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第一章 (4)猛将の進撃 其の3

 ドルテの言葉を理解する間も無く足元で衝撃音と振動が起こった。


「な、なんだよおい、婆さん一体何したんだよ?」

「あの人形がさっきの私の言葉をフェイに伝えた。それだけの事じゃよ。」


 その時何か重い物が階段を上がってくる音がした。

居合わせた全員が身動きすら出来ないほどの重圧感に襲われた。

音は確実に近づいてくる・・・・・と、

突然壁が突き破られて、ひしゃげた天使のブロンズ像が飛び込んできた。

潰れて醜悪な笑顔になった天使像の後ろにフェイが立っていた。

天使像を引きずりながら歩むフェイの一瞥でサリティが硬直した。

その視線がサリティの持っている槍に移った次の瞬間、自分の意思とは関係なくサリティは片膝をついて両手で槍を掲げてしまった。

理由など無い。そうしなければ殺されると思ったのだ。

フェイは槍を掴み大きく息を吸い込むと、次の瞬間には飛び出していった。

倒れそうになるのを両手をついて支えたサリティにドルテが言った。 


「どうだね、初めて会った感想は?」

「・・・じゃねぇ。」

「うん?」

「ありゃ人間じゃねえ!ありゃ悪夢に出てくる魔物だ・・・・」

「魔物かね。じゃが美人だったじゃろう。」

「顔なんか見れるか!目が合ったら殺されるぜ!!」

「ふほほほ、こりゃまた随分な怯えようじゃのう。」


 サリティは憮然としてあぐらをかいてドルテに聞いた。


「なぁ婆さん、この村にはあんなのがゴロゴロしてんのかよ?」

「いや、さすがにあそこまでの者はそう居らんよ。せいぜいが4,5人ぐらいのもんじゃな、ハンニバルにフェイに・・・・いかん。」

「ん?どうした婆さん?」

「レントと対等に渡り合えるかも知れん者が居るのを忘れとった。」

ドルテは慌ててケープを羽織るとサリティの手を引いた。

「何をぐずぐずしとるんじゃ、はよう広場へ行かねば・・・ええい、早く立たんか!」 



 広場では20人程の若者が縛られ、また手足や顔をナイフや金串で荷車に串刺しにされていた。その中には体に精霊を宿した者も5人ほど居た。レントは奪った細身の剣を手近の石で研いでいる。

しょせんこの程度かという思いがレントを苛立たせる。

自分なら手がちぎれても引っこ抜いて戦うだろう。

腕を切り落とされても喉を噛み切るぐらいの意気はある。

だが、この中の誰一人としてそんな気概を持った者は居ない。つまり命懸けでは無いのだ。

そんな事をぼんやり考えて居た時、正面の人垣が割れて1人の精霊の騎士がレントの方にゆっくりと歩いて来た。

頭に布を巻き付けてレンズが複数付いた機械を目に付けている。

機械から伸びたコードが頭の中に埋め込まれていた。

異様な出で立ちであった。


「初めまして、僕はシユケと言う者です。フェイ・ザルドスから耳飾りを貰ったと言うのはあなたですね?」


 にこやかにレントに話しかけてきたこの男に殺気は微塵もなかった。


「こちらこそ初めまして。僕はレント、確かにフェイから耳飾りを貰いました。それで何か御用ですか?」

「どんな人なのか見に来たんです。友達になれるかも知れないと思ってね」


 その時荷車に縛られてる若者が口を開いた。


「シユケ、助けてくれよ。こいつをやっつけてくれ。」

「おやおや、ドエール君じゃないですか。何で僕の忠告を聞いて逃げなかったんです?しかもそこに居るのはミトフシ君じゃないですか。」


 ドエールの横に、やはり串刺しにされた若者を見てシユケはそう言った。

ミトフシと呼ばれた男は開いた口から下顎にかけてナイフで荷車に縫い付けられている為に口が利けなかった。


「ドエールとやらがこう言ってるけどシユケさん、どうします?」

「シユケでいいですよ、僕もレントと呼ばせていただきます。それで確認なんですが君は見せしめに晒す人と始末する人を分けてますか?」


 レントは一瞬訝しそうにシユケを見つめた。


「ああ、分けているよ。それを聞くって事は僕がどういう分け方をして居るか知っていて、この2人は僕が始末する方の人間だと言う事だね?」

「ご明察、この2人は昨日フェイにちょっかいを出した挙句に仲間を見捨てて逃げた。僕も彼等が村を出て2度と戻らないなら見逃してやるって言ったんですがね・・・結果はご覧の通りです。」


 2人の会話を聞いていたドエールとミトフシが震え出した。


「最初の質問に答えますよ。レント、君が始末しなければ僕がこの2人を始末する。」


 ざわり・・・とレントの周囲の空気が重苦しく凝縮された。

荷車に縫い付けられて居る者達全てが震え出し、嘔吐する者まで居た。


「お前達の他にも逃げた奴は居るか?」


レントの質問に2人は震えながら逃げようとするばかりであった。

猛者達が殺し合う戦場で猛将と呼ばれた男の殺意、怒り、闘志。

とても常人の耐えられる所では無い。

レントのおとなしげな見た目に組み易しと侮った結果である。

ドエールの右腕を掴んで肘を折り、引きちぎりながら言う。


「なぁシユケ、バカな奴ってのはさぁ、原因と経過は忘れるけど結果だけはいつまでも覚えていてさぁ・・・・・」


 次いで左腕を掴むと無造作に剣で斬り落とす。


「命をさぁ、助けて貰った事も忘れてさぁ、いつまでも恨んでさぁ・・・」


 両腕を失ったドエールを地面に叩き付けた。


「仕返しをしようとさぁ、するんだよ。」


 言いながらヒザを踏み潰す。


「だから僕はさぁ、」


 そこまで言ってレントは動きを止めた。

そしてゆっくりと自分に言い聞かせるように呟いた。


「バカな奴だと判断したら躊躇いなく殺す。」


涙を流しながら目で命乞いをするドエールの頭を踏み潰した。

そのままの姿勢からミトフシの方へ声をかける。


「お前、死にたくないか?助かりたいか?」


口の利けないミトフシが泣きながら声にならない叫びを上げた。


「何言ってるか分かんねえなぁ。」


 そう言ってミトフシのそばまで行くと耳元で囁いた。


「力ずくで女を襲う奴なんて生かしておく価値が無いんだよ。」


 ナイフを引き抜くとそのまま首を斬り落した。

荷車に縫い付けられて居る若者たちに血しぶきが降りかかり、恐怖とショックで失禁したり気を失う者、叫び出す者が続出した。

レントはミトフシの首を放り捨てるとシユケの方を振り向いて言った。


「怒ったら腹が減っちゃったよシユケ、ご飯食べに行こう」


 シユケは頷いて路地の入口近くにあるパブを指差した。


「あそこの肉料理はうまいからお勧めだよ、ただし!割り勘で頼むよ。」



 こんがりと焼き上がった牛のアバラの塊が2つ出された。

包丁が1本、ナイフが3本それぞれに刺さっている。

勝手に切って食べろと言う事らしい。


「シユケ・・・これ1人分で50キロぐらいあるぞ。」

「まぁ半分は骨だから20キロぐらいだろう。さ、熱いうちに食おうか。」


 シユケはそう言うと包丁でアバラを1本切り離してナイフで肉をこそげて食べ始めた。レントもそれに倣って食べ始める。


「う、うまい!何これ?すげえおいしい!!」

「だろ?どんどん食おうぜ。」

「所でシユケ、その目に付けてる機械って『来訪者の遺物』か?」

「お、やっぱりわかるかい?」

「それを付けるとどんな便利な機能が働くんだい?」


 肉を頬ばりながら聞いたレントの質問にシユケは暫し黙った。


「フェイに関わる話だ。そうだな、いい機会だから話しておこうか。」


シユケはテーブルにフォークを置くと話し始めた。



━━今から8年ほど前のことだ。

僕はフェイと一緒に南方の遠征に行ったんだ。熾烈な戦いだったよ。

その時に必要も無いのにフェイを庇って大怪我をしてしまったんだ。

フェイはとっくに別の場所に飛び移ってたのにさ、バカな話だよなぁ。

その時に眼球を両方失くしちゃってね。

通常の怪我と違って眼球だとかは治癒師でも再生させる事が出来ないんだが、フェイがネスカリカって言う禁断の地に『来訪者の遺物』と呼ばれる未知の機械や技術がある事を誰かから聞いたらしいんだ。

高い塀に囲まれて門は神官に守られてる。

ごく限られた神官や王族がその恩恵を受けるって話は聞いた事があるが、あくまでも噂に過ぎないし、第一そんな所に入り込める訳がない。

・・・・あれは3年ほど前の暖かい日だった。

ふらっとやって来たフェイがこの機械をテーブルに置いて言ったんだ。

「これで私がお前の目の代わりをする必要は無くなったな。」ってね。

機械を装着して初めて見た物はフェイの笑顔だった。

僕は今でもその笑顔を忘れる事が出来ないんだよ。

僕は再び世界を見る事が出来た代わりにもっと大事な物を永久に失ってしまった事を知った━━


 ややあってレントが口を開いた。


「それはそれで少し妬けるな。」


 シユケは嬉しそうに笑うとレントに言った。


「それには及ばないよ、何しろ・・・眼球を失くした時にあっちの方も失くしちまったからなぁ。そっちも眼球と同じで治癒師でも再生させる事が出来ないんだとさ、」


 一瞬言葉を失ったレントがつぶやいた。


「それってつまり・・・球を4つ失くしたって事か?」

「そういう事だ。しかもフェイはそっちの方は持って来てくれなかったよ。残念ながらな。」


 2人ともしばらく無言のまま時間が過ぎた。

やがてどちらからともなく笑い出した。

最初は小さく、やがて店中の者が振り返るぐらいの大きな笑いとなった。


「レント、この話をして笑ったのは初めてだよ。」

「なぁシユケ、僕と友達になってくれるかい?」

「ああ、もちろん。喜んで。」


そう言ってお互いに握手をした、まさにその時・・・

何かの壊れる大きな音と悲鳴、そして地響きがした。

驚いて店の外に飛び出した2人が見た物は空中でバラバラになった荷車と数十人の若者たちだった。

やがて2人の目の前に荷車の車輪が降ってきた。



車輪は力なくコロコロと転がってコトリと倒れた。

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