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第四章 旅団長レント 6

 テントの通路を歩きながらバニラは考えていた。

明らかにこの魔獣は怒っている。だがなぜ?と言う事だ。思い当たる事は自分がケルベロスを信奉していると言った事ぐらいだが、直近の部下だとしても自分の主を崇拝する者に怒りを抱く訳が無い。

だとするならばこの魔獣はケルベロスの敵に位置する者なのかも知れない。

そこまで思い至った時、不意にカルビが足を止めた。


「そう言えばもう1人話をしたい人が居たのを忘れていました。」


 言うなり身体から無数の漆黒の触腕が飛び出してテントをそして地面を突き刺した。そのまま引き寄せると、ある者はテントを突き破って、またある者は地中から掘り起こされて10数人の猟犬がもがきながらカルビの元へと引きずられてきた。カルビが獰猛な肉食動物の目で見つめながら口を開いた。


「ねえ。あなたたちの元リーダー、ルネアさんを連れて来てくれるかしら?」


 そう言うと先程シャルルと呼ばれていた男を触腕の戒めから開放した。


「命はもちろんだけどこの人たち全員の魂の安らぎが大事なら早く連れて来なさい。」

「そんな、ルーク様が我らの命乞いに来てくれるハズが無い。」

「あらそう?でもあなたは行かなくちゃいけないわよ。それともここで仲間の魂が地獄の業火で焼かれるのを見たい?」

「それは・・・わかりました。迎えに行ってきます。」


 走り出そうとしたシャルルを闇から突き出された手がさえぎった。


「シャルル、その必要は無いですよ。カルビちゃん、元部下達がごめんなさいね。」


 暗がりから進み出たルネアを見てカルビが瞠目した。


「ルネアさん、やっぱりあなた凄いです。全然気配に気付きませんでした。」

「まぁ、嬉しいわカルビちゃん。」


 ルネアが心底嬉しそうに笑った。


「それでねカルビちゃん、この子達は王様の身の安全を守るためにあなたの素性が知りたかっただけで、レントさんやカルビちゃんに危害を加える気は全く無かったって事はわかって欲しいの。」

「もちろんわかってます。今後変な探りを入れない限り私も気まぐれで殺したりしませんよ。」


 そう言ってカルビは猟犬たち全員の縛めを解いた。

地面に投げ出されて呆然としている男達にルネアが立ち去るように手で合図をした。

間髪入れずにシャルルが撤退命令を下して全員がまたたく間に姿を消した。

軽くため息をついたルネアがカルビに向かい合った。


「ありがとうカルビちゃん。それで私と話したい事ってやっぱりさっきのアレ?私に殺気を向けた時の事かしら?」

「気が付いて居たんですか?・・・ああ、やっぱりあなたは凄いです。人としての領域の限界を遥かに超えてます。」

「一応言っておくと私も盗み聞きするつもりで後をつけた訳じゃないわよ。カルビちゃんが1人になったら話をしようと思ってただけ。」

「殺気を向けた事で?」

「そうよ。お嬢様に関係があるのか私にだけ向けたのか知りたくてね」

「ルネアさんにだけ向けたって言ったらどうします?」

「どうって、決まってるじゃない。凄くワクワクするわ。」

「わくわく・・・そうですか。とりあえず奥へ、お話はそこでしましょう。」


 連れ立って歩きながらルネアがバニラに声をかける。


「そう言えばピンクのあなた、初めてお目にかかりますね。私はこの村の長でもある剣聖ハンニバル様にお仕えする侍女でルネアと申します。どうぞよろしくお願いします。」

「え?え、あ、こ、こちらこそよろしくお願いします。王国の査問長官でバニラと申します。一番好きなのが拷問で、次が尋問です。」

「まぁ。この村の医者にそっくりだわ。」

「ええ?拷問と尋問が好きなお医者様って・・・興味深いですわ。」

「そのうち紹介するわね。きっと気に入るはずよ。」

「きっと翳が深くて大鉈の似合う冥い目をした大男なんでしょうね。素敵だわ。」

「え?あなたと同じ年頃の女性よ。教会でシスターも兼ねているわ。」

「まぁぁぁぁ!!ますます素敵だわ!!ルネアさん、ぜひ紹介して下さいね!!」

「ええそうね。生きていればですけどね。」

「あ、着きました。むさ苦しい所ですがどうぞ入ってください。」


 そう言うとバニラは通路の突き当たりに張ってある暗幕を押し上げてカルビとルネアを招き入れた。

内側に鋲を施した様々な大きさの鉄輪や、用途の不明な形の刃物がテーブルの上に積み上げられている。真っ赤な炭火の中に差し込まれた鉄棒はまだら模様に汚れて禍々しく光っている。

中央にはケルベロスを模した鉄の像が置かれていた。背中の部分にある扉から罪人を入れてそれぞれの口から炭火や熱湯を入れるのだろう。


「どうぞ空いてる所に座って下さい。今紅茶を淹れますから。」

「この像は・・・いったい・・・?」

「地獄の顕現と言う絵画を基に細工師が作った物です。あの・・・この像がどうかしましたか?」

「この像が私の仮の姿の一つに余りにもそっくりなので驚いたの。」


 言うと同時にカルビの体に変化が生じた。闇色のもやを立ち昇らせながら巨大化し、皮を切り裂いて新たな肉芽が隆起していく。両肩に亀裂が入り禍々しい顔が突き出した。

それは大きさ以外はありとあらゆる面で、余りにも鉄の像に酷似していた。並の人間なら気絶、或いは発狂、最悪恐怖のあまり死に至る者さえ居るだろう。

2人を見下ろすカルビの姿はまさに地獄の番犬と呼ぶにふさわしいものであった。

バニラが全身を震わせてその場に座り込んだ。失禁し、それが地面を流れている。だが顔に浮かぶのは恐怖ではなく歓喜であった。

それに対してルネアは平然とカルビを見上げている。その顔に恐怖はなく、また怯んでもいなかった。


「おそらく・・・遠い昔に私の姿を見た者がその絵を描いたのでしょうね。」

「あ、あなたは・・・いえ、あなた様はケルベロス様なのですね?本物なのですね?」


 答える代わりにカルビがバニラの左肩に顔の一つを寄せた。

バニラが自分で彫り込んだと言うケルベロスの浅浮き彫りを凝視した。


「いつか、あなたが死んだらその魂を少しだけ味見させてもらうわ。そしてこれはその約束の徴しよ。」

「ああ、ああ!今死んでもいいです。」


 カルビは満足そうに笑みを浮かべると別の2つの顔を近付けて3方向から肩に噛み付いた。

紫色の煙と赤黒い炎がバニラの肩の周りを覆った。肉を焼き焦がす音と匂いが辺りを漂う。痛みと歓喜で恍惚の表情となったバニラがつぶやいた。


「私はあなた様の不興を買いました。あんなにも怒っておいでだったのに何故私にこんなにして下さるのですか?」

「怒って?・・・ああ、気持ちが高ぶると妖気が溢れ出すから勘違いしたのですね。」

「では・・・私に対してお怒りでは無かったのですか?」

「信徒バニラ、あなたの信奉心をとても嬉しく思いましたよ。」


 肩の浅浮き彫りのケルベロスは紫色に変色し、吐き出す炎は周囲を真っ赤に染め、今にも飛び出しそうな物へと変貌していた。


「これは・・・契約の徴?まさか・・・!私ごときにそんな・・・」

「あなたの私に対する信奉心に報いるにはこれでも足りないぐらいです。生きては私の加護を受け、死しては私に仕えなさい。」

「は、はい!喜んで、ケルベロス様!!」


 カルビは満足そうに頷くと今度はルネアの方を向いて語りかけた。


「ルネアさん、魔族という者は崇める者に対して慈愛を示す一方で、許可なく自分の名前を気安く名乗る者を嫌悪します。まして当の魔族の目の前で名乗る事は残忍な死を意味します。」

「まぁ。では私はカルビちゃんに残忍に殺されちゃうんですね?」


 しばらく考え込んでからカルビは猫の姿に戻ってルネアに言った。


「命乞いをしないんですか?」

「絶望的なほど力の差がある相手に残酷に殺されるなんて考えただけでワクワクしますわ。」

「ルネアさんは死にたがりなんですか?」

「まさか。ただ今までは自分がそうやって殺す側だったから凄く興味深いだけよ。この上は毛筋ほどの傷でも負わす事が出来れば最上!!全力で戦っても勝てない相手なら、殺してしまう心配のない相手なら手加減などしなくていいんですよね?」


 全身から闘気を放ち、真っ赤な髪が逆立った。


「手加減なしで戦える。こんな日が来るなんて思っても見ませんでしたわ。」


 更に湧き出すルネアの闘気に当てられてバニラが嘔吐した。

カルビもまた驚きの目でルネアを見つめた。


「・・・ルネアさん、やっぱりあなたは凄いです。あなたに私の名前を名乗る事を許可します。」

「ええ?別に許可は要らないですからほらカルビちゃん、始めましょう。」

「許可するって言ったら許可するの!!私はルネアさんを殺したくないの!!」


 子供のように怒るカルビを見てルネアもあきれ顔で構えを解いた。




「でもね!許可したお返しとしてまたジンジャークッキー焼いてよね!」


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