もしもジェンダーレスの世界だったら…
都会の夜は明るい。頭ではそう理解していても実際に目の当たりにすると驚きを隠すことは出来なかった。首が痛くなるほど見上げないとてっぺんが見えない高層ビル。それが何十棟もあり、全てが光を発している。青、緑、赤とイルミネーションがチカチカし、せわしなくライトをつけた車が私の横を通りすぎていく。すれ違う人でさえもスマホの光を持っているのに、空は真っ暗だった。私が以前いた場所では、月は美しく地上を照らしてくれていたのに、ここの月は白く、どこか濁っていて存在感がなかった。それがどうしようもなく、むなしく感じる。私は慌ててそんな気持ちを押し殺した。ここには自ら望んで来たというのに。
周囲の人々を見回す。長い髪、短い髪、かわいい、かっこいい。色が白い。少し日に焼けている。色々な人がいる。楽しそうに、嬉しそうに、時には悲しそうに、辛そうに。誰も私に興味を持つ人はいなかった。
私はトイレに向かい、化粧を直すことにした。待ち合わせまであと30分はあるが、相手が早く着くことだってある。早めの行動が大切だ。トイレの鏡の前には3人、人がいた。1人は鮮やかなピンク色に髪を染め、長い髪をヘアアイロンでくるくる巻いている。黒く縁取られた目が白い肌の上で存在を主張している。だが、ホットパンツから出ている足の色と顔の色が合っていなかった。もう1人は、ピンク頭の人とは対照的で黒髪ショートの真面目そうな人だ。黒ぶちメガネに黒いリクルートスーツから就活中なのかと連想してしまう。ベージュのリップを念入りに塗っていた。最後の1人は、胸元まで大きく開いたVネックのシャツを着た人だった。尻が見えそうなぐらいの腰パンと遊ばせた金髪の髪から軽そうな印象を受ける。細すぎる眉をせっせと描き足しているが、左右対称にならないのか、かなり苦戦している。
違うトイレに行こうかと悩んでいると、リクルートスーツの人がどうぞと声をかけて譲ってくれた。思った以上に低い声で一瞬戸惑ったが、お礼を言ってありがたく使わせてもらうことにした。
少しパールの入った下地に粉のファンデーション。眉は優しい雰囲気になるようにピンクの入ったアイブロウ。コーラルピンクのチークと赤いリップ。私は丁寧に化粧を仕上げていった。気がつくと、トイレが混んできたようでズラリと一列に人が並んでいる。友人なのか恋人なのか仲良さげに楽しそうに話し合っている人たちもいた。よくみると化粧台が空くのを待っている人もいる。いつの間にか私よりも前に鏡を使っていた2人が違う人物へと入れ替わっている。私もどうぞと待っている人に譲った。
ザワザワと騒がしい駅構内。人の声が、電車の音が、アナウンスが。すべての音がごっちゃになって単語を認識出来ない。窓口では泣いている人がいて、怒っている人がいる。喧嘩だろうか。耳を澄ますと、やれ触った、触ってないだのとしょうもない。どちらも筋肉質なマッチョ体型で、泣いている方も怒っている方も私からしたら、滑稽に思えて同情できない。どうでもよい。
去勢と不妊手術が一般的となり、性のしがらみから解放されたとしても愛情を求め続ける心は変わらない。男女の概念が失われても人は1人でいることを寂しがる生き物なのだ。
私の目の前に1組のカップルがいる。どちらも可愛らしい外見で、2人の間にはどちらとも似ていない4歳ほどの子供がいる。きっとこの3人には血の繋がりはないのだろう。それでも3人は家族なのだ。幸せそうに笑い合い、寄り添って、共に歩んでいく。血の繋がりなど関係ない。愛情という絆で繋がっているのだから。
「えっと…パッソンさん?待たせてごめんなさい。」
そう声をかけてきたのは、短く髪を切り揃え、シュッとした目をした凛々しい雰囲気の人。恐らく私の待ち合わせの相手だ。
「いいえ。自分も今来たところです。エジシィティンさん、はじめまして。」
私の言葉にその人はにこりと微笑んだ。
「とりあえず、どこかカフェでも入りましょうか。そこで去勢手術のお話をします。」
私はこくりとうなずき、エジシィティンの後に続いた。
もうすぐ私も本当の愛を見つけられる。本能に支配されない愛を。その相手は、今目の前にいるこの人かもしれないし、違うかもしれない。私は明るく騒がしいこの中へと溶け込む覚悟をした。
もしもジェンダーレスの世界だったら…
・服からスカートが消える、もしくはパンツスタイルが消える。
・可愛い、かっこいいなどの定義が強くなり、自分らしさを全面に出すようになる。
・トイレが全て個室、男女で分けない。
・男女関係なく化粧をするのがマナー。
・性行為が恋愛の中心ではなくなる。
・父母といった存在の固定が消え、親が保護者という概念になる。
となる気がして思いつきで描いたものです。
他の人はジェンダーレスの世界をどう考えるのだろうか…。