第五章 将の器 4
アモンは近づこうとするハンニバルを手で制してレントを見つめた。
「ハンニバル殿、その青年も精霊の騎士なのかね?」
「答える義務は無いが答えておこう。おそらく彼こそが歴代で最強の精霊の騎士だろう」
「ほう?貴殿のように顔にも体にもその徴が見受けられないが?」
「あまりにも精霊が強大すぎて全身すべてが精霊に覆われている。徴として見えるほどの余地が無いのだ。」
ハンニバルの返答にたじろぎつつもアモンはミスリル射手団に目で合図を送った。
「なるほど。ところで貴殿の申し出だが話し合いには応じられんな」
「撤退も和睦も無しかね?」
言いつつ1歩前に出たハンニバルの気配を察して2メートルほどアモンが浮遊した。
「ふふふ、お前たちの軽装が災いしたな。既にワシはお前らの弱点などお見通しだ」
「弱点・・・だと?」
「・・・ミスリル」
そう言ってサッと手を挙げると射手たちが次々と2人に向けて四方からミスリルの矢を射かけた。
ハンニバルは矢が折れぬように剣の腹でなぎ払いながらアモンにナイフを投げつけた。
心臓目がけて放ったナイフが防御魔法の壁に弾かれた。
「ちっ、レント、アモンを頼む」
言い終わらぬうちにレントが浮遊掌を地面に放って自らの体を飛ばした。
飛びかかる勢いそのままに二路を引き抜いてアモンに斬りかかった。
防御魔法の壁がレントの二路を弾き返す。が、攻撃は止まらない。
2擊、3擊、目まぐるしく放たれる攻撃に防御壁に亀裂が入る。アモンが驚愕の表情となった。
そして防御壁を打ち砕くと同時にその勢いのままアモンの左腕を斬り落とした。
二路を鞘に戻しながら着地すると即座にまた飛び上がった。
アモンは痛みに呻きながらも更に飛翔してレントから距離を取った。
「小僧!貴様よくも・・・!!」
レントは返事をせずに鞘から二路を取り出すと、鋏の形状に2本を繋いで頭上で回し始めた。
不気味な金属の擦過音と高速回転による風が周囲を圧倒し、アモンの顔にも恐怖が走った。
「その魔法で耐えて見せろ」
大怪我をした上に恐怖心で満たされた者の魔法が満足な効力を発揮するなど有り得ない。
当然アモンもまた例外ではない。防御魔法の壁など紙屑のように突き破られる事を瞬時に悟った。
だがここで二路が放たれる前にアモンが起死回生の1手を打った。
地面に落ちていた数本の矢がアモンの思念により背後からハンイバルに向かって飛ばされたのだ。
射手の気配の無さがハンニバルにとっては致命的となった。
「うぐっ」
深々と腰の渦に刺さったミスリルの矢によってハンニバルは身動きも取れずに崩折れた。
動揺したレントの狙いが狂い、二路はアモンの顔を擦って彼方へと飛んでいった。
殺到した兵士の1人が動けなくなったハンニバルを蹴って仰向けにさせると心臓に剣を付き立てた。
助けようにもレントの手元には何もなかった。
手近の兵を殴り飛ばすと剣を奪いハンニバルの元へと走った。
だが突き立てられた剣は力を込めてハンニバルの心臓を差し貫いた。
レントはまるで時間が止まったような感覚に襲われた。
誰もがハンニバルの死を確信した。当然ハンニバル自身も。
・・・だが、生きていた。ハンニバルが信じられないと言う顔をした。
動揺する兵士が再び剣を振り上げたその時、天から炎のイカヅチが落ちて兵士を一瞬で黒焦げの塊にしてしまった。炎と煙の中で崩れ落ちた兵士のそばに人が立っていた。
周囲に居た兵も、そしてアモンもが驚きのあまり絶句した。
人影はスピカだった。
スピカは胸に刺された剣を引き抜きハンニバルの前にしゃがみ込むと指でつついた。
「ねぇねぇ、ハンきゅん生きてる?」
ミスリルによって身動きも出来ないハンニバルがそれを聞いてゲラゲラと笑い出した。
「神様が我が最愛の女に逢わせてくれた。スピカ来い。抱きしめさせろ」
「ハンきゅん、スピカじゃ無いでしょ。私の事をなんて呼んでたか忘れたの?」
「おお済まなかった。すぴにゃん、我が最愛の女よ、本当に会いたかったぞ」




