第四章 宵宮 3
兵舎で酒盛りが出来なくなった事を侘び、また周り中から冷やかされて真っ赤になりながらもサンドラの手をしっかりと握ってレントは屋敷へと向かった。
夜の小道を歩きながらサンドラが恥ずかしそうにレントに言った。
「ねぇレント、初めてあなたに会ってからまだ一週間しか経ってないのに私は今までの人生よりも密度の濃い思いをさせてもらったわ。本当に色々とあって凄く楽しかった」
「僕は申し訳ない気持ちしか無いんだけどそう言ってもらえると助かるよ」
「え?申し訳ないって・・・何が?」
「いや・・・だってさ、初対面で手を握って離さなかったり村にまで押しかけてきて伝統行事をぶち壊しにしたり・・・」
「村の唯一の財産である精霊をすべて飲み干したり夜中に村中の鶏を鳴かせたり?」
「そうそう、あと怪物になっちゃったり王様がやって来たり・・・」
「ぷっ、ふふっふふふふ」
「そんなに笑わないでよ。傷ついちゃうなぁ」
「何言ってるのよ、逆よ逆」
「え?逆ってなにが?」
「考えても見てよ、私以外の誰がその一つでも体験できるって言うの?あなたと出会ってから毎日がときめきと驚きの連続だったわ」
「困らせてばっかりで嫌われたらどうしようって思ってたよ」
「好きになるのも嬉しいのも困った事の一つよ」
「え・・・そうなの?」
「だって私男の人を好きになるなんて思っても見なかったんですもの。すごく困ったわ」
言われたレントが照れて横を向くと優しく笑ってサンドラが続けた。
「あなたは凄く優しくて勇気があって、そしてとても熱くて強い人だわ」
「強くなんかないよ。世の中にはもっと強いのがうようよしてると思う」
「勝ち負けとか優劣じゃないの。あなたはたとえ負けても強いわ」
「うん?よくわからないけどサンドラを守る為なら何だってするから安心してね。ちょうどあそこに居るルネアのように」
言われたサンドラがふと目をやるとハンニバルの屋敷前にルネアが剣を横一文字に構えて立っていた。
もう実質的な立場を隠すつもりも無いのか他のメイドや執事を従えて居る。
「おかえりなさいませお嬢様、レント様。お風呂の支度が整っております」
「え・・・ルネア、それは・・・ちょっと待って」
「待てませんお嬢様。さあ、あなたたち、早くお2人を案内なさい」
有無を言わさぬ口調でテキパキと指示を出し、戸惑っている2人を追い立てるように脱衣室まで案内すると全員を下がらせた上で一礼して言った。
「互いを求めると言う行為に早いとか遅いと言う事はございません。後悔をしても取り返しがつかない想いをなさらぬように。・・・先夜の事をお忘れ無きようにお願い致します」
そう言うとカルビを抱えて出て行ってしまった。
先夜、と言うのはレントがバーガンディで怪物になってしまった事を指していた。
サンドラのためらいとレントの直情的な所に原因があり、その時に別れて2度と会わない可能性だってあった。
反省と覚悟を胸にサンドラは目を閉じて深く息を吸い込んだ。
上を向いてゆっくりと息を吐き出すと振り返ってレントを真っ直ぐに見つめた。
「レント、一緒にお風呂に入りましょ。さあ、鎧の留め金を外してちょうだい」
戸惑ったレントも意を決して真っ直ぐにサンドラを見つめ返した。
震える指で留め金を外し、鎧を脱がせた。
「ごめんサンドラ、指が震えてモタモタしちゃった。・・・なんか暑くない?すごく喉が渇いてすごくドキドキしてる」
「ほら落ち着いてレント、そんなに緊張しなくていいわ」
そう言うと軽くレントを抱きしめて頬にキスをする。
「ほら、私はあなたが好き、大好きよ。だからあなたもいつものようにしてればいいの」
ぎこちなく、それでも力を入れてレントが抱きしめ返した。
やがてお互いに力を緩めると微笑みながら軽くキスを交わした。
「少しは落ち着いた?」
「うん」
「じゃああなたも鎧を脱いで、浴室に行きましょう」
真っ白なサンドラの肌の上を極彩色の精霊が飛び回っていた。
初めて出会った時に見た光景をレントは思い出した。
「きれいだ。すごくきれいだよサンドラ」
「もう、そんなにじっと見つめないでよ。恥ずかしいじゃない」
「さぁ、レント背中を向けて」
石鹸で泡立てた粗布で丁寧にレントの背中をゴシゴシと擦った。
「さぁいいわ。今度はこっちを向いてレント、・・・レント?」
「ご、ごめん。のぼせたみたいでちょっと朦朧と・・・」
言い終わらぬうちにレントが腰掛けから滑り落ちた。




