2016年10月12日 13時50分
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雷獣が襲来したときは、地震の避難で校庭に出ていた。
大きな地震であったが、静岡県の建物は耐震対策がなされていて、第五高専の建物にはあまり被害が無かった。
遠くを眺めていた教員が何かを見つけて叫ぶ。
「おい!あれ!富士山の方!」
目を凝らすと、遠くから飛来する黒い点々の群れが見えた。
何百匹もいるであろう雷獣の群れが、こちらに向かって来ていた。
「みんな逃げろ!屋内だ急げ!」
誰かがそう叫んで、皆一斉に屋内に駆け込んだ。
美由と友達3人は部室棟に逃げ込んだ。
とりあえず剣道部室に避難して窓を閉め切りカーテンを閉め、施錠する。
「よし。みんな居るね。窓からは離れてじっとしてよう。」
部長の茜はこんな時でも冷静だ。
「大丈夫。もうすぐ、自衛隊と電力公社が助けに来てくれるよ。」
茜がピンク色の腕時計に目をやりながら言う。
御殿場には自衛隊の駐屯地と電力公社の監視所があり、侵入してきた雷獣にすぐさま対処出来るようになっている。
5分で駆けつける。そんな謳い文句で市民を安心させていた。
「クラスのみんなうまく逃げたかな。」
未来が心配そうな顔をする。メガネの奥の目はとても心配そうだ。
「外にいなければ大丈夫だよ。きっと...。」
由紀は自分に言い聞かせるように言う。手にはお守りだと言うホイッスルを握りしめている。
外からは緊急車両のサイレンやヘリコプターの音、人の悲鳴が聞こえてきて聞くに耐えない。
「大丈夫。きっと助かる...。」
美由達はしゃがみ込んで耳を塞ぎじっとしていた。
3人は入学当初から意気投合し、ずっとつるんでいた大切な友達だった。学科も同じで部活も同じで4年間過ごしてきたため、何も言わなくてもお互いの考えが分かるところまで来ていた。
今まで4人で色んな困難を乗り越えてきた。厳しい新入生イビリも皆で励まし合って乗り越えたし、60点赤点の定期試験も皆で徹夜で勉強して及第点をとってきた。公認心理士の国家試験も皆で力を合わせて勉強し、つい先日全員合格することができた。
今回の災害も皆で乗り越えられる。そう信じていた。
「ひっ!」
窓の方を見ていた未来が声を上げる。
窓を見るとカーテンの先に、黒い影が見える。
茜が人差し指をたて、喋らないよう皆に促す。
皆は口を手で抑え、じっとしていた。
数秒間であったが、美由達には長大な時間に感じられた。
フッと黒い影が窓の外から居なくなる。
「助かった...?」
その刹那、轟音と共に美由は部屋の奥まで吹き飛ばされた。
衝撃でしばらく気を失う。
どのくらい気絶していただろうか。
ぐちゃりという音で意識を取戻し、身体を起こすと目の前には黒い獣が立っていた。
口からは人の手が出ていた。腕にはピンクの腕時計。
手前には、下半身の無い遺体が転がっていた。隣にはメガネが転がっている。
あの獣は雷獣で、遺体は茜と未来なのだろう。
突然やってくる理不尽な死。神様なんていないんだと美由は絶望する。
由紀の姿が見当たらない。無事に逃げおおせたのだろうか。
雷獣がこちらを向き、ヒタヒタと近づいてくる。
5秒後に私はこいつに食べられてしまうのだろう。
美由は全てを悟った。
「私もすぐに皆んなのところに行けるんだね。」
危機的な状況なのに不思議と冷静であった。
言葉が通じないであろう雷獣に語りかける。
「なるべく痛くないようにしてね。」
目から涙が溢れ出る。
美由は死を覚悟し、目を閉じて俯いた。