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第五章 金床神の地下王国 7

 炎竜はちらりと呑鉄竜に目を向けると、残酷な笑みを浮かべて告げた。


《この小僧は我の獲物だ、手出し無用だぞ》

「もとよりそのつもりだが、お前が屠られるかも知れぬぞ?」

《こやつが素手で我に勝てると?有り得んわ。巨人族は本当に力と図体だけで頭が足りんわ》

「単身素手で立ち向かおうと言うのだから胆力と度胸は大したものだ」

《そういうのを蛮勇と言うのだ》


 そう言うと振り向きざまにレントに向けて炎を吐き出した。

レントはとっさに横に飛び、次いで前へと駆け出した。そのまま鈎爪の切断された左手に飛びつくと足でしがみつきながら両手でウロコを引きちぎった。顕わになった皮膚に手刀を繰り出す。

深々と突き刺した手刀を足掛かりの楔として新たにウロコを引きちぎり手刀を突き刺して、またたく間に炎竜の身体を登っていった。


《こしゃくな巨人族の小僧めが!》


 辺り構わず炎を吐き、身体を左右に激しく振った。


《どこに行った?落ちたか?》


 振り落とした感触は確かにあった。だが周囲の地面にレントの姿が見当たらない。

尚も探す炎竜の頭の上に何かが落ちて来る感触があった。そして数千年生きて来て初めて怯えると言う感情を知った。


「ここだ」


 レントの言葉の直後、右目に激痛が走る。炎竜は痛みと恐怖で思い切り首を振り回した。

岩壁に叩きつけられたレントに炎を吐く、素早く避けたレントに向かって両の翼で突風を巻き起こして遠くに吹き飛ばした。自身もまた空中に飛び上がり距離を取る。


《右目が見えぬ・・・小僧、我が右目を潰しおったな!!》


 空に舞う炎竜が首を後ろに振りかぶって炎を出そうとしてやめた。

その目には再び残忍な光が宿っている。


《気が変わった。まずはお前の大事な女を八つ裂きにしてやろう》


 そう言って空高く舞い上がる炎竜を見てレントは暗緑色の長衣を脱ぎ捨てた。

背中に闇色の翼が伸び、それと共にレントの身体も黒く巨大な怪物へと変貌した。

戸惑い、逃げる隙さえ与えずに空へと飛び上がると、その大きな手が炎竜の翼を引き裂いた。

背中を、顔を、殴りつけ、殴りつけ、殴りつけ、そして地面へと叩きつけた。


《グ、グェェェェ・・・》


 苦しそうに喘ぐ炎竜のそばに怪物の姿をしたレントが降り立った。

猛牛の風貌をした毛むくじゃらの怪物。馬のような蹄を持ち、捻れた角は天を向き、鰐のような尾が揺れている。かつてイリア村の住人を震え上がらせた時の姿そのままであった。

怯え、震えて哀願の目を向ける炎竜の残ったもう片方の翼に手をかけて引き裂いた。


《やめて・・・やめてくれ、我が悪かった。このままでは死んでしまう》


 炎竜の言葉に返事もせずに首を掴んで顔を幾度となく殴る。レントの拳からも、そして炎竜の口からも血が飛び散り、牙が折れて吹き飛んだ。


《やめて・・・死にたくない・・・痛い・・・やめて・・・》


 やがて殴るのをやめたレントが炎竜の首に両手をかけた。

ミシッ、ミシッと首が軋む嫌な音に炎竜が悲鳴を上げた。


《死んで・・・しまう・・・やめて・・・》


 だがレントは止まらなかった。やがて首の付け根に亀裂が入り、そしてその首が引きちぎられた。


《・・・・・    》


 炎竜の骸を見下ろしていたレントがゆっくりと人間の姿へと変わっていった。

疲れ果てたように膝をついたレントに呑鉄竜が声をかけた。


「見事だ。だがなぜ最初からその姿で戦わなかったのだ?」

「最後までこの姿になる気は無かった。翼だけ出して炎竜に飛び付くつもりだったんだ。だが怒りを抑える事が出来ずに気が付いたらこの有り様だ」

「面白い。お前という存在が我が胸を滾らせる」

「それはまぁ、ありがとうと言っておくか。さて、・・・やろうか」


 立ち上がろうとするレントを呑鉄竜が止めた。


「まぁ少し休め。それと裸じゃあ戦いにくかろう、その辺に捨てられている服でも纏え」

「オレは別に服など着ていなくても気にはしない」

「お前と金床神はともかく、後ろで身を隠して見ている赤毛の娘が気にするのだ」

「え?」


 振り向くと岩陰からルネアが朧に姿を現わした。イプイスはと言うと遠くから恐る恐る顔だけ出していた。


「やっぱり気が付いてました?」

「我も伊達に長生きはしておらん。さぁ、いいからレント、早く服を着よ」


 怪訝そうな顔をしながらも、立ち上がって服に腕を通すレントに呑鉄竜が驚嘆した。






「お前・・・闇の従魂だけではなく太陽神の聖痕も身に宿しているのか!」

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