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第4話


「君のお袋さん、この前死んだんだって?」

 チーフがビールジョッキを片手に、鶏のから揚げにコショウをかけながら話しかけてきた。

「はい」

 俺はビールジョッキを置いて返事をする。

「あれ? 忌引き出してたっけ? あ。すまんね」

 佐藤が取り分けていた小皿を受け取るチーフ。


 会社の駅前の居酒屋には、乾杯した俺たち3人以外にもパラパラと客が座っていた。店内のテレビには笑うと罰ゲームを受けるお笑い番組が始まったところだ。客も少ないこともあり喧噪はほぼなく音声も聞こえてくる。


「はい。忌引きは出しましたが、インターコンチネンタルさんのプレゼンが週明けでしたので」

「ああ、あの時ね。そういえば忌引き出てたね。休まなくてよかったの?」

「はい。父が喪主ですので、後は任せました」

「そうか。でもおかげであの時は助かったよお。無事案件取れたしね。君の資料もよくできていた」

 チーフはニコニコと笑いながらビールをあおった。


「仕事は待ってくれないからねえ。通夜と葬式が土日でよかったね」

「――はい」

 一瞬、葬式でのお袋の遺影が頭をよぎった。

 土日でよかったね……か。

 チーフの隣で佐藤が頷いている。


 半年前、佐藤もお袋さんを亡くしている。その時、佐藤は喪主じゃないからと葬式だけをすまして仕事に戻ってきたのだ。

 チーフはその時、「ちゃんと忌引きを取らなくていいの? 社内規定があるんだから」と言いつつも満足そうにすぐさま仕事の指示を与えていた。

 うちの会社はそれが当たり前なのだ。

 佐藤が葬式だけで戻ってきたのに俺が忌引きを取るわけにもいかない。サブチーフ昇格への推薦に影響するだろう。

 そして、やはり忌引きを取らなくて正解だったようだ。



 同期の佐藤と俺の二人は、チーフ付きのアシスタントだ。5年前、チーフのアシスタントが二人とも辞めた。まず俺がアシスタントになり、二か月後、佐藤もアシスタントに上がってきた。

 二人ともチーフの仕事を勉強させてもらうという形でコピーを取り、参考資料をまとめて、プレゼンの時は同行して話を聞いて、後で議事録をまとめる。

 今はそんな仕事だけど、やがては自分の企画を提案させてもらえるようになるのだ。田舎に家の一軒でも買えるようになるのだ。

 そのためにはまずはサブチーフにならねば。春の人事異動で現在空席のサブチーフに昇格できるように。ここで辛抱すれば――チーフのようになれば都心近くでも家を建てられる。そうしたら――。



「よし。それじゃ、あらためて乾杯だ。君たちのように仕事をがんばってくれると俺も会社に対して鼻が高い。アシスタントに推薦した甲斐があったというものだ。さあ今日はどんどん呑んでくれ」

 チーフ自らが俺たちに酒を注ぐ。

 今夜は潰れたくない。チーフ、あまり呑まさないでくれよ……。



 二軒目の個室居酒屋のテレビでは、歌合戦が流れていた。


 三軒目、チーフが常連のバーでは除夜の鐘の映像が流れていたところまでは覚えている。

 チーフも佐藤もこちらの都合など知る由もない。

 大体、元旦の始発電車にお袋に似た幽霊が出て、その行く先を見届けたいので早く帰りたいです――なんてことが言えるはずもなく。

 俺は帰りたいと言い出せず、そのまま付き合っていた。

 だけど大丈夫。今日は大晦日だ。終夜運転の電車で帰宅できる。


「みなさん、大丈夫ですか?」

 この声は……バーのマスター……か?

「ああ……」

 チーフのけだるそうな声だ。3人とも年末までのハードスケジュールが祟っていた。


「今年の大みそかは、電車の終夜運転はされないですよ。ご存じですか?」

 たぶん……マスターの声……。

 大事な何かがあったような気がするが……今はひたすら眠い。なんたって明日は休みだ。……少し寝たら帰ろう……。




全1万5千~2万字程度の予定で、続きは来週投稿予定です。よろしければ、ブクマなぞしていただいて、次投稿をお待ちくださいな!

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