第五章 金床神の地下王国 5
船着場から漕ぎ出しておよそ2時間、進みの遅さに団員や盗人たちもレントの命令で空いている漕ぎ場に座って櫓を漕がされていた。
そのレントはと言うと船の中央でつまらなそうに腕を組んで座っている。
漕ぎ手を申し出て船縁に移動した瞬間に船のバランスが崩れて危うく転覆しそうになり、それならばと船尾の櫓を漕がせるなり石の櫓をへし折ってしまっていた。
ムスっとして座っているレントを遠目に見ながら船頭がドワーフの1人に聞いた。
「あの剣、よく見たら柄も鍔もアルム鋼じゃないか。まさかとは思うが刀身もアルム鋼なんじゃないだろうな」
「まさかも何も1本丸々アルム鋼の打ち出しだ。おそらくあの2本で4~5百キロはあるだろう」
「ちょっと待てお前、そんなもん片側に寄ったらバランスが崩れるのは当たり前だろう!なんでそれを最初に言わなかったんだ?」
「言ったら信じたか?いや、むしろ信じたその上でこの船に乗せたか?」
「誰が乗せるか。船が壊れるわ!!」
船長の怒声に気付いたレントが立ち上がった。
「なんだ、俺の話か?」
「あああああ!動かないで、頼むから動かないで下さい!」
「お願いですから、どうか、ど、う、か!間もなく到着しますからどうか座っていて下さい」
「こぉらお前ら、さっさと漕がんかぁ!」
「見て下さい、あそこ、あそこが船着場です。もう少しだけそこに座ってお待ち下さい」
「そうか」
レントがまたつまらなそうに座り直した。その目の先にたくさんの煙が立ち登る小さな町があった。
◆
船尾から船着場に飛び降りるとレントが大きく伸びをした。
「小さな町だが活気にあふれているな」
「ここは24時間どこかで鍛冶仕事をしています。陽の光は無くともこんなにも明るいですから」
「なるほどな。あちこちでハンマーの音がする。ドワーフの町って感じでいいな」
「同じように酒場や食堂もぶっ通しで営業しています。腹ごしらえしますか?」
「いや、せっかくだが急いでるんでな、さっそくで悪いんだけどイプイスって人の所に案内してくれ」
そう言うとレントは酒や貢ぎ物をアークたちに運ぶように命じてさっさと親方株らしいドワーフと共に町の中央にある大きな建物に向かった。
「ここは・・・鍛冶場?」
無人ではあるが、そこには赤々と光る大きな溶鉱炉と大きな金床が据え付けられ、壁には鍛冶道具が掛けられている。
「さぁ、この奥です。ここから先はお1人でお進み下さい。くれぐれもイプイス様には粗相の無いようにお願いいたします」
通された最奥の部屋にイプイスと思われる人物が立っていた。
幼い顔立ちの小さな子供である。だがレントはこの少年にアマイモモやカルビと同様の人間とは違う異界の気配を感じた。
「ヒト族がこんな所まで来るとは珍しいな。ドワーフたちがよく案内したものだ」
「見分けは付けにくいだろうが俺は巨人族だ。イプイスと言うのはあんたか?」
「そうだ。お前の名は?」
「俺は巨人族のレント。未完成の剣を仕上げてもらいに来た」
そう言ってレントはテーブルの上に鞘ごと双龍を置いた。
イプイスは軽々と持ち上げると鞘から両の剣を引き抜いた。
「ふむ、アルム鋼の剣か、仲々良く出来ている。仕上げも完璧だし私が出来る事は無いな」
「俺もそう思うんだが未完成だからイプイスって人に仕上げを頼めって言われたんだ」
「妙な事を言うな・・・この剣が未完成だと?いったい誰がこの剣を打った?」
「ペレって言うドワーフの爺さんだ」
「仮面の鍛冶師か?」
「そうだ」
「そうか・・・なるほどな。レント、この剣で人を斬ったか?」
「いや、完成するまでは絶対に人を斬ってはいけないとペレにきつく言われていたからな」
「ふむ・・・そう言えばお前、私を前にして物怖じしないな。普通の者なら目を見る事さえ出来ない物だが。・・・私のような存在に以前会った事があるな?」
「・・・ある」
「その者の名は何と言う?」
「あまり言わない方がいいと言われています」
「そうか・・・」
思案げにしているイプイスにレントが言った。
「あんまり時間はかけられないんだ。サクッとキュプ国王を斬り殺しに行かなくちゃいけないんでな。早いとこ完成させてくれ」
「迷っているんだよ。少し腕力のあるぐらいの巨人族の青年に試練を与えていいものかどうかな・・・おいちょっと待て、今キュプ国王を斬り殺しに行くと言ったか?」
「ああ、今ちょうどこの島に居るらしいからな」
「お前の手勢はどのぐらいだ?」
「10人ほどだ。まぁ単独で行くつもりだがな」
「いい度胸だ。よしわかった。この剣を仕上げに行こうじゃないか」
そう言って身支度をするイプイスにレントが声をかけた。
「仕上げるって剣を鍛え直すんじゃないのか?それに試練ってどういう事なんだ?」
「剣は仕上がっている。後はお前が剣に魂を吹き込めば完成だ」
「魂?」
「そうだ。そして吹き込むべき2つの魂の持ち主がこの島の火山の火口に居るのさ」




