第3話
おおみそかの事務所は、普段よりも騒がしくはない。
そりゃそうだ。取引先のほとんどは年末年始休業に入っている。連絡も来ないし納期も年を越してからでいい。
事務所のスケジュールボードには12月31日までの予定が書きこまれている。わが社の休みは1月1日、2日、3日だ。仕事が残っている人間は2日から出社するだろう。
年末年始は余裕があるから、その間に普段できていない仕事をしろということだ。俺にも過去のファイルデータを整理整頓するノルマが与えられた。量から考えて年末年始に休めるのは元日だけになりそうだ。
今日が今年最後の日か。
俺は壁にかかった大きなカレンダーを眺めると独り言ちた。
驚いたことに、ここ数年そういう意識がなかった。12月31日とは、翌日が休める月末。取引先が休んでいるので納期に気を付けないといけない……程度の感覚になっていた。
そして――明日は金曜日だ。
最近の俺はなにかしら金曜日を目で追うようになっていた。
明日は元日。その日だけは堂々と休みにできる。出勤のために電車を降りなくてもいい。あの女性がどこまで行くのか見届ける事ができる。
あの女性――お袋の幽霊が毎週金曜日に現れるのなら、きっとこの日も乗ってくるだろう。元日だから現れないということはない。なぜか確信めいたものを感じていた。
そして、カレンダーの金曜日の列を目で追いながら、ふと気が付いた。
お袋が死んだのは11月21日。66歳だった。
俺がお袋の姿に気が付いたのは、11月27日。初七日の前日だった。その後、
12月4日。
12月11日。
12月18日。
そして12月25日。
次に会えるのは1月1日だろう。お袋の姿が若くなっていくのなら、その時はたぶん二十歳代の姿で現れるのではないだろうか。
となるとその次は? どんどん若くなっているということは、その先はどうなる?
「そんなにカレンダーをにらみつけてどうした。納期の予定でも読み違えたか?」
「え……」
背中からの突然の声に振り向く。
俺の上司であるチーフだった。その隣には俺と同期で、共にチーフのアシスタントをしている佐藤の姿もあった。
「今夜、今年最後の納会をしようと思うんだが、君も来るか?」
「チーフがご馳走してくれるそうだぞ。今年一年、俺ら二人頑張ったからって」
「そんなわけだ。今夜は早めに上がれるか? 大晦日の予定がすでに入っているなら無理は言わんが」
上機嫌のチーフの誘いだ。しかもお礼だという。佐藤は一人暮らしだし、チーフに付き合うだろう。同じ一人暮らしの俺が断ればチーフの心象を悪くするに違いない。
「いえ、特には……」
「よし。じゃあ、決まりだ! コロナで呑み会制限されていたからな。明日は休みだし今夜くらいはパッと盛り上がろう」
翌朝5時の電車に乗るためにも終電では帰るようにしないとな。
俺は残りの仕事を片付けるため、パソコンに向かって背筋を伸ばした。