第一章 (4)猛将の進撃 其の2
一番大きな若者がレントに凄んだ。
「おい、お前がフェイ・ザルドスにちょっかいを出したって言うよそ者だな。ちょっと顔貸せよ。」
問いかけられたレントは横を向いて指に付いた油を舐めている。
「答えろよコラッ」
そう言ってレントの襟首を掴んだ若者の頬に無造作に金串を刺した。
そのまま近くの荷車まで引っ張っていくと荷台に顔ごと串を刺す。
レントが力を込めると串が荷台の材木にグイグイとめり込んで行く、そして串の上部を折り曲げて抜け出せないようにした。
「取り敢えずあと4人か」
そう言って振り向くと呆然としている残りの若者の所へ走っていった。
一番手前の若者は体当たりをすると地面を滑るように転がって屋台に激突した。破壊された屋台の傍で身動きすらしない。
次いで2人を殴り飛ばし、最後の1人を蹴り飛ばす。
レントはベンチに戻ると紙袋からテント用のアンカーピンを取り出した。
飛ばされて倒れている4人の若者を回収して荷台に刺して留める。
ハンマーなどは使わない。
先程と同じように単純に力でアンカーピンを荷台に押し込んだ。
そして抜け出せないように残した部分を折り曲げる。
5人全員の処置を終えるとレントは荷台に座ってまた串焼きを食べ始めた。
若者たちのうめき声や泣き声など聞こえないかのような態度である。
そして新たに10人程の若者たちがレントに近付いてきた。
手にナイフや剣を持っている者もいる。
「やっぱりそうこなくちゃね。」
レントは嬉しそうに荷台から飛び降りると、地走りで甲冑に身を包んだ若者のそばに一気に詰め寄り足を掴んだ。
そして若者を武器にして振り回した。
それは喧嘩でも戦闘でもない只の一方的な暴力であった。
甲冑が原形を想像させないほど潰れて、中の若者が気を失うまでその暴力は続いた。
動けない者、気を失った者すべてをレントは荷車に刺し留めた。
すでにその数16人である。
若者たちのうめき声が広場に溢れ、村人たちが遠巻きにそれを見つめていた。止める者など居ない。若者を助けようとする者など居ない。
レントは小麦粉を運んで賃仕事をしている少年に目を留めた。
手招きしてひと握りの金貨を渡す。
「あの屋台から串焼きを10本買って来てくれ。お釣りはお駄賃だ。」
「施しは受けないよ。なんだい、馬鹿にしやがって。」
レントが感じた通り貧しくても真っ直ぐで勇気のある少年だった。
「施しじゃないよ。君なら絶対に毒を入れさせやしないだろう。そう見込んだからお願いしてるんだ。これは信用料だよ。」
毒が入ってた場合、少年は命で償わなければいけないと言う意味である。無論レントは毒が入ってたとしても少年を殺す気は無い。
走って串焼きを買ってきた少年が貰い過ぎだと言って金貨を返そうとした。
「これは対等な取引だ。それを返すのは僕を侮辱する行為だよ。」
そう言ってレントはにっこりと笑った。
「勇気ある少年よ。行きなさい。」
走り去ろうとした少年が立ち止まって振り向いた。
「ひとつだけ言わせてもらうけど私は女の子なのよ。少年なんて言わないでね。」
肉の塊を飲み込みワインで流し込みながらサリティが不思議そうにハンニバルに聞いた。
「なぁ、おっちゃん。さっきから落ち着かないけど、どうかしたのか?」
「ん?うむ。少しレントの帰りが遅いんだが、なーんか嫌な予感がしてしょうがないんだよ。」
「ふーん。まぁ何かあったら知らせがあんだろ。」
そう言ってパンを頬張ったサリティが外に目をやると5,6人の男たちが走って来るのが見えた。
「おっちゃん。さっそく嫌な予感の知らせが来たみたいだぜ、」
まもなく駆け込んで来た男たちはサリティを見て一瞬嫌な顔をした。
だがすぐにハンニバルに向かって訴えた。
「長、悪鬼のようなよそ者が村の若者たちを次々と打ち倒しては広場に晒しております。どうか止めに来てください。」
「あ・・・迂闊だった。彼は平気でそれが出来るのを忘れていた。わかった、一緒に行こう。」
やり取りを聞いていたサリティが槍を持って出入り口に立ち塞がった。
「何だ貴様は?さっさとそこをどけ!」
村人の恫喝にも知らん顔でタバコに火をつけた。
「どかんか!」
襟首を掴んで怒鳴る男を無造作に持ち上げると床に叩きつけた。
汚れを払うように襟元を軽く叩くとまたタバコを吸い出す。
呻きながら腰の剣に手を伸ばそうとしたした村人をハンニバルが止める間もなく、その肩をサリティが踏み砕いた。
そして槍の穂先をゆっくりと全員に向けた。
「なぁ、俺は随分甘く見られてるな。レントは自分らで止められねえくせに俺の事なら止められると思ったか。お前ら死ぬか?」
言われた男たちが震え上がった。
「まあ心配しなくても多分皆殺しにはしねえよ。しばらくしたら自分でここに戻って来るだろうから余計な口出しはやめとけ。」
サリティの言葉にドルテが頷いた。
「この男の言う通りじゃ。何人かは死ぬかも知れんが皆殺しにはせんよ。生きて証人になって貰わんとな。」
「証人だと?何の証人だと言うんだ?」
問いかけた村人を死体でも見るような目で眺めながらドルテが言った。
「ザルドスの娘に手を出したらどうなるか、その証人じゃよ。」
「冗談じゃない。そんな事が許されるはずがないだろう。」
「許して貰うのはレントじゃなくあんたらの知り合いや息子達だよ。身の程知らずの犬っころに言っても始まらんがね。」
「我らの息子達が犬っころだと?古老と言えども許さんぞ!」
村人の言葉に業を煮やしたドルテが怒鳴った。
「たわけどもが!身の程知らずの犬っころだから喧嘩を売った相手が猫か王頭の虎かの区別もつかんのじゃ!」
たじろぎ、言葉を失った村人に畳み掛ける。
「逆に聞かせて貰おうか。あんたらは何で自分の手で助けずにハンニバルに泣きついたりしたんだい?」
「そ、それは・・・・」
「言いたくなけりゃ私が言ってあげるよ。あんたらは身の程を知った犬っころなんだよ。何とかして欲しいならキャンキャン喚くんじゃないよ!」
サリティが嬉しそうに茶々を入れた。
「よ、いいぞ婆さんもっと言ってやれ。」
「お前さんも黙っとれ!」
ドルテはヤレヤレと言うようにハンニバルを見た。
「どうするねハンニバル、レントをおとなしくさせる方法なんて考えられる限り一つしか無いと思うんじゃがなぁ。」
「それは一体・・・・どうしようと言うのです?」
「フェイの謹慎を解いてレントを迎えに行かせればレントはおとなしくなると言う事じゃよ。もたもたしてると死人が出るか増えるかするぞえ?」
黙り込んだハンニバルを見て、きょとんとしたサリティが言った。
「どういう事だよ?何でおっちゃん黙り込んだんだ?」
「最悪の事態を想像したんじゃろ。ハンニバルは死人の山が出来るかも知れんと思っとるわい。」
「あー、なぁるほどね。て言うかフェイってそんなにやばい女なのかよ?」
「ああ、やばいのう。じゃがなぁ・・・・最悪の事態ってのは万が一レントが死んだ時の事を言うんじゃよ。フェイが怒りに任せて本気で暴れたら村が無くなるかも知れんぞえ」
ドルテの言葉にハンニバルが愕然とした。
「そうだ・・・今レントが死んだら・・・」
「婆さん。そりゃいくらなんでも大袈裟だぜ。そんな女が居てたまるかい、神話時代の与太話じゃあるまいし・・・」
みんなが黙りこんだのを見てサリティが口をつぐんだ。周りを見回してぼそりとドルテに言った。
「マジ・・・なのかよ・・・」
尚も無言の一同を見てサリティが信じられないと言うように首を振った。
「さあ、どうするね?ハンニバル」
「う、ううむ・・・・」
「そうかい。判断出来ないかい、じゃあ私がやるよ。」
そう言うとドルテは懐から人形を取り出して語りだした。
「フェイ、私だ。ドルテだよ。今レントが中央広場で殺されかけとる。助けられるのはお前しか居ないよ。早く出ておいで。」
そう言うとテーブルの花びんをひっくり返し、ぶちまけた水の中に人形を置く。人形がすうっと水の中に吸い込まれて消えた。
「さぁサリティ、私の話が神話時代の与太かどうか自分の目で確かめな。」