぐ。
その隙に男たちの横を歩いていくセリスさん。
その後をそそくさと追う。
一応、軽く頭を下げて会釈はしておいた。
◇ ◆ ◇ ◆
「いやー、あれが令嬢か。聞きしに勝る美女だな」
「噂通りの跳ねっ返りでもありそうだがな」
「バーカ、ああいうのをベッドの上で躾けるのが楽しいんだろ?」
「俺はああいうのはヤダね。その前に俺の大事な息子が噛み千切られそうだぜ」
「粗末な、の間違いだろ?」
そういって二人の男がゲラゲラと笑い、ウルセーと一人がムキになることも無く言い返す。
そしてその様子を見て、残りの二人は仕方ない事とは言え品の無い会話だと溜息を吐く。
男三人の話は続く。
「そう言えば令嬢は基本ソロだって聞いたが、後ろの“もやし”はなんだ?」
「しらねーよ。肉盾が生餌さじゃねーの?」
「生餌さに一票だな。なんでもサベージベアーを狩りに来たって噂で聞いたぜ?」
「ソースはどこよ?」
「ダルガスが酒場で大声で話してたぞ」
「あの大酒飲みの話なんてデマが半分と、ホラが半分だぜ」
「ウソだけじゃねーか」
「ま、アイツに期待すんのはオツムじゃなくて腕の方だけだからしょうがねぇぜ」
爆笑する三人を他所に、残りの二人が心の中でそれはお前等も一緒だがな、と冷ややかに思っていることは気付いていない。
「いや、けど待てよ。狩りが終わったってーことはあのクソ熊を殺ったてことか?」
「は、無理に決まってんだろ? 大方違う獲物を狩って満足したんじゃねぇのか」
「だったらもやし君は命拾いだったな」
三度起こった笑いにいい加減付き合い切れなくなったボランが声を掛ける。
「おい、いい加減進むぞ。あと声が大き過ぎだ」
「ちッ、わーったよ。リーダー」
不承不承で歩みを再開する。
(人数を増やしたのは失敗だったか)
なんでこんな奴等に声を掛けたのか、過去の自分を殴ってやりたい。
そんなことを思いながら歩いていると、隣に相棒が並び声を潜めて
「さっきの嬢ちゃんに念の為、探りを入れとかなくってよかったのか?」
「あいつ等の前でどう説明するんだ?」
そういって警戒の意識が薄そうな前を歩く三人に視線を送る。
「まぁ、そうだな。今回の件、神託を出した神殿も半信半疑っぽいしな」
「だが実際に森全体での死者、行方不明者はこの一年で増えている」
「頭の回る冒険者なら今回の依頼を蹴るか、蹴らないまでも警戒はする。そいう意味であいつらは見かけ通りの馬鹿だって話だ」
「報酬に目が眩むのは、下位の同業者なら珍しくも無いぞ」
自分達も似たような立場ならこの話に飛びついただろう。だが彼らと違うのはコンスタントに金を稼げる程度には実力がある点だ。
それであって今回の依頼を受けたのは、ギルドから直接依頼だからだ。
直接依頼を受ける点でそれなりの実力を有していることになるし、基本拒否権は無い。
前を歩く三人は事情も知らない、報酬で釣られただけのメンバーだった。
頭の悪さは想像以上だったが。
三十分ほど歩いた先に、妙に開けた場所に出た。
「お、なんだこりゃぁ?」
全員が足を止め周りを観察する。
その一帯だけ木がなぎ倒され、場所によっては地面が抉れている。
「どうなってんだ?」
相棒はすでに周囲の警戒に入っている。
(土がまだ柔らかい)
触った土はまだ湿気を保っていた。
それでいて折れた木は場所によっては炭化した箇所があったり、その一方で緑の葉をつけているものもあった。
熱の伝わりが不均一。
熱素系の魔法をぶち込んだ場所と、その余波による衝撃で吹き飛んだ場所の違いだろう。
だがそれならば何の為にという疑問が残る。
魔法の練習にしては少々規模が過ぎるし、これだけ広範囲を更地に変えられる能力者なら国が雇っているだろう。
謎だらけだ。
「おやおやおや、これは、これは」
場違いな声。それが気配も無く間近で聞こえたことに警戒の意識が高まる。
若くも無く、年老いてもいない細身の男。森の中では動き辛そうなローブを着ている。
「ああ、どうも、どうも。私としたことが少々驚かせてしまいましたかな?」
一目見てコイツはヤバいと直感が告げる。
「いえいえ、私はですね、ちょっとした実験結果の様子見に参ったのですが」
訊ねても無いのに語りだす目の前の男は。
「フム、どうやら貴方もご存じない様子…………」
大仰な仕草と科白。
「参りましたね。出来るだけヒトに会わないように仰せつかっているのですが」
そうかい、じゃぁさよならだと言いたいのに言えない。
喉はカラカラで唇がパサつく。
逃げの一手を模索する間もなく
「フム、仕方ありませんが死んで頂きましょう」
◇ ◆ ◇ ◆
「悪趣味だぞ、ゾロフ」
ローブを着た男に向かって、別の男が声を掛ける。
「いやいや、これはみっともない所を見られてしまいましたね。アランさん」
アランと呼ばれた男は、ゾロフとは逆の野性的な男だった。
細身の研究員と筋骨隆々の武闘家というバランスの悪そうな二人組だ。
「研究で籠ってばかり居たせいか、どうも制御が甘くなっていたようで」
「…………そうか」
目を細め呟いた先には、乾いた『何か』が転がっていた。
赤い要素など何一つ無い軽い『何か』だ。河原や砂浜に転がっている乾いた流木に似ているかもしれない。
己もつい今し方、四つの命を奪ったばかりだ。
だから殺めることをとやかく言う心算は毛頭無い。任務の遂行に必要な事で、割り切りとかそう言った倫理観以前の問題だった。
だが、その殺し方について、相容れないモノがある。
それは自分が武人だという自負や、物事に対する見識の違いからくるもので、善悪の判断からすればどちらも同じものであり、究極的に言えば意味の無い事だと理解している。
ただ情けないと言った科白や、研究室に籠ってという言い訳が、言葉通りでなく対外的なアピールであることに感情がザワつく。
むしろ慇懃に振舞うことで隠そうとしつつ、その醜悪さが滲み出てくることが問題だった。
これ以上深く追求すれば任務に差し障る。そう判断し話題を変える。
「お前の言う実験体だが失敗だったようだな」
「ええ、本当に。面目無い。これはどう報告したものか…………」
神妙な面持ちで――――だがその裏では全く困っていない、むしろ喜んですらいるのかもしれない――――思案する。
「アランさんは先に帰って、とりあえず途中経過だけでも報告しておいて下さい。失敗の報告を押し付ける形になってしまうのは申し訳ないのですが」
「確かに他人のしでかした失敗を報告するのは気が重いな」
「他人だなんて冷たいことを仰らないでください。一応、暫定パートーナーじゃないですか?」
言葉も態度もしおらしいのに、粘つくような不快な空気が鼻に付く。
「…………ゾロフ、お前はどうする?」
「ええ。ただ失敗しました、では報告として不十分。私は失敗した原因を調べてから戻ろうと思います」
「どうやって?」
「それに関しては企業秘密、ってそんなに睨まないで下さいよ!!」
「さっさと話せ」
「短気は損気でしょうに」
はぁと、わざとらしく溜息を吐いて見せる。
「あの実験体なんですがね、核に珍しいモノを組み込んでまして。よほどの御バカさんで無い限りそこから足がつくはずなんですよ」
「想像を超えるバカだった場合は?」
「アランさん。今回の実験、失敗はしましたがそれでも俗にいう準ネームド級ですよ? こんな場所に来るのは冒険者。そんな奴らが珍しいお宝を後生大事にしまっておくと思いますか?」
「…………」
一応は理に適っている言い分だが、それでもその理屈には大小様々な穴がある。
それ指摘してやってもいいが、どうせ屁理屈をこねて聞き入れないだろうことは容易く想像でき、時間の無駄だと即座に判断を下す。
別行動が取れる大義名分と失敗の報告を天秤にかけて、さっさと別れてしまった方が精神衛生上好ましいと即決する。
(精々、恥の上塗りをせぬことだ)
◇ ◆ ◇ ◆
「――――とかアランさんのことだから思ってるんでしょうねぇ」
転移にて帰還した男が立っていた場所を見ながら卑卑卑と不気味な笑みを零す。
「アランさんはお節介ですからねぇ。老婆心とも言いますが」
何はともあれ煩いお目付け役が離れた。
最近は目立たないよう釘を刺されていた手前、自由に行動できる機会に恵まれなかった。
それはやはりストレスが溜まる。これは久々に羽を伸ばすチャンスでもある。
「もちろん、実験のことも忘れてはいませんけどね、卑卑卑」
特にあの核は回収せねば面倒な事になる。
「忘れないようにしませんと」
でもまぁ少しくらいは
「羽目を外してもイイですよねぇ?」
二人の男の思惑は、想像を超えるバカ…………ではないが世間知らずの少年のせいで今後、大きく狂うことになるのを知る由も無い。
どうもここまでお読み頂きありがとうございます。
これにて1章は終わり2章へと続きます。
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