第一章 (4)猛将の進撃 其の5
レントたちの近くまで歩いて来たフェイが槍をかざすと、精霊が柄の部分を噛み砕いた。室内で振り回すには長かったと言う事だろう。
バランスを確かめるように2、3度軽く振ると、その穂先をシユケに向けた。慌ててレントが声を掛ける。
「フェイ、取り敢えず落ち着いて、ね?」
「大丈夫。落ち着いているよ、狙いを外したりしないから見ててね。」
フェイの言葉は完全にシユケを始末するのが前提になっている。
サリティがレントに耳打ちした。
「おいレント、この女メガネ君を殺す気満々だぜ?どうすんだよ」
「まぁ、さっき会ったばかりの人が死んでもそんなに気が咎めないかなぁ」
レントの言葉にシユケが驚いて口をパクパクさせた。
「冗談冗談、出来る限りの事はするから、その代わり安全が確定するまで絶対に動かないでくれよ。」
レントたちの声など全く耳に入らないようにフェイがシユケに言った。
「シユケ、何か言い残す事はあるか?」
「い、言い残すも何もレントとご飯食ってるだけで殺されるのか?」
「その言葉、誰に伝えればいいのだ?」
「いや待てよ、おかしいだろ。幼なじみの僕を本気で殺す気なのか?」
「不安の元は取り除く。それが誰であってもだ。」
その時レントがゆっくりとフェイとシユケの間に歩み寄った。
「ねぇフェイ。」
「レント、来ないで。邪魔しないで。」
「いや、その事じゃなくってさ、さっきの広場での事なんだけど・・・」
微動だにしないフェイに言葉を続けた。
「フェイが『私のレント』って言ってくれたのが凄く嬉しかったよ。」
その言葉にフェイが一気に動揺した。
耳まで真っ赤になって横を向いたまま否定する。
「わ、わ、私はそんな事言ってない。」
「大好きだよフェイ。」
「こんな時にこんな所でそんな事を言うな・・・」
「地下牢に居たって聞いたけどお腹すいてるでしょ?」
言いながらレントはシユケの手からナイフを取り、手に持っていたアバラ肉を一口大に切ってナイフで突き刺した。
「フェイ、あーんして。」
「いや、だからこんな時に・・・・父上もみんなも見ているし・・・・」
「いいからほら、おいしいよ。あーん」
「お前はなぜいつもそう私を困らせるのだ・・・恥ずかしいではないか。」
「フェイの事が大好きだから僕は恥ずかしくないよ。」
レントの言葉にフェイがショックを受けたように口ごもった。
躊躇いながらもレントの差し出した肉に口を開ける。
レントもその口に肉を入れた。
「おいしい?」
「ん、・・・うん。おいひい。」
レントは嬉しそうにフェイの肩に擦り寄って頭をこすりつけた。
「一緒にご飯食べよ?で、そのあとで一緒に歩こうよ。」
「レントがそうしたければ・・・いい・・・わよ。」
2人の会話を待っていたかのようにルネアがやって来て言った。
「お嬢様、お食事の用意が整っております。レント様もどうぞ。」
フェイは槍を捨ててレントと一緒に奥の食卓へと歩き出した。
足音が遠ざかってやっとシユケは助かった事を確信した。
「それにしてもレントってのは凄いな。あれだけ食った後なのに更にこれからフェイとご飯を食うのか・・・」
「ああ、レントはあのぐらい普通だぜ。」
サリティは事も無げに言ってからドルテに聞いた。
「所で婆さんが言ってた強い奴ってシユケの事なのか?」
「ん?そんなわけ無いじゃろが。私が言ってたのはアイリスって者の事じゃよ。まぁ会わなくて良かったわい。」
「なんか女みてえな名前だな。」
「女じゃよ。2人とも男嫌いでのう、今のようなフェイを見たら怒ってレントを八つ裂きにしかねないのう。」
「フェイが男嫌い?レントの前では普通に女の子じゃねえかよ。」
「そこじゃよ、それが私らには不思議なんじゃがのう。」
ドルテの言葉に周りの全員が頷いた。
日暮れて宵闇が迫り、星が見え始めた頃
レントとシユケは連れ立ってハンニバルの家を出た。
フェイに手出ししようとした者たちの残りを始末する為に。