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13.

「終わったかい?」


 自分にそっくりの少年が訊ねる。


「ああ、終わったよ」


 疲れた声で答えを返す。


「それは良かった」


 何という事の無い、極普通の笑みだ。


「良くねーよ。危うく死に掛けたじゃねーか」


 こっちは不満満載だったが。


「それでも、だよ。(キミ)は生きてる」


 へいへい、そーですねと投げ遣りな返事をする。

 不満は腐る程あるが愚痴を言っていても進まない。

 物事は建設的に。時間は有限だ、比喩抜きで。


「ここは夢の中ってことでOK?」

「その認識でいいと思う。認識できない意識と無意識は似て異なるモノだから」

「言い方がまどろっこしいなぁ」

「それが(ぼく)の本質の一部だよ」


 うへぇと顔が歪むのが止められない。

 面倒臭い奴だなぁと薄々自己評価はしていたけれど。


「まぁいいや。話の本題だ。――――どうなってる?」


 漠然とした問い掛け。それは他者へなら間違いなく伝わらない。

 けれど目の前に立つのは鏡写しの自分自身だ。その問いの意味は誤解無く相手へと通じる、はずだ。

 だが予想に反して相手は眉間に皺を寄せる。


「君のその抽象的な質問の仕方には困惑せざるを得ない」


 ふぅと息を吐いて


「結局のところ僕等と君は別の存在。誤解無く分かりあえるなんてただの妄想だ。自分自身でさえも自分が時々分からなくなるのに」


 難儀だねぇと他人事の風体で


「もともとが不安定な本物(オリジナル)から派生した僕等は結局のところ別人格だ。丁寧に容器(いれもの)を御膳立てしてどれだけ精巧に本物に近付けた所で、呼べたのはその一部。出来たのは劣化複製品(デッドコピー)でしかない」

「――――」


 意味が分からない。でも分かる。なぜこんな時だけ分かりあえるのか。


「さっきの君の問いの答えは既に君の中に有って、その確認がしたいだけだろう? 安心したまえ。君の答えで間違いない」


 絶望したかい? と変わらない普通の笑み。


「――――」


 せっかく血管三本くらいぶっちして、珍しくヤル気を出せばそれは無理だと突き返される。

 それなら絶望の一つや二つくらいはしたくなる。


 ああ、そうかと妙に醒めた思考で理解する。なんで分かりあえるのか。

 コイツは――――否、コイツ等は俺を含め――――怒っているのだ。どうしようもなく。

 だから一つの感情の元に分かりあえてしまう。


 マジで難儀だ。笑えもしない。


「帰るのは、無理かぁ…………」


 なかば理解していた。それを言葉にするのは諦めを後押しするためだ。

 未練ばっかりで情けないな、とも同時に思う。


「…………帰ったところで本物はソコにいて、『お前は誰だ?』の状態になるのは目に見えているからお勧めはしないかな」

「ですよねー」


 力無く笑う。


「でも記憶を思い出していくことは可能だと思う。僕らは別の存在だけど繋がっているから。何かの拍子に思い出すこともあるはずだ。だからあの感情の理由を探すことは無駄じゃない」


 そうは言っても帰れないんじゃ意味ねーじゃん。いや、結果として帰る意味が無いから、過程として思い出すことも意味がないのか。


 なんかもうイジケモード突入まで秒読みです。


 こちらの心情を察してかヤレヤレと肩を竦める。そして


「なぁ、知りたくないか?」


 一転して雰囲気が変わる。それは妙に剣呑な雰囲気を纏っていた。


「俺達を召喚()んだクソ迷惑な奴を」

「――――」

「どんな高尚な理由か、はたまた愉快で下衆な理由かは知らんが勝手にヒトを誘拐し腐った挙句、送還は現実的でない。そんなクソ野郎のご尊顔をよ」

「あー…………」


 これもまた理解できる。根底に流れる黒く淀んだ感情。

 即答を迷うのは直線的過ぎる感情の落としどころと倫理観がブレーキをかけるからだ。

 それすらも織り込み済みだと揺さぶりをかけてくる。


「お前の生命(じゆう)は他人の勝手な理由で書き換えられて納得いく程度のものか?」

「――――今時、復讐なんて流行らねーよ」

「そうだな、そうだよ、流行らないぜ。――――だからどうした?」


 獰猛な笑みは、それすらも自分の一面で。


「周りの人間がそうしていたら全てその行いが正しいのか?

 周りの人間がそう言うならそれが全て正しい選択なのか?

 周りの人間に合わせればそれは全てが善で、全てが正義と成り得るのか?

 違うだろ? 違うよな? 違うに決まってんだろ?

 どうせ帰れやしないんだ。羽目を外して楽しんだって誰にも迷惑は掛からねェ。

 柵が外れた今、だったら楽しまなきゃ損だろ?」

「その短絡的かつ頽廃的な思考には賛同致しかねる」

「『反対』じゃねーんだな? だったら十分だよ。どうせ甘々のお前は魔王なんて柄じゃない。それで十分だ。勇者や英雄なんてもっと柄じゃねーからな。今度は精々失敗しないように気を付けるこった」


 言いたいことだけ言ってもう一人の自分は笑みを残して消えてしまった。


「――――お節介な」


 妙にアレな性格だったが悪人では無さそうだと思ってしまう自分は相手の言葉通り


「『甘々』なんだろうねぇ」


 本当によく自分のことを御存知でいらっしゃる。そして


「『今度は』か」


 気の滅入る言葉を残してくれたもんだと独りごちる。

 自分の姿も薄くなっていく。時間切れだ、夢から覚めるのだろう。


「ここでの会話、起きても覚えていたらいいなぁ」


 望みは薄そうだと思いながら意識が途切れた。




◇ ◆ ◇ ◆


 眩しさで目が覚めた。腕で影を作り、光量を調整する。

 光に目が慣れてまず映ったのは青い空だった。

 陽はまだ天頂に近い位置にある。

 寝起きの気怠さを払う様に体を伸ばす。

 薄い望みはどうやら叶って、夢の中の会話は割と鮮明に思い出すことができた。


 痛い妄想だったら、どどど、どうしよう?


「やっと目が覚めましたか?」


 隣に座る女性が安堵と呆れが半々の声を掛けてきた。


「ご心配をおかけしました?」

「ええ、存分に」


 ふと笑みを強いものへ変える。


「埋め合わせはこれから。色々と聞きたいことがありますので」


 尋問タイムですか、どーですか。そーですか。


「あ、歩きながらでも良ろしければ」


 情けなく腰が引けるのはどーしたもんか。


「そうですね。町まで戻るのは難しそうですが村までなら帰れそうですし、いい加減野宿も飽きてきましたから」

「…………」

「さて、では行きましょうか」


 先に歩き出したセリスさんの後を追う。

 支離滅裂で無い説明ができるかどうか。晴天に反比例して心は晴れない。


 ――――そんなことを考えていたからだろう。死神を倒した時に手に入れたアイテムまで気が回らなかったのは。

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