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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

皆に内緒でヒーローをやっている僕に、ヒーローヲタクな学校一の美少女が迫ってきています

作者: 青蛙



 真昼の渋谷。


 炎上する都市。

 テレビ局のヘリコプターが空をゆく。

 その中心で、一人の仮面をつけた男が狂ったように高笑いしていた。



「速報です!脱獄ヴィラン『サラマンダー』により、渋谷の街が破壊されています!残っている周辺住民はただちに避難を行ってください!」


 電気屋に放置されたテレビからは、リポーターの悲痛な声が響いていた。



 だが、『サラマンダー』と呼ばれた仮面の男の頭上に、突如として影が現れる。


「んぁ?誰だァ?」


 仮面の男が影に気付き、空を見上げた。


 その先には、宙に浮かぶ一人の男の姿が。

 男は全身に白銀の騎士を思わせるパワードスーツのような機械を纏い、その表情を窺い知ることは出来ない。


 しかし、その全身からは明確な怒りのオーラが漂っていた。



「き、来ました!『スカイスクレイパー』です!『スカイスクレイパー』が現れました!」


 その姿を見つけたテレビ局のカメラが、ヘリコプターから彼の姿を写そうとズームし、リポーターの声にも力がみなぎる。


 パワードスーツを纏う男の名は『スカイスクレイパー』。

 大気を操る超能力者(タレント持ち)であり、日本が誇るトップヒーローの一人である。


「げえ!?スカイスクレイパーかよ!」

『貴様の悪事もそこまでだ。次は二度と牢獄から出られないようにしてやるから覚悟しろ』


 スーツを通して彼の声は機械音声へと変換され、相手を威圧する。


 彼が一度腕を振るっただけで、街を覆い尽くしていた炎は消え去り、すっかり灰と煤に包まれた街が炎の向こうから現れた。


「ちいっ!死にさらせ、腐れヒーロー!」

『ハアッ!』


 二人きりになったこの渋谷の街で、大気を操るヒーロー『スカイスクレイパー』と、炎を生成し操るヴィラン『サラマンダー』の戦いが始まった。




 超能力者(タレント持ち)、それはここ50年ほどの間に、ごく僅かな割合でだが確認されるようになった、普通の人間には無い特殊な能力を持った人々の事。


 そうした超能力者の中から、自分の力だからと好き勝手に能力を使って暴れ回るような者達、通称『ヴィラン』が現れ、各国はその対応に迫られた。


 現代兵器を使用しても勝利は危うい超能力者を相手に、どう立ち向かい、平和を維持するべきか。


 そんな中で生まれたのが、同じく超能力者の力をもって犯罪者を取り締まる『ヒーロー』である。


 最初は各国政府が仕切っていたヒーローだったが、増えるヴィラン達の犯罪への対処に資金と人手が追い付かなくなり、現在ではほぼ全ての国が民営化した。



 ヒーロー、『スカイスクレイパー』はそんな企業ヒーローの一人であり、日本が世界に誇るトップヒーローの一角。



 その正体は僕、貧乏学生の『大空 翔(おおぞら かける)』。

 皆に内緒でヒーローをやっている、15歳の高校生である。






◆◆◆◆◆◆◆




「昨日のスカイスクレイパー凄かったな!」

「サラマンダーすげえ吹っ飛び方してて笑っちまったわ」


 渋谷でのスカイスクレイパーとサラマンダーとの戦いから一日後。


 都内のとある私立高校の教室は、昨日の戦いで持ち切りだった。


 超能力者の犯罪者の捕縛を行っているヒーローだが、民営になってからはエンタメとしての概念が強くなり、テレビではヴィランによる犯罪が起きるたびに実況が行われている。


 映画の中だけの話だった超人同士の戦いが現実のものとなり、人々はヒーローを応援し、熱狂した。


 今やヒーローとヴィランの戦いは、一つのエンタメとして人々の生活の一部となっているのだ。



「なあ翔、お前も昨日のアレ、見たよな!?」


 教室のはじで一人スマホをポチポチと弄っていた僕のところにも、そんな話題で賑わっていたクラスメートの一人がやってくる。


「うん? あ、あれね。見たよ」

「チョー凄かったよなあ!あっと言う間に火も全部消しちゃって、サラマンダーのやつ、手も足も出てなかったぜ!」

「相性が良かったからじゃないかな。サラマンダーの炎って、結局酸素が無いと燃やし続けられないし」

「おお、詳しいな!さすがオタク!」

「はは……」


 あまりの勢いに思わず苦笑いが漏れる。


 学校では、自分がヒーローだという事を隠すために、陰キャのオタクとして通している。


 僕の元来の性格にもそれが合っていたのか、人付き合いを極力抑えた学校生活はまあまあ快適だ。


「おーい、ハヤト。見ろよこれ!」

「ん?今行く!じゃあな翔」


「あ、うん」


 ヒーロー好きの陽キャなクラスメートがグループへと戻っていく。


 たまにこうして話し掛けられたりするが、普段は一人で読書が勉強、それかスマホをしている毎日。


 教室の喧騒の中、僕はまたスマホを弄る作業へと戻る。

 とはいえ、調べるのはヴィランの出現情報ばかり。


 基本はスポンサーの会社から指令が来て出動となるのだが、他の企業のヒーローがヴィランを倒せずにいると、近隣に待機しているヒーローが救援に出動する事もある。


 だから、こうした情報収集も欠かせないのだが。



「あっ、八重樫さんだ……!」

「今日も綺麗だよなあ」

「俺がもっとディープなヒーローオタクだったら……」


 教室に入ってきた美少女に、今日もクラスの注目は集まった。


 名前は八重樫 凪(やえかし なぎ)

 艶のある長い黒髪とモデル顔負けのプロポーションを持つ、この学校のマドンナ的存在。


 告白された回数は数知れず。

 だが、その尽くがあえなく撃沈。


 理由は、彼女がかなりディープなヒーローオタクだという事にある。


 彼女と仲良くなりながら距離を詰めていこうとした奴もいたようだが、皆、彼女のヒーローについてのマシンガントークについていけずに脱落したらしい。


 困ったことに僕は最近、そんな彼女に頻繁に絡まれていた。





 放課後。

 仕事が入らなかった日は学校の図書室へ行き、勉強をする。僕の日課だ。


 図書室は静かで良い。

 勉強にも集中出来るし、休憩するにも静かで向いている。


 数週間前までは、そうだったのだが。


「あ、見つけましたよ同志!デュヘヘ、今日も沢山ヒーロートークしましょうねえ」

「喋り方気持ち悪いですよ……あと、ここ図書室なんで。図書委員さん、お願いします」


 勉強に取り掛かろうとしていた僕の正面の席についた彼女は、早速気持ち悪い笑い声をあげながらニコニコと話し始めた。


 清楚美人といった彼女の容姿でこんな独特な喋り方をされると、見ているこっちがアンバランスな感覚に陥って仕方がない。


 図書室の静寂を破った彼女を止めてもらおうと、受付の図書委員の少女へと視線を向けたが、やんわりと笑顔で拒否される。


 その上、スッと部屋を出るように促された。


「あの、勉強の邪魔なので……」

「話しながらでも出来ますよー。なんなら私の部屋、来ます?」

「仮にも女の子の部屋によくわからない男を上げるわけには行かないでしょう。無防備ですよ」

「ちぇー、同志なら別に良いのに」


 どうやら、彼女は僕がここを離れるまで諦めないらしい。

 仕方なく僕はここでの勉強を諦め、荷物を鞄へとしまって立ち上がった。


「仕方ないですね。行きますよ」

「どこ行くんです?」

「適当に、駅前のカフェで良いですか?」

「いいねえいいねえ。沢山ヒーロートークしようねえ同志よ〜♪」


 機嫌良さそうに笑う彼女。


 こうなった原因は僕がまともに彼女の話に返答していたせいだ。

 今まで彼女の話についてこられる人が居なかったのに、僕が平気で話についてきた為にヒーローヲタクの同志だと勘違いしたらしい。

 実際はヒーロー本人だからそれなりにヒーロー関連の知識があっただけなのだが。



 まあ、そんな訳で彼女と僕は駅前のチェーンの喫茶店にやってきた。

 僕はアイスのカフェオレを、彼女はなんだか名前の長い呪文のようなコーヒー飲料を頼んでいた。


「さて、ヌフフフ……今日は話題の『スカイスクレイパー』についてじっくりねっとり語りましょうぞ」

「はあ」


 早速、話題が出てきたかと思えば僕の話題だ。

 昨日ヴィランと戦ったばかりなのだから、確かに今一番ホットなヒーローといえばその通りなのだが。


 自分の事だから、少し恥ずかしい。


「『スカイスクレイパー』といえば、大気操作の超能力による豪快なヴィラン退治が売りですよね! 雑に見えて実はかなりの技巧派で、噂によれば半径1キロ圏内の大気を5分割までして操作できるとか。しかも空気中の分子の割合まで変えられる。日本で最強のヒーローは誰か!と聞けば、二本の指に入る正にトップ2の一角! 昨日のサラマンダーもかなり強いヴィランだったはずですけど、如何せん相性も悪い上に完全に格上。手も足も出ない様はまさに圧倒的ぃ……めちゃめちゃカッコイイですよねえ!」

「あ、はは……そうです、ね」


 まさか彼女もスカイスクレイパー本人が目の前にいるとは思っていないだろう。


 スーツの変声機能のおかげで声や見た目でバレることはないと思っているが、話していてヒヤヒヤする。


 思えば、彼女との会話でスカイスクレイパーが出るのは初めてだ。今までの会話ではマイナーどころの地方ヒーローの話題が多かったからだろうか。


「昨日の戦いは、確かに圧倒的でしたね。相性の良さもありましたから。ただ、あれだけ早く倒せるのに、来るのが少し遅かった。企業ヒーローですから出撃まで時間がかかると言えばそれまでですけど」

「う〜ん。同志の言うとおり、そこは企業ヒーローのジレンマですなあ。いまや企業の人気取りになってしまっている側面もあるゆえ……負けは基本あってはならないというのが現代ヒーローの共通認識ですからな」

「勝ちが見込める相手か確かめてから行く。無駄に犠牲者や被害を産まないためには大事ですけども」

「確かに、スカイスクレイパーならサラマンダーは確実に倒せる相手でしたなあ。しかし、同志はまるで業界人のような視点でいつも話しますな」

「僕が斜に構えたような見かたばかりしてしまうからですよ」


 ふむふむと頷きながら、彼女はキャラメルチップやらホイップクリームやらが乗ったコーヒーを飲む。


 やはり、黙っているときは美人だ。

 この奇妙な言葉遣いさえしなければ、正統派の美少女なのだ。


 でも、そんな彼女の奇妙な言葉遣いにも慣れてきて、自然と接してしまっている自分もいるのだが。



 そうして、僕もまたコーヒーに口をつけていた時だった。

 突然、ポケットのスマホがブルブルと振動した。


「おや?同志のスマホが鳴っているようだが」

「ん、失礼。確認するよ」


 何となく、何処からの連絡かは察していた。

 スマホを取り出して開いてみれば、案の定、企業からの出撃連絡だ。昨日の今日で、随分と忙しい。


 準備をしておくようにと言う内容で、場所までは記載されていない。


「どうだった?」

「ごめん。急に用事が出来てしまったから先に失礼するよ」

「え、同志? 大丈夫なのか?」

「大丈夫。この埋め合わせは、また何処かで」

「えっ、ああ……うん」

「では、また」


 しょんぼりと落ち込んだような彼女の姿に、胸がちくりと痛む。


 だが、これも人々の命を守る大切な仕事。

 ヒーローであり続けるなら、すっぽかす訳にはいかなかった。






『対象のヴィランは現在何処に?』


 さきほどいたカフェから最寄りの事務所まで移動し、支給されているスーツを装着。ヴィランの居場所をオペレーターに聞く。


『今回は緊急の件です。今から地図情報をスーツに送りますので、確認しつつ移動をお願いします』

『承知しました。ヒーロー、スカイスクレイパー、出撃します』

『ご武運を!』


 事務所のビルの屋上から空へと飛び上がった僕は、スーツ内部のモニターでヴィランの位置情報を確認した。


 その瞬間、頭からサッと血の気が引く。


『……嘘だろう』


 そこは、先程まで僕と彼女がいた駅周辺だった。



◆◆◆◆◆




 私はカフェで一人、不貞腐れていた。

 せっかく大空くんとヒーロートークを始めようとしていたところだったのに、急用が出来たと彼が帰ってしまったからだ。


「はあ、残念だなあ」


 大好きなヒーロー。

 小さな頃、ある一人のヒーローに救われて以来、ずっと憧れの存在だった。


 だから、そんな『大好き』を誰かと共有したくて、いつも夢中で話しているのだけど、緊張からか変な口調と早口になってしまって、そうするといつも皆離れていってしまう。


 だけど、彼だけは違った。

 私の話をちゃんと全部聞いてくれて、引かずに言葉でちゃんと返してくれる。


 それだけで、とても嬉しかった。

 少し面倒臭そうにしながらも、いつも優しく話に付き合ってくれる彼の事を好きになるのはすぐだった。


 異性との付き合い方なんて知らなかったから、いつも不器用なアプローチになってしまってもどかしい日々。


 もっと彼と話したい。

 彼の()()を彼の言葉で聞いてみたい。

 彼の暖かさと触れ合ってみたい。


 頭をぐるぐると巡るのはそんな事ばかり。


「私ってヘンだよなぁ……」


 残った飲み物を吸い上げながら、しょぼくれていた時だった。


 ふと、店の外が騒がしくなっていたのに気付く。


 外の喧騒に気が付いた客たちで、店の中もざわめき始めた。


「な、なに……?」


 そう口からこぼした次の瞬間、カフェの全ての窓ガラスが吹き飛んだ。


「きゃあぁぁっ!」


 咄嗟にテーブルの下に身を隠したが、粉々になったガラスの破片が腕や足に突き刺さる。


 突然身体を襲った痛みに、口からは声にならない呻きが漏れ、床に倒れ込んだ。


 人々の悲鳴や泣き声、怒号が響く店内。

 足早に逃げていく無事だった人々。


 痛みに耐えながら、店の外へと視線を向けた時、見てしまった。


 逃げていこうとしたおじさんの首が、爆弾のように突然弾けて消えた瞬間を。


「あ゛〜、シケてんなぁここはよ。オッサンばっかだし、女いてもババアばっかじゃねえか」


 見るからにガラの悪い筋肉質な男が、死んだおじさんにむけてピンと指を伸ばしていた。彼が、おじさんを殺したのだ。


「……ヒッ」


 あまりの恐怖に息が詰まりそうになる。

 過呼吸のような声が漏れ、そのせいで、気付かれてしまった。


「あ、いるじゃん。しかもかなりの上玉。って、怪我してんじゃん、力入れすぎたか。……ま、いいか、使った後で殺すし」


 男は下卑た目でこちらを眺めながら歩み寄ってきて、おじさんを殺したその手を伸ばしてくる。


 他にも店内には人が居るというのに、誰も声を上げないし、助けようともしてくれない。


 ただ、超能力者という災害が去るのを待っているのだ。


「あ……あ………」


 絶望。

 その2文字が頭を駆け巡る。


 彼に想いを告げる前に、私はこの男に汚されて、そして殺されるのだ。


 逃げようとしても、もう足が動かない。


「人生の最期にぃ、俺と気持ちよくなろうぜ?」


 彼が私の服に手をかけようと腕を伸ばしてきた。


 その時だった。



―――ズ ガ ン !!


 砕け散るアスファルト。


 いつもの彼からは想像もつかないような荒々しい着地で、


『ヴィラン名【クラッシュ】。貴様を捕縛する』


 スカイスクレイパーが現れた。



◆◆◆◆◆◆



「チッ、今からいいことしようとしてたのにマジかよ……」


 ヴィラン『クラッシュ』が不貞腐れた様子で上体を上げた。


 彼が何か掴もうと伸ばしていた腕の先には、腕と足から血を流す八重樫さんの姿が。


 仕事に私情は持ち込んではいけない。

 それは自覚していた。


 だけど、今の僕は。


『覚悟しろ』


 我慢なんて、出来る訳が無い。


「【BANG】!」


 男がこちらを指差し、そう叫ぶ。

 すると僕の()()()()爆発が起きた。


「……は? なんで、俺の能力が効かねえ……?」


『指向性を持たせて発射する不可視の爆弾。殺しに特化した能力だな。その凶暴な性格によく合っている。だが、そんなものが私に効くと思うな』


 大気を操る超能力者である僕は、戦闘時、常に自分の周囲に気流の壁を張り巡らせてガードしている。

 サイコキネシスのような物理的な障壁が無効化されるような相手ならまだしも、実体がある能力相手であればどんな攻撃だろうと通さない鉄壁の守り。


『スカイスクレイパー。既に死人が出ていますが、あくまで捕縛が目的です。殺害は極力避けてください』

『承知しております。ですが、能力の無効化の為に四肢の破壊の許可を頂たい』

『死なせなければ、構いません』


 オペレーターからの連絡に、淡々とそう返す。


 今のやりとりが聞こえていたのか、男は怯えながら八重樫さんにその指を向けた。


「こっ、この女がどうなってもいいのかよ!お前、ヒーローなんだろ!お前が俺に何かしたら、こいつブッ殺してやるからな!!」


 支離滅裂な言動。

 これで人質をとったつもりのようだが、生憎僕にはそんなものは通じない。


『いいや、もう終わりだよ』


「は?……ぶぎゃっ!?」


 突如として、男の四肢があらぬ方向に折れ曲がり、両の手首から先が機械にでも巻き込まれたかのように凄まじい勢いで回転して捩じ切れた。


 今の一瞬で、圧縮した空気で彼の身体をその場に固定した上で、捩じ切りたい部分に凄まじい回転を同時に発生させたのだ。


 想像を絶する激痛が彼を襲ったのだろう。彼はそう叫んだ瞬間に、白目をむいて気絶して倒れた。


 静まり返った店内へと入り、未だに震えが収まっていない八重樫さんの元へと歩く。


「……あ、あ」


『もう大丈夫だ。落ち着いて』


「あ………あ、は、ぁ」


『深く、深呼吸を』


 彼女の肩に手をついて、さすりながら深呼吸を促す。

 彼女は行ったとおりにしばらく深呼吸を繰り返して、いくらか落ち着きを取り戻したようだった。


『もう、大丈夫かな。救急車を呼んでおくから、ここで待機しているように』

「……は、はい」


 そう言って頷く彼女を見て、ほっと胸が軽くなった。

 怪我をしてしまったが軽傷で済み、ヴィランにも何かされる前に終わらせられた。


 ほっと、安心した。


『うん、喋れるようになったようで良かった。では、()()

「あ……はい………えっ?」


 僕は彼女から離れ、気絶させた男を担ぎ上げて店の外へと歩き出す。


 既に駅前にはヴィランの身柄を受け取りに来た警察の車両が集まっていて、物々しい雰囲気が漂っていた。







◆◆◆◆◆



「すげぇーッ!スカイスクレイパーが2日連続で凶悪ヴィランをブッ倒しやがった!」

「『クラッシュ』ってあれだろ?前に連続殺人と強姦で指名手配になってた……こんな近くまで来てたのか。怖えなあ」

「スカイスクレイパーの管轄範囲で良かったぁ……」


 次の日、学校はまたしても一人のヒーローの話題で持ち切りだった。


 昨日倒したヴィランが割と有名な凶悪犯だった事もあり、脱獄犯のサラマンダーに続いてのヴィラン退治と言うことでクラスは大盛りあがりだ。


「で、でもさ八重樫さんが事件に巻き込まれたって」

「人も死んでたらしいし、大丈夫かなあ……」


 とはいえ、多くの死人が出ていた今回の事件。

 クラスメートの一人であり、マドンナ的存在の少女までもが事件に巻き込まれた事もあって、その興奮はいくらか抑え気味なものだった。


 僕もいつも通り教室の端っこの席でスマホを弄っているが、彼女はまだ学校に来ていない。


 昨日の様子では一先ず大丈夫そうだったが、相当に恐ろしい思いをしたのだから学校に来る元気も無いのかもしれない。


 顔には出さないが、彼女の事が心配でずっと胸の内がざわついていた。


 僕があそこに残っていたら、たとえヒーローとしての正体がバレたとしても全力で彼女を、皆を守れたのではないかと後悔もしていた。


 企業の命令を受けて戦うヒーローなのだから、そんな勝手は出来ないことはわかっているのに。



「おはよう、翔くん」


 ふと、誰かが僕の肩を叩いた。


 物思いに耽っていたせいで、近付いていたその気配に気が付かなかったのだ。


 いつの間にか静かになっていた教室。

 ふと顔をあげれば、八重樫さんの笑顔が目に映る。


 普段の彼女と違う。

 普通の綺麗な言葉遣いに違和感を感じた。


 視線をちらりと下に向ければ、スカートの下から覗く彼女の太ももには白い包帯が巻かれている。


「あ……八重樫さん、おはよう……昨日は大変だったって聞いたけど大丈夫、って、足どうしたの!?」


 咄嗟に出た言葉はそれ。


 僕はあの場に居なかったのだから、何も知らないと。

 そう、アピールするように。


 だが、そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女は僕の耳に口を寄せた。


 他の誰にも聞こえないほど小さな彼女の声が、僕の耳をくすぐる。


「昨日の事は二人だけの秘密にしてあげる。だから、これからも仲良くしてね。ヒーローくん♪」


「なっ………あ……!」


「大好きだよ、翔くん。今までも、これからもずっと」


 正体がバレた。

 それ以上の衝撃が脳を揺さぶる。


 ざわつく教室の中。

 離れていった彼女の顔を見て、僕は顔がかあっと熱くなるのを感じた。


 どうしよう。

 僕はこの想いに応えても良いのだろうか。


 けど、これだけは確信していた。

 僕はもう、彼女から逃げられないのだと。


 皆に内緒でヒーローをやっている僕に、ヒーローヲタクな学校一の美少女が迫ってきています。



読んでくださりありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 続きのストーリーが出来そうな伏線も多数あり、連載して欲しいと思います。期待しています。
[良い点] 面白かったです。 鹿野地がどこで気づいたかは不明ですが、言葉の切り方のクセでしょうかね。
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