第四章 旅団長レント 8
軋む扉を開けてハンニバルがバーガンディに入って来た。
「いや、申し訳ない。色々とやる事が多くて遅くなってしまいまし・・・」
「村おさ、来るのが少しばかり遅かったですよ」
カウンターでグラスを磨きながらサムが笑って言った。
「なぁんてこった・・・で、みんなはどこへ行ったんだ?」
「決まってまさぁ、我が主様はおさの愛娘のサンドラ様に会いに、他のみんなはそれを見に行きましたぜ。」
「サム、お前は自分を殺そうとしたレントをあるじと呼んでいるのか。それはまた・・・随分と惚れ込んだモンだな」
「おさ、それよりも見てくださいよこの金貨の山を。たった数時間で3年分は稼がしていただきました。」
なるほどカウンターの上にも中にもステージにも金銀銅貨や目方で切り割った貴金属が敷き詰められ積み上げられしており、従業員が総出で回収していた。
「これは凄いな」
「王様やあるじ様、その友人の方々から過分にいただきました」
「そうか。うん、良かったなサム」
「あるじ様が出しなにわたしに言ってくれたんですよ。少ないだろうけど店の修理代にしてくれってね。わたしぁ泣けてきちまいましたよ」
ハンニバルは目の前に出された酒を口にしながら嬉しそうに笑った。
夕刻、近隣の村々からの来訪者、鉱山の労働者、そしてファウンランドの兵たちによってイリア村はかつてない程に賑やかな祭りが開催されていた。
喧騒の中でサンドラを捜して駆けずり回っているレント達をハイネルドが奇異の目で見ていた。
「あいつが女の為に駆け回るとか想像もつかなかったが変われば変わるモンだなぁ」
「御意、レント殿は言い寄る女性を邪魔なゴミのように扱って居りましたから」
「レンちゃん私には優しかったわよ」
「夫候補の事はリンダが友達として庇うために言ったとしか思ってなかったみたいだしな」
「くやしいなぁ。友達かぁ・・・」
「そのぐらい女に興味の無い奴がこれだもんなぁ・・・」
ハイネルドが感心とも呆れとも取れるため息をついた。
「団長、見つけましたこっちです」
ダークとシークが叫びながらレントの許に駆け寄った。
2人の跡を追ってレントも走り出した。
サンドラがルネアを伴って歩いているのを確認するとレントは革袋を持って駆け寄った。
「あらレント、探してたのよ」
「僕もだよ」
そう言うとレントはスっとサンドラに近付いて手を取り、黄金のリングを渡した。
「レント・・・これ・・・凄くきれい」
「サンドラ、付けてみてくれるかい?」
指に通そうとしたサンドラが少し困ったように笑った。
「・・・少し小さいわ」
その言葉にレントが小さく手を振った。
またたく間にクロロを含めた8人の騎士が駆け寄って片膝をついた。
全員が肩に蠍の絵を施された豪奢な暗緑色の鎧に身を包んでいる。
「ダーク、たのむ。指輪のサイズを大きくしてくれ」
声を掛けられた騎士の1人がサンドラから恭しく指輪を受け取るとサイズを直し始めた。
「紹介するよ。このダークは元宝飾職人だ。それと右から順にクロロ、アーク、ビック、シーク、エリック、フレック、グレッグ、今日から僕の部下になった」
「なんだか全員名前が似てるわね。本名じゃないんじゃないの?」
「ん?ああ、なまじ本当の名前を知っていると情が移って決死の任務に就けられないからね」
そう言いながらサンドラの指にリングを通し、次いで革袋から特大のルビーをあしらった首飾りを着けた。
「レント、この首飾りどうしたの?こんな見事なルビー初めて見るわ」
「ああ、ルビーはそこに居るハイネルド王からのお祝いだよ」
レントの言葉にサンドラの表情が険しくなった。
「ルビーは・・・と言う事はこの装飾に使った黄金はどうしたの?」
言われてモジモジしているレントにサンドラが畳み掛ける。
「あなた私がちょっと居ない間にまた何かやったでしょ?」
「え、いや・・・その、指輪を作るには大きな地金が必要だって言われたんでちょっとその・・・」
「はっきり言いなさい。何をしたのレント!」
「・・・国王親衛隊の軍旗槍を力ずくで奪っちゃいました。えへへ・・・」
「えへへじゃないでしょ!あーもー何考えてるのよ!」
「いや、だって・・・大きな地金が・・・」
「だったら金貨を鋳潰せば良かっただけの話じゃないの!」
言われたレントがハッとしてダークの方を向いた。
首をすくめて下を向くダークに叱責を飛ばす。
「ダーク!!お前知っててわざと俺に旗槍を奪うようにそそのかしたな!」
「このおバカ!」
言うが早いかサンドラがレントの頭をゴツイ指輪を着けた手で思いっきり殴りつけた。
「痛いよぉ・・・指輪を着けた手で殴るのは反則だよサンドラぁ・・・」
遠巻きに見ていたハイネルドが誰にともなくつぶやいた。
「あいつ、結婚する前から尻に敷かれてるな」
「御意!」
「レンちゃんもこりゃ大変ね」
「サンドラ姉さんはアレでしあわせなんっスよ」
居合わせた一同が顔を見合わせて笑う声を聞いてサンドラはバツが悪そうに殴るのをやめた。




