11.
「ゴっ!?」
腹にいいのを貰った。
体が宙に浮き、仰向けで飛んでいく。どうやら魔力の塊が飛んできたらしい。
痛みと共に思ったことは
(間抜けだなぁ)
場違いな笑みを浮かべたまま、その勢いのまま地面に落下し滑って止まる。
呆けたままの意識で、視界には青い空が広がっていた。
「――――」
状況を忘れ、呼吸を忘れ、ただ見入った。土の匂いすら気にならなかった。
薄く棚引く黒煙が青い空を汚す。
「――――」
いつか見たことがあったかもしれない原風景は。
それが前触れも無く歪む。
歪んだ後、目尻から伝ったものに驚く。
「――――?」
何も覚えていないのになぜ泣くのか。
感情の暴発の理由はなぜなのか。
「どうして?」
擦れた呟きは戦場の熱気と共に空へと運ばれ、昇りきる前に消えていく。
「――――」
ゆっくりと剣を杖にして立ち上がる。
知らねばならない。思い出さなくてはならない。
この感情の理由を。
誰に定められた訳でも無い。自然と湧き上がってきた意思は。
己が己であるために。
至上命題と今此処に定義する。
だから今、ここで死ぬわけにはいかない。
全てを思い出し、それを思い出に変えていくために。
生きると言う生存本能。
それが地に足を着けていなかった。
それはどこか投げ槍で、真剣味に欠けていた。お気楽ですらあった。
死んでしまうのも、仕方ないと。
自暴自棄だった訳では無い。ただそこに懸命さ、必死さが無かっただけで。
本来であればそれは人命が掛かる状況下で責められて然る内容だ。
だがそれを責めるのは些か酷が過ぎる。
確かに人柄からして真面目とは程遠い部分はある。
けれど不確かな状況で自分自身が何者であるかも分からないまま、現実を直視しろと言われてすぐに順応できるだろうか?
現実を直視し続けた結果は果たして今より、より良いものであっただろうか?
むしろ現実的な解決へと至る道の険しさは、心を折る時間を早めることにならなかっただろうか?
だが今は。
自己弁護を終了させ全てにアジャストを掛ける。
目的を決定し、感情と理性を統合し意思へと変換させる。
勝利への過程を思考する。
勝利条件の設定。現状の把握。勝利に至る為の手段。
なんだか良く分からん力を当てにするのは気が引ける。それでもそれが有用でこの身にそれが宿っていることは確定だ。
ならばそれを用いる算段を逆算する。
最適解を知ってしまったが故にそれに固執してしまったのが現状だ。
だが足りない奴がいくら足掻いた所でソレには辿り着けない。当たり前だ、足りてないのだから。
ならば?
どうする?
息を大きく吸い
「おオオあああァァァ――――!!」
吠えた。獣の様に。
足りない要素を補うために、吠える。
意味なんぞ、知らん。ただ思い付いたまま。
気合と努力と根性と。
血管三本位ぶっちしたらいけるんじゃね?的な危険思想の上で。
「あああおおおぉぉぉ――――!!」
もしかしたら過去の残滓が与えたヒント。
絶叫に先鋭化された意思が乗る。
世界が応えた。
周囲を埋め尽くすように赤い窓が無数に展開される。
Error
Danger
Warning
それは明確な拒絶。
知ったことかと、際限なく増えていく窓を叩き割る。
割った数よりも多くの窓が言語を変え、短文、長文を交え無限増殖を始める。
それでも抗う事を迷わない。
それが世界の意思に反したことだとしても。
(俺は――――)
左手を水平に伸ばす。
その先にあるものを掴む為に。
空間に亀裂が奔る。その残痕が肌を焼く。
歯を食い縛り痛みに耐える。怯んでいる暇は無い。
現実を歪め、その先にあるものを確かなものとするために。
―――境界を超えろ。
ある意味これも一つの召喚魔法だろう。その過程を無視するならば。
「来い!!」
言霊を乗せ左手を引き戻す。その手に掴んだものは剣の柄。
だが空間から現れたのはそこまでだった。
肝心の剣身は無く、美しい装飾のある柄だけが手に残る。
だが理解する。真に自分が望んだものはこれであると。
摂理を曲げた存在はこの世界に生まれて5秒と経たず圧壊し、砕け散る。
「――――」
砕け散った破片はまるで雪のようで。
万感の思いを込めて手をかざす。
それは本物では無い贋作。ただ壊される為だけに生まれた模造品。
破片は光の粒子に変わり、身に沁みるように――――雪が融けるように――――消えていく。
思い出す、思い出す、思い出す。そして思い出した端から消えていく。
このまま全てを覚えていられたら、それはどんなに楽な道だろう。
名前があった。
故郷があった。
家族がいた。
友人がいた。
――――好きな人が、いた。
そのことごとくが消えていく。
悔しさを抑えきれない。思い出そうと決意したそばから忘れなければならないのか。
だが理解もしている。今この場を二人で生き残る為に、要らぬ欲は奇跡を泥に変える。
記憶の奔流の中に。
戦いがあった。戦場に居た。血を流した。
(何をやってんだ、俺は)
傷付いて、死に掛けて、仲間を失い、居場所を失い。
怒りを通り越して呆れる。どれだけ莫迦なんだろうかと。
鈍く擦れるような痛みは、思い出すと決意した過去に全てが繋がっていくのだろう。
そこに一抹の不安と寂寥を覚え、だがそれすらも忘れていく。
そして最後に思い出す。戦いの術を。勝利に至る為の要素を。
元の俺は誰かにそれを教わった。その『誰か』はすでに忘れている。
教わったという事実のみが残る。
今の自分はそれを過去の己から教わる。
幾多の戦場を駆け抜け、修練に修練を重ね続けた経験をただひたすらに追走し、重ね、己のものとし、合一を果たす。
おかしな話だ、不思議な話だ、滑稽ですらある。
だがそれでいいのだと思おう、少なくとも今は。
体の奥から力が溢れ、身を包み、剣に透す。
張った力を留め、それを場とし外界との境界を制定する。
力場として安定し、思う通りに形を変える。
その出来に満足する。まだその全てを掌握しきってはいないが今はこれで事足りる。
「征こう」
誘いの言葉を呼び水に、脚に力場を集める。
大地を蹴る。速度は最初から最高速。
死神と剣戟を交わすセリスさんの元へ、瞬息で距離を詰める。
その僅か瞬息よりもさらに短い刹那の時間に力場で戦場の地形走査を行い俯瞰する。
(敵生体1、伏兵は確認出来ず)
天候、風向き、地面の固さ、エトセトラ。
必要事項も注意事項も、それ以外の不要な情報も。片っ端から頭の中を流れ、結論として慢心しない事だけを留める。
まずは初撃のお返しを全力で御挨拶だ。