2022年5月9日 12時55分
「滝内さーん!ちょっといいですか?」
昼休みが終わろうとしていたところ、後輩の米田に話しかけられた。
「午後なんですけど、大池の例の事務所の901に行ってもらうことって出来ませんか?」
901は供給停止業務。すなわち電気代を払わない人の家まで行って、電気を遮断する仕事のことだ。
契約は「従量電灯C」、契約者名は「掛川任侠連合事務所」となっていた。
「これ俺殺されない?」
大池にある暴力団事務所は有名で、地元の人もあまり近づかない。
「大丈夫ですよ。SGが1人ついていってくれるらしいです。」
SGの護衛がつくなら有難いな。
「それは心強いな。1番強そうなやつで頼む。」
「滝内さんの彼女を手配しておきました。美由ちゃんが一緒に行ってくれるらしいですよ。」
俺は吹き出す。
「ちょっ!米田!まだ彼女とはそんな関係じゃ...」
「冗談ですよ。ドライブデート楽しんでくださいね。」
............
玄関前に出ると、美由が外で待っていた。
「午後からよろしくね。」
声をかけると美由はニコッと笑いかけてくれる。
「あなたは死なないわ。私が守るもの。」
某アニメの名言を美由は披露する。さすが高専卒、アニメと漫画とゲーム知識には長けているみたいだ。
2人で西日本電力のロゴ入りの軽箱自動車に乗り込む。
俺の社用車は、先月の事故で廃車になったため、新車になっていた。
美由は装備が色んな場所に引っかかって窮屈そうだ。
狭い車内で2人きり。シャンプーの良い香りがほんのり漂ってくる。俺の心臓は高鳴っていた。
「開局無線入れるね。」
「うん。」
今日の美由は口数が少ない。不思議に思いつつも、基地に連絡を入れる。
ザー
-天須羅配電司令、こちら天須羅配電15です。どうぞ。
少し間を置いて、無線機が話中のランプを灯す。
-天須羅配電15、こちら天須羅配電司令です。どうぞ。
-えー、15ですがこれより大池の901、竹内と警備課の竹下両名で出向します。
-配電指令了解。気をつけて出向くださいどうぞ。
「行きますね。」
「よろしく。」
アクセルを唸らせ、俺は西へ向けて車を走らせた。
「運転上手いね。」
しばらく経って美由が口を開く。
「修行期間中は毎日指導員と同乗してたからね。運転は鍛えられたんだ。」
新人の時は駐車場所とか運転方法で、指導員によく怒られた。あの時は訓練所の次くらいにきつかったことを思い出す。
それにしても今日の美由は変だ。いつもの元気が感じられない。彼氏にでも振られたのかな。彼氏いるか知らないけど。
「お!そろそろ着くよ!」
「うん。」
一回事務所の前を通り過ぎ、脇道に入ったところで車を停車させる。
「降りようか。」
車を降りて、危険表示のカラーコーンを車の左右に置く。
竹下は警護装備の準備をしていた。
俺は内線工事用の腰道具とヘルメット、革手袋を装着し、2人で事務所へ向けて歩き出した。
≫ないせんこうじ【内線工事】
建物内の電気の流れを整備する工事。電気メーター周りの工事のことを言う。電柱や電線、機器関連の工事は外線工事という。
≫こしどうぐ【腰道具】
電気工事作業に使う道具を装着するベルト。西日本電力には内線工事用と外線工事用がある。