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第四章 宵宮 2

 レントの怒声を聞いてリンダが走り寄ってきた。


「レンちゃんめーっけ」

「げっ」


 とっさに逃げ出そうとするレントを見てリンダが笑いだした。


「大丈夫大丈夫、サンドラさんなら居ないから。用があるって家に帰ったわよ」

「そっかぁ・・・良かった。脅かすなよリンダ」

「あれれー?サンドラさんが怖いの?」

「あったりまえだろ、嫌われるぐらいなら殺された方がマシなぐらいだよ」


 ホッとして座り直した所へハイネルド達がやって来た。


「ずいぶんとまた逃げたもんだなぁ。こんな村はずれまで逃げるとは・・・」

「まぁな、それで悪いんだがほとぼりが冷めるまで幕舎で休ませてもらうよ」

「それはいいんだが土産を渡す暇もなかったな。・・・おい、持って来い」


 そう言うと衛士が豪奢な鎧櫃を4人がかりで運んできた。


「なんだこれ?」

「いいからほら、開けてみろよレント」


 蓋を開けたレントが息を飲んだ。


「ハイネルド、これって・・・」

「懐かしいだろ?お前のお気に入りの鎧を打ち直しておいたんだよ」

「ザモラ砦占領の時からの付き合いだからなぁ。これ以外の鎧を着る気になれなくて傭兵やってた時は篭手しか装備しなかったよ」

「さっそく着てみせろよ。部下が揃いの鎧を身に纏ってるのに団長が平服じゃあ示しがつかんからな」


 言われるままに深緑色の鎧を着込み、長衣をマントのように羽織った。

腰に二路を差してバランスを整える。

かつてファウンランドの猛将として戦場を駆け巡っていた姿そのままであった。

それを見ていたハイネルドとリンダがお互いに目配せをした。


「さてと、せっかく鎧を着込んだんだ。ちょっと手合わせして欲しい人が居るんだがな」

「うん?それは構わないが僕の相手を出来る人なんてそうそう居ないぞ?」

「そう言うなよ。なんてったって因縁の相手らしいからな」


 そう言って手を大きく振って合図を送ると周囲に一斉にかがり火がつけられた。

かがり火の向こうから鎧の軋む足音と共に1人の騎士が進み出てきた。

漆黒の鎧に緋線が引かれている。長大な剣を持ち、鎧の隙間からドス黒いもやのような闘気が溢れ出していた。

反射的に叫んだのはクロロだった。


「げぇ!あ、あいつ・・・軍旗争奪の時のゴキブリ野郎じゃねぇか!!」

「どうだ?思い出したかレント?」

「いや、思い出すもなにも・・・初めて見る鎧なんだが」

「なによハイネ、レンちゃん記憶が戻らないじゃんよー」

「まぁ手合わせすれば思い出すだろう」


 促されるままに黒騎士と対峙したレントが、いざ兜を被ろうとしていたその手を止めた。

黒騎士が1歩前進するのに合わせて3歩後退する。


「ちょっと、ちょっと待って・・・」


 繰り出される剣を身を反らして避けると更に後退する。

そしてまじまじと眺めて感嘆の声を上げた。


「サンドラ、すごく似合ってる。かっこいい」


 一瞬動きが止まった黒騎士がノーモーションで刺突を繰り出す。

レントは2度身をかわして避け、3度目の刺突を篭手で受け流しながら一気に間を詰めた。

クロロがハイネルドに囁いた。


「おいおい待てよ、あの時のゴキ・・・黒騎士ってさっきのサンドラって娘本人なのかよ?」

「リンダの話だとどうもそうらしい。それにしても手加減してるとは言えレントの動きは凄いな」

「レンちゃん確信を持ってるわね。なんで完全装備しててサンドラさんだってわかるかなー?」

「あいつ動物みたいな所があるからなぁ。鎧を着てても見分けられるんだろ」

「私レンちゃんにボコボコにされて泣かされるサンドラさんが見てみたかったのに・・・」

「おまっ、とんでもねぇな。まぁこりゃ勝負無しだな」


 ハイネルドがそう言うとリンダがつまらなそうに肩をすくめた。

すでに半身に構えたレントがサンドラに寄り添うように立っていた。剣を持つ右手を優しく手を添えるようにして押さえている。


「ねぇサンドラ、まだ怒ってる?もう勝手に旗槍や王冠を奪い取るような事はしないから許して?ね?」


 返事もせずに黒騎士が肩から体当たりをしてレントを突き飛ばした。

間髪入れずにしゃがみこむと地面を摺るように剣を突き出し、そのまま一気に踏み込みながら斬り上げた。

同じタイミングで間合いの外へ後ろに飛んだレントの顔に剣風が吹きかかる。

並の者なら腰から肩にかけて鎧ごと斜めに切り落とされていたであろう。

当然レントも避けていなければ両断されていた筈である。

それほどの気合いを込めて、更にスピードとウエイトの乗せがあった。

攻撃の直後は全身が隙だらけになる為、戦場ではおよそ使う事のない刀法。果し合いや死合いでのみ使える『外したら死を覚悟しなければいけない』刀法であった。

だが剣が天を指し、身体が伸びきった黒騎士に対してレントはにっこりと笑っただけだった。


「ごめんサンドラ、つい癖で避けちゃった」


 再び身構えた黒騎士がやれやれと言うように首を振って肩をすくめた。

剣を鞘に収めて兜を脱いだサンドラが嬉しそうにレントに微笑んだ。


「さすがファウンランドの猛将と呼ばれるだけあるわね。凄いわ」

「ホント?嬉しい。ね、ね、サンドラ、今までの許婚者よりも強かった?」

「え?なんで急にそんな事を?」

「だって結婚するのにふさわしいかどうかの強さを見るために攻撃して来たんでしょ?」

「う・・・うん。そ、そうよ。あなたは私が思ってたよりもずっと強いわ。1番よ」


 サンドラが取り乱し、口ごもりながらも返事をした。

軍旗争奪の時の決着をきちんと付けたかった・・・などとはさすがに言えなくなってしまった。

見ていたクロロがぼそりとハイネルドに言った。


「最後のアレ、超本気だったな。見ていて背中に寒気が走ったぜ」

「俺もだよ。レントのやつあんなのと一緒になって大丈夫なのか?」

「私一瞬だけどレンちゃんが真っ二つにされるのが見えたわ」


 レントの部下たちも驚いて呆然としたまま声も出ない状態になっていた。

アークが尻餅をつくようにどっかりと地面に座り込んだ。


「2人とも化物じみてるよ。俺の思う強さと全然レベルが違うわ」

「最後のアレ、お前避ける自信あるか?」

「バカ言うな!最初の刺突、いや、その前の斬撃で首が無くなってるわ!」

「俺もだよ」

「いや、実は俺も・・・」


 周囲の会話を意にも介さずサンドラは腰から帯革ごと剣を外した。

いつの間に現れたものか、ルネアがその剣を受け取りサンドラの後ろに控えた。


「ルネア、あなたはその剣を持って先に屋敷へ帰りなさい」

「え?でも私はお嬢様の護衛として・・・」

「いいから帰りなさい。いいわね?」

「・・・はい。お嬢様」


 ルネアはちらりとレントを見て代わりに護衛を頼むと言うように目配せをすると躊躇いながらもサンドラに一礼してきびすを返した。

ルネアを見送りながらつぶやくようにサンドラが言った。


「レント、疲れたでしょう?」

「え?いや、そんな疲れてないよ」

「私は疲れたわ。剣も護衛も無いから送ってくれる?」

「え?ああ、うん」

「それと・・・」

「・・・それと?」



「・・・屋敷に着いたら鎧を脱ぐのを手伝ってくれるかしら?」



顔を真っ赤にしてサンドラが言った。


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