第五章 金床神の地下王国 6
イプイスと連れ立って建物を出たレントが目を疑った。
建物前の広場で町中のドワーフが全員集まったのではないかというぐらいの賑やかさで酒盛りが行われていたのだ。
「これはいったい・・・」
「ああ、ドワーフは酒が大好きだから心の許せる客が来るとたまにこうやってお祭りみたいになるんだ」
「よそ者を嫌う閉鎖的な人たちだと聞かされていたけど全然逆だなぁ」
「いや、合ってるよ。だからこそ気に入るとこうなるのさ」
あきれ顔のレントにアークが駆け寄って来た。
「団長、ここの住人は凄いですね。持ってきた酒肴があっという間に無くなったんで、いま団員が総出で酒を買いに走ってます」
「そうか、その分は後で返す。取り敢えず手持ちが足りなくなったらこれも使え」
そう言ってレントは金貨の入った袋ごとアークに渡した。
「オレはこれからイプイスと出かけてくる。お前たちも彼らと一緒に酒でも飲んで待っててくれ」
「いや、さすがにそれは・・・」
「構わんさ。仕事だと思って仲良く飲んででくれ。さぁイプイス、行こうか」
「少し遠いから飛んで行こう、ちょっと失礼するよ」
そう言ってレントを抱え上げようとしたイプイスだったがどうにも持ち上がらない。
「なんで君はこんなに重いんだ?」
「あー・・・剣だけで相当な重量があるから、と言うか神様の端くれにあるまじき非力さだなぁ」
「人には得手不得手と言うものがあるのだよ。飛ぶのに問題は無いから君が私に掴まっててくれ」
◆
レントを連れてひとっ飛びに火口まで来るとイプイスが岩陰に降り立った。
「見えるかレント、あれが魂の持ち主だ。これからお前はあやつらを斬り殺してその魂を剣に封じるのだ」
「あやつらって・・・ドラゴンじゃないか!」
レントたちの居る場所から見下ろした先、火口付近に巨大な2匹の竜が寝そべっていた。
「2匹ともこの山に巣食う邪竜でな、赤い方が炎竜、青い方が呑鉄竜だ。ペレはお前がこの2匹の竜を倒して剣に魂を吹き込む事を見越してその剣に双龍と言う名前を付けたのだろう」
「イプイス、1つ聞きたいんだがあの竜は人語を話すか?つまり・・・元人間か?」
「心に語りかけては来るが言葉は話さない。ただの歳古りた大きなトカゲだ」
「何だか気が進まないなぁ。人に悪さをする訳じゃないんだろう?」
「年間で1匹あたり200人ほど喰らうがな」
「ば・・・そんなに被害が出てるなら何でお前が退治しないんだよ!」
「得手不得手ってのがあってなぁ・・・私の力ではあの竜は倒せないのだよ」
「それでも上位者の端くれかぁ!お前曲がりなりにも神様だろうが!」
「面目ない。私は鍛冶場の神で剣を打つのは得意だが振るうのはてんでダメなのだよ」
そう言ってイプイスが服を開いて見せた。脇腹に大きく焦げた痕と癒えていない噛み跡があった。
「あーもー、わかったよ。気が進まないけどやってみるよ」
言うなりレントは岩陰から飛び出して火口へと下り降りた。
《ニンゲン?なぜこんな所に来た?》
《なんだお前は?贄か?》
直接レントの頭の中に竜の思考が流れ込んできた。
「なぁお前たち、年に200人もの人間を喰うと聞いたんだが本当か?」
《ああ、喰うぞ。人間が泣き叫ぶ様を見るのは最高だからな》
《お前も我らを退治しに来たのか?そこの鎧を見てみろ。愚か者どもの残骸だ。悪い事は言わん、早く失せろ》
「ああなるほど、わかった。やる気が出てきたよ。さて、どっちから来る?2匹まとめて来てもいいぞ」
《人間風情が生意気な》
言うなり炎竜が紅蓮の炎を吐き出した。
レントは炎を避けながら浮遊掌で自らの体を竜に向かって飛ばした。
着地と同時に転がりながら双剣を引き抜き、すれ違いざまに斬り込む。回転の勢いで威力を増した剣が炎竜の足を深々と斬り裂いた。
「グゲェェェェェッ!!」
「なんだお前。いい声してるじゃねぇか」
《何だ何だ、いったいなんなのだこの剣は?なぜ我の体をこうも易々と斬り裂く事が出来るのだ?》
狼狽する炎竜に低く殺意のこもった声でレントが答えた。
「人間風情と言ったな。見込み違いで悪いんだがオレは巨人族なんだよ。そしてこの剣は・・・アルムの剣だ」
《巨人族だと?アルムの剣だと?この討伐者めが!呪われてしまえ!!》
「仲々良い反応だ。ところでそっちの青いの、お前は加勢しないのか?」
「勝負に割り込むのは我が意に反するし、単身乗り込んできた勇者にそんな事は出来ないさ」
呑鉄竜が人語を喋った事にレントは驚きを隠せなかった。
咎めるように後ろを向いてイプイスを睨みつけると、イプイスもまた慌てて自分も知らなかったと言う合図をした。確かに呑鉄竜は最初は心の中に語りかけていた。勘違いをしてしまうのも無理もない。
小さなため息をつくとレントは炎竜に向き直り、双龍を連結させて十字に構えた。
《構えだけは一人前だな》
「足に深手を負わされた者の言葉とも思えんな」
炎竜が横薙ぎに振ってきた鈎爪をたやすく受け止めると、レントはすかさずもう一方の剣を回転させて人の足ほどもある指を2本裁断した。炎龍の叫び声が火口にこだまし、青黒い血が手元から噴き出した。
《お前、お前を殺すだけでは足りぬ。お前を殺した後でお前の家族も仲間もみんな殺してやる》
「お前には無理だ」
《なんなら先にお前の家族を殺しに行ってやろうか?》
この言葉でレントの顔から表情が消えた。
《お前と違って我にはこの翼がある》
「・・・だから?だからどうした?」
《怒っているな?うん?今お前の心の中に女が見えたぞ。殺してやろうか?》
「・・・・・」
《何を黙っている。この女、・・・サンドラと言うのか》
レントは返事をせず剣を鞘に収めると革帯を放り投げた。
《無抵抗で喰われる気になったのか?そんなにこの女が大事か》
「やめた」
《やめた?何をだ?》
「お前のような下衆なトカゲをこの剣に宿らせる気が無くなったと言ってるんだ」
《ほほう?やめてどうする?我がそれで許すとでも思ったか?》
「お前の考えなどどうでもいい。お前はこれからオレに殴り殺される。ただそれだけの事だ」




