2022年4月14日 15時11分
翌日、俺は頭の検査を行い、特に異常がないと医師から報告を受けた。
今日いっぱい様子を見て、明日の午前中には家に帰って良いそうだ。
検査で異常がなかった旨を鈴本係長に報告し、時計を見ると15時を少し回ったところだった。
やることがない。
昨日のごたごたで俺のスマホはどこかへ行ってしまい、新しく買いなおさなければいけない。
こんな時って、保険でスマホ代でるのかな。今度天海さんに聞いてみよう。
暇なので昨日母親が持ってきた豆乳プリンを食べながら病室のテレビをつける。
昨日の出来事はニュースにはなってないらしい。市民を不安にさせないため、報道管制が敷かれたのだろう。
コンコン
病室の扉をノックする音。回診の看護師さんかな。
ガラガラっと扉が開くとそこには意外な人物が立っていた。
「調子はどう?滝内君?」
可愛らしいボブカットで、無地Tシャツにデニムのシンプルなコーデの女性が姿を現す。
俺は一瞬誰か分からなかった。
「もしかして...竹下さん?」
俺の返答に、彼女は不満そうな表情をする。
「そうだよ!昨日助けてあげたでしょ!もう顔を忘れちゃったの?」
「ああごめん!昨日はヘルメット被ってたから...一瞬誰か分からなくて...。本当に竹下さんは命の恩人です。お礼ならなんなりと...。」
慌てて弁明する俺の言葉を彼女は手で制す。
「美由って呼んで。同い年なんだし、滝内君も下の名前教えてよ。」
「ええっと、優人です。滝内優人って言います。よろしくです美由さん。」
「もう!敬語もさんづけも禁止!そういうのは上司と先輩だけで十分よ!」
警備部は上下関係が厳しい。立場が上の人以外と敬語を話すのは好きじゃないらしい。
俺は何としてでも彼女とお近づきになりたい。がんばってタメ語で話そうと思った。
「うん分かった!今日はお見舞いに来てくれてありがとう美由!」
その言葉を聞いて美由は満足気だった。
「それでよいのだ。命の恩人だからね。5回くらいはご飯奢ってもらおうかな。」
「5回...お手やわらかに頼むよ。」
毎月実家に仕送りをしているため、経済状況はあまり良くはない。
「あっそうだ!優人これ!大事なものでしょ!」
彼女は肩下げの小さいバッグから赤いスマホを取り出す。スマホには笛のようなストラップがついている。
「実況見分が終わったから現場から回収してきたの。このスマホ優人のでしょ。」
「おお!ありがとう!これが無くて暇すぎて死にそうだったんだ。」
俺はふと、なんで彼女がお見舞いに来てくれたのか疑問に思った。
「これを届けるためにわざわざ病院まで来てくれたの?」
「それもあるんだけど。」
美由は言葉を切ってからまた口を開く。
「優人とは初めて会った感じがしなくて。ほら!三高専と五高専って沼津と御殿場で結構近いじゃん!交換学生とかあったし、どこかで会ったことあるんじゃないかと思って。」
確かに美由とは初めましてな感じがしなかった。どこかで会っていたのだろう。
「俺も美由とはどこかで会っている気がするんだ。いつだったか全然思い出せないけど。」
「私、災害の後は八王子の第一高専に転校したから、学年的には4年生までのどこかだと思うんだけどなぁ。」
俺と美由は記憶をたどったが、どこで会ったか思い出すことが出来なかった。
「まあ長い付き合いになりそうだしさ!思い出したら言うようにしようよ!」
「そうだね。」
たわいもない会話をしていると時刻は16時になっていた。
「おっとそろそろ行かなきゃだね!じゃあね優人!」
美由が笑顔で手を振る。
俺も手を振り返す。
病室から出ようと扉に手をかけた彼女は、何かを思い出したかのように静止し、俺のほうに振り返った。
「そうだ!昨日異動の内示が出てね。天須羅支社の方に移ることになったの!」
「おお!それはうれしいな!」
美由と同じ職場で仕事が出来る。うれしくて声に出してしまった。
「5月1日より天須羅支社警備部警備課、配電警備2係になる竹下美由です。どうぞよろしく。」
そういって彼女は西日本電力式の敬礼をする。
その姿は可憐で美しく、俺はしばらく見とれてしまっていた。
≫にしにほんでんりょく【西日本電力】
電力公社の分割民営化により2019年に発足。従業員数15万人、年商10兆円を超える巨大企業。電力量全国シェア50%。本社は大阪。愛称は西電さん。