偽彼氏の観察5
そろそろストックが切れそうです…宜しくお願いします
結局元カノ3人はそのまま退散して行った。そもそも論だけど、あの人達何しに来たの?
元カノだしおまけに元カノ1号はすでに既婚者、2号に至っては来月寿退社が決まっている。何故今更、拓海の恋愛事情に絡もうとしてくるんだろう。
う~ん、嫉妬?独占欲?自分が昔好きだった人には、永遠に独りで居ろよ!と言うのか?自分は結婚しているのにね?それもおかしなもんだ。
嫉妬とは奥が深い…
「ごめんな~食堂でさ、弁当食べてたら周りにいたやつらに冷やかされて~」
と拓海が話し出したことで物思いから意識を浮上させた。
「冷やかされた?」
はっ!そうだ…『ヨシカワLOVE』の文字はどうだったんだろう?拓海、嬉しかった?
すると、拓海は顔を真っ赤にすると私の背中をバシンッと叩いた。
「イダっ!何だよもうぅ…」
「昨日の夜、海苔をハサミで切ってたアレ…弁当開けたら『カセLOVE』なんてっ!おいっ…めっちゃ冷やかされただろぅ…う、嬉しかったけど」
くわーーーっ!拓海の嬉しくて悶えるイケメン顔頂きましたーーー!
そうじゃねぇ……何だって?『カセLOVE』?どういう事だよ…
「海苔の飾り切り、ご飯の上に置いてたよね?」
「ん…?ああ、そう言えばご飯の入ってた弁当箱の蓋に海苔がいっぱい、くっ付いてたかな?」
やっちゃった…せっかくの海苔の飾り切りが蓋裏にくっついてしまったのか!肝心の『ヨシカワ』の部分が偶然にも『カセ』になっていたなんて、これじゃあまるで私から愛の告白じゃないかーーなんで蓋を閉める前に海苔の確認しなかったんだぁーー私の馬鹿っ!
「ねえねえ相笠さん、お弁当を加瀨さんの分も作ってたの?」
「加瀨ラブゥ!?すごいですね!」
「結婚ですかぁ!?」
「え?そん…いやぁ~う~ん、ねえ加瀨…加瀨?え?」
加瀨の姿は消えていた。
取り残された私は、川上さん、堀田さん、市川さんの女子に囲まれる。たっ拓海!てめぇそれだけ言って逃げるんじゃねぇ!
その日は社内中に『加瀨&相笠結婚へ』の熱愛発覚の情報が広がったのだった…
今日は拓海は残業らしい。1人スーパーに寄って買い物をしていると貴明お兄様からメッセージが届いた。
『加瀨君、いい奴だった。改めて挨拶に来るように。見合い相手にも事情を話して断っておいた』
そう言えばドタバタしていてお見合いのことを完全に忘れていた。孝明兄に謝罪して、宜しくとメッセージを送っておいた。
夜、8時過ぎに帰って来た拓海を私は玄関先で出迎えた。私、ちょっと怒ってますよ?
「何でお弁当の件で迂闊にも私の名前を出すのよ?」
「何でって弁当開けたらオムレツを嘉川に見られてさ~」
嘉川に見られたのかっ!?それは…辛いっ。
「そしたら海苔の飾りも見られて、彼女の弁当か?って周りにいた営業のやつらにも聞かれたから普通に千夏に作ってもらったって言った」
本当にペロンと言っちゃったのね。偽装なのに…
「そんな大々的に私の存在をバラしちゃって困らない?」
「どうしてだよ?結婚するのに?」
「……」
もう堂々とし過ぎてて突っ込む気力も湧かないよ…
本日の夕食はお蕎麦にした。そして出汁で甘めに炊いた油揚げと野菜のかき揚げ天麩羅をトッピングとして用意した。
「蕎麦に乗せるもよし、二種類乗せでもいいし、天麩羅はそのまま食べてもいいよ」
拓海は顔を輝かせた。
「ご飯も食べたい」
「よし、そう言うと思ったのでご飯はキノコたっぷりの炊き込みご飯だ」
拓海はまた天井の方を向いてブツブツ呟いている。御祈りでもささげているのかな?
拓海は揚げとかき揚げを蕎麦に両方投入していた。炊き込みご飯もモリモリ食べている。小さい子供みたい、可愛いね。
「結婚までに引っ越し全部済ませてもいい?」
「へ?ああ、うん。勿論いいよ?」
「今日のお弁当美味しかったですぅ…」
「うん?お粗末様…」
拓海は話しながら、声を詰まらせてきた。
「マーケティング部の残業で結構夜遅い事も多いから、先に寝ててもいいからっ…」
「うん…分かった。おかずは温めて食べられる物にしておくね」
「お昼にお弁当食べられなくても残業中に絶対食べるからぁ…」
「うん、拓海…イケメンなのに鼻水垂れてるよ…七味唐辛子かけ過ぎじゃない?世の女子達、幻滅もんだよ…」
「うん…ズビーッ…ズルッ…俺ぁ幸せだっ!」
……拓海あんたもしかして…今日の夕方、結構雨が降ってたから道の濡れた所で足が滑って、地面に頭ぶつけて帰って来たの?
◇■◇
『愛の狩人』
××月××日(月)
お弁当の海苔の飾り切りはご飯の上の海苔が蓋の裏にくっ付いてしまって失敗した。
嘉川本人に弁当を覗き込まれる危険性もあることに気が付いた。拓海の想いは秘めたるモノ…私がその想いに寄り添ってあげなくちゃね。
そうだ、アルファベットの形の冷凍ポテトフライあるよね?今度は『YOSHIKAWA LOVE』のアルファベット形だけのポテトを揚げて拓海に出してあげよう。
◇■◇
かき揚げを食べて感涙していた拓海をお風呂に追いやって、明日のお弁当のおかずの仕込みをしていると、嘉川からグループメッセージが送られて来た。
『拓海、相笠おめでとう!今度、有紀も入れて4人でダブルデートしないか?』
「ダブルデートッ!」
なんと言う生き地獄!有紀ちゃんと嘉川との熱々カップルを目の前に見なければならない拓海の苦悩っ!ダブルデートと言う名の嘉川からのマウンティングッ!
どういう返事を返そうか…と悩んでいると拓海がお風呂から上がってきた。
「モトからのメッセージ見た?行ってもいいよな?」
あああっ何て爽やかに…俺、気にしてませんよーアピが痛々しいっ!
「本当?拓海大丈夫なの?」
「何が?もういいじゃねぇ…大体モトには最初からバレているんだから」
んん?最初?どういう意味だろう…ハッ…もしかして!
嘉川は拓海の自分への想いを知っていてワザと拓海を傷つけているのかぁぁ!?
なんて鬼畜な所業なんだっ!爽やかイケメンの仮面を被って中身はドS野郎だったなんてっ!
「嘉川ぁぁ…あいつっ!」
「まあまあ…俺が黙ってて欲しいって頼んだんだし」
拓海あんたっ!自分の恋心を踏みにじられても禁断の愛に黙秘を貫こうとするなんて…尊い。
嘉川の鬼畜野郎は踏みつけてやらねば気が済まないけれど、拓海は愛に疲れて悲恋に打ちのめされて…なんて尊くて、切ないの。これは是非とも労わってあげなくちゃ!
「拓海、ビール冷やしているから飲む?それとおつまみ作ったから」
拓海の目が輝いた。
「おつまみ?どんなの?」
ビールは以前買い物に行った時に拓海が自分で買っていた銘柄のものだ。
私はオイルサーディンときのこのピリ辛炒めをおつまみとして出した。拓海はビールを飲みながら早速おつまみを摘まんだ。
「はぁ~やべぇ!このピリッと辛いの美味い~」
「良かったよ~心行くまで飲んで食べてね」
拓海はキノコを口に入れながら首を捻っている。
「どうしたんだよ?千夏、今日はやけに優しいな」
「私は愛に疲れた尊い生き物には優しいの!拓海の想いは私がしっかり守ってあげるからね!」
拓海は少し目を細めた。
「守るって千夏に守られるのは逆じゃね?俺が千夏を守ってあげなきゃいけないだろ?」
「いいからあんたは私に大人しく守られてりゃいいのよっ!」
私がそう叫ぶと拓海はキョトンとした表情の後に「ツンデレやべぇ…」と言いながらまた天井を見ている。
何がツンデレだよっ!唐辛子がダイレクトに口に入って辛かっただけなんじゃない!?
翌日
もう周りにはバレているのでヨーグルトのイチゴソースかけとエッグベネディクトの朝食を頂いた後、拓海と2人で出社した。
周りの目が気になる。
「よおっ」
自社ビルまで後少しの所で後ろから声をかけられた。この声はぁぁ!
「嘉川ぁぁ…」
「一緒に出社?いいね〜!……てか相笠、何だよ?その殺し屋みたいな目は…」
私は朝から爽やかイケメンの皮を被った鬼畜野郎を睨み上げてやった。
3人で会社に入る。社証をスキャンしてからゲートをくぐり、エレベーターに乗ろうとしたら、周りには営業部や経理部…人事部の方まで勢揃いしている。
皆が一斉に私達を見ている…気がする。
「なぁ、何で朝からそんなに睨むんだよ?」
「嘉川っあんた…周りは騙せてもお天道様は見ているよ!」
「……相笠、朝から変なもん食ったのか?」
嘉川は拓海の方を見た。
「イヤ、今朝はエッグベネディクトだったけど?」
拓海のこの発言に周りにいる社員がざわついた…気がする。
「あ、そっか。同じもん食ってるか。今日の弁当は何?」
「昨日の夜仕込んでたの見た感じでは、肉巻いてる系?」
また周りにいる社員達がざわついた…今度は気のせいじゃなさそうだ。
エレベーターが来たので、乗り込んだ。
「弁当楽しみだな〜」
「ちょっと嘉川、何であんたが楽しみなのよ」
私がエレベーターがすぐ2階に着いたので渋々降りながらそう聞くと、嘉川はケロッとした顔で言った。
「だって拓海がつまみ食いしてもいいって」
私はキッと嘉川を睨みつけながら
「あんたの為に作ってんじゃないよっ!」
と怒鳴った。
エレベーターの扉が閉まる瞬間、拓海が笑顔で手を降ってきたので思わず手を振り返してから、再び嘉川を睨みつけてやった。
□ □ □ ■ □ □ □
「顔真っ赤にして怒ってたな」
そう言った嘉川の顔を拓海はゆっくりと見た。
「モト、あれが正しいツンデレだよ」
と、拓海が言うと周りにいる、営業部や人事部の社員が皆、吹き出した。
□ □ □ ■ □ □ □
エレベーターから2階の経理部のフロアに降りると、私を経理部の皆が取り囲んだ。
「相笠さんっ加瀨さんと同棲してるの?」
「プ、プライベートの加瀨さんってどんなの?やっぱカッコイイ?」
女子が普段の拓海が気になるのは分かるけど、男性社員が気になるのは何でだろう?
「どんなっていつもと一緒よ」
「ええっ!?うそ~甘い言葉を耳元で囁いたり、お洒落なフレンチとか食べながらワインを飲んだり…無いの?」
加瀨 拓海というイケメンに夢見てるな~
「いいや~ないよ?」
今日は一日イケメンと同棲ってどんな感じ?とか聞かれまくるんだろうな~
そして始業時間になった。粛々と仕事をこなしていく。お昼前、各種手続きの書類の束をファイルしている時に、1階の受付から内線が入った。
『相笠さん、受付に梅垣さんという△△物産の方がお見えなんですが…』
ウメガキ?名前に心当たりはないがお勤め先には心当たりがある。貴司が専務、貴明義兄が代表を務めている会社だ。因みにその上の会長は義母だ。
取り敢えず1階の受付へ向かうと背の高い男性が立っていた。誰だろう?受付の水田さんが私に気が付いてその背の高い男性がこちらを見た。
知らない人だ。
「あの私が相笠 千夏ですが…」
するとその男性はパッと笑顔になると
「日曜日にお会い出来るのを楽しみにしておりましたが、ご都合が悪くなったとお聞きして非常に残念に思っておりました」
と言って名刺を差し出して来た。
△△物産第三営業部 第一課課長 梅垣 伸也
日曜日…?お会い出来なくて?
あっ!この人もしかしてお見合い相手か!なるほどっ!確かに将来有望そうな感じだ。なかなかのイケメンだし、小綺麗でパリッとしている。持ち物も洗練された感じだし…
う~ん?いやあのね
私を誰だと思っているのだ?愛の巡礼者…尊き想いを胸に秘めた愛の彷徨い人を統べるものだよ!
こんなイケメンがおひとり様な訳ないよ。私の審美眼を舐めるなよ!
「日曜日にお会い出来なかったので今日は居ても立っても居られずに、お勤め先まで押しかけてしまいました」
なにこれ?私、お義母様にもお義兄様にも断ってくれと話したはずだよね?
私は「こちらへ…」とロビーにあるソファに梅垣さんをご案内した。
「それでご用件は?」
すると梅垣さんはニッコリと微笑みながら
「僕という人柄をまず知って頂こうと思いまして…それから時間をかけてお互いのことを理解していければ良いかなと思います」
と言ったんだけど…何だって?
「私、柘植社長や専務にもお断りのご連絡を入れさせて頂きましたが?」
私がそう言うと梅垣さんは若干怯んだ。やっぱり、断ったの知ってるよね?
「ぼ…僕と直接会ってみれば気も変わられるかな~と思ったのですが、どうですか?」
「どうもしませんね。やっぱりご遠慮致します」
私がきっぱりと言い切ると梅垣さんは顔を強張らせている。そして…
「何がご不満ですか?僕は見た目だっていい。そして今は△△物産の課長です…行く行くは柘植専務の元で部長になり…社長に認められた暁には次期専務の道も…」
と自身の経歴自慢をしてきた。はぁ…次期専務ね。
「随分と出世するご予定なんですね、それは良かったです。話がそれだけでしたらもう失礼しますね?」
私がソファから立ち上がりかけると、いきなり私の手を掴んできた。
「柘植会長の愛人の子供なのでしょう?会長からのご指示に従わなくて宜しいのでしょうか?」
寝耳に水だ。私がいつ義母の愛人の子供になったのか?
私は梅垣さんの手を振り払った。
「何かを勘違いされているようですが、私と柘植会長は赤の他人です。私の親戚が昔お世話になったとかで、今でも親身になって頂いているだけです」
梅垣さんは顔色を変えた。私はもう一度座り直すと少し声を潜めた。
「梅垣さんは今、お付き合いされている方がいらっしゃるんでしょう?」
梅垣さんはハッとした顔を一瞬したが
「あなたにお会いするのにすべて清算しました!」
と清々しく言い放ってきた。
清算…まるでしつこく残ってた経費の書類みたいな扱いだな…こんな出世欲だか何だか分からないことでフラれちゃった彼女が気の毒で仕方がない。
「私に取り入っても出世とは無縁ですよ。只の普通の会社員ですから」
梅垣さんは更に顔を強張らせた。
「そんな…だって柘植社長直々に打診された相手で…社長の話しぶりから親族の誰かなんだって…俺はこれで出世の…って」
そんな不確かな情報を鵜呑みにして、別れを告げられてしまった彼女が不憫過ぎる。
「それに私、婚約者がいますの。それで柘植社長にお断りをさせて頂いたんですけど、聞いてないです?」
梅垣さんはブルブルと震えている。
「か…彼氏がいるからとしか…」
またやんわりした断り方したな~貴明兄様めっ…!
するとそこへ拓海が駆けて来た。
「千夏っ」
うわわっ!別に見られてやましいことはないけれど、何だか修羅場?みたいな雰囲気かもしれないと思いつつ、何故か拓海が私を背後に庇ってしまったので不覚にもヒロインポジに収まってしまって、逃げ場がない。
どうすんだ、コレ?
ロビーの受付カウンターの向こうから、水田さんの…私、興味あります!という喜々とした視線とか…清掃会社のおばちゃんの女豹のような眼差しとか…色んな思惑の混ざった視線を感じて居たたまれないっ!
「初めまして、加瀨 拓海です」
拓海は静かに胸ポケットから名刺を出すと、梅垣さんに差し出していた。
梅垣さんは名刺を見て、少し表情を変えた。
「君が婚約者?」
「そうです」
梅垣さんは不躾にも拓海の全身をジロジロと見ると、不適な笑いをした。
「同じ会社にお勤めですか…」
今、明らかにマウント取ってきたよね?私は素早くスマホを取り出すと義兄にメッセージを送った。
『梅垣とかいう輩が会社に来て、私に暴言を吐いている。お兄様の知り合いだって言ってるけど?』
両方の兄に一斉に送信して脅しをかけておいた。
梅垣さんは拓海の背中の後ろから覗いている私にチラッと目線を向けた。
「僕の方が将来有望なのは分かりますよね?千夏さん」
何故下の名前で呼ぶ?馴れ馴れしいなっ梅っ!
すると梅垣さんのスマホだろうか?呼び出し音が流れた。
「…失礼」
梅垣さんは少し離れた。そして電話を受けた梅垣さんは「えぇ!?」と絶叫している。そして電話を切ってこちらを見たけど、顔色悪い…
「ちょっと急ぎの用事が、失礼します」
とあたふたしながら帰っていった。
「何だアレ?」
拓海が私を見てきたので
「義兄達に、あの男をなんとかしろ!って連絡しておいた」
「権力のフル活用だな」
と、言って苦笑いを浮かべていた。いや~良かった、何が良かったのかは分からないが取り敢えず、良かった。
そして拓海と戻りかけて、受付の水田さんを見ると私にサムズアップをしていた。私も返しておいた。
「水田さんありがとう」
拓海がお礼を言っているので後で聞いてみると、何やら揉め出したような私に気が付いて営業部に内線を入れて
「相笠さんに会いに来ている変な男がいる!助けに来い!」
と連絡してくれたようだ。
水田さんには後で菓子折りを差し入れしておかないとね。
ゆっくりとエレベーターの前に着くと、拓海は大きな溜め息をついた。
「でも本当、油断も隙も無いなぁ~」
「おや?ちょっと待って?私が油断していると言っているのかな?」
「そうじゃねぇよ、やっぱり早く形にしておかないとだなぁ~」
何だろうか?拓海は何かスマホを操作しながら
「今週末にさ、俺の実家に行かない?家族紹介したいし」
と仰った。