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第四章 序

 キュプ王国の東の半島に位置する城塞都市レーベン

出征の準備も整い、明朝出発という宵にその女はやって来た。

 様々な国の豪奢な装身具を身に付け、腰まで伸びた黒髪とその美貌は見る者を魅了した。

そしてそのしなやかな体には不釣り合いな大剣を背中に帯び、勇猛なその姿が更に人々の目を引いた。柄頭や鞘に散りばめられた宝玉は、その一つでさえ手に入れた者がゆうに10年は暮らせる程の物だった。

 最奥部にある王の幕舎の前まで咎め立てされる事もなく到着すると入口に立つ2人の兵に告げた。


「ここに居るアモンにスピカが来たと伝えよ。」

「アモンなどと言う者はここには居ない。ここは恐れ多くも王の幕舎である。早々に立ち去れ。」


 にべもなく撥ね付ける兵士にもう片方が声をかけた。


「おいおい、そんなに邪険にするなよ。この女の服と剣を見ろ。身に付けてるモンだけで小国の国家予算ぐらいあるぜ。それにいい女じゃねぇか、返答次第じゃそのアモンって奴を探してやろうじゃねぇか。」

「ふふん、またお前の悪いクセが始まったな。厄介事は御免だぞ。」

「なぁ姉ちゃん、あんたもガキじゃねぇんだから人に物を頼むにはどうすればいいかわかるよな?」


 その言葉にスピカが懐から1枚の金貨を取り出した。通常の紙のように薄い物ではない。

 大きく分厚い、メダルのようなその金貨を兵士の前に放り投げた。その量は少なく見積もっても通常の金貨の15枚、いや、20枚分はあるだろう。

 ゴクリと生唾を飲み込んだ兵士がずるそうにスピカを見つめた。


「金も欲しいが女に不自由しててな、あんたみたいな別嬪さんが相手してくれるなら言う事ねぇんだがなぁ。」

「フフフ、そんなこと言って脱いだ途端に追い剥ぎに早変わりするんでしょ?」

「バ、バカな事言っちゃいけねぇ。お姫様のように大事に・・・」

「まぁ戯言はそのへんにして早くお金を拾いなさい。そして王に伝えるのよ、スピカが来たってね。」

「おいおい、そんな邪険にするなよ。」


 言いながら兵士がスピカの腕を掴んだ。

その瞬間スピカが電光のような速さで大剣を振るった。剣は引き抜くのではなく鞘から横に滑り出す様に飛び出し、兵士が身構える間も無く振り抜くと再び鞘に収められた。

 斬られた筈だが兵士には異常がなかった。何よりも剣と鎧とが打ち合う音すらしなかった。

とっさに相方の兵士が割り込んでスピカを睨みつけた。


「どういうつもりだ?例え玩具とは言え、こんな所で剣を振り回すなど遊びでは済まんぞ。それにお前も悪ふざけが過ぎるぞ、ご婦人を手荒にあつか・・・・」


 そう言って振り返った兵士の目の前で小楯付きの籠手がゴトリと落ちた。

一瞬遅れて腕と、鎧の胴から血が噴き出した。驚いて座り込んだ兵士の目の前に上半身が転げ落ちてきた。


「この剣はこう言う剣なのさ、信じられないならあんたも戦りあってみるかい?」


 そう言ってスピカは再び剣をスラリと抜き構えた。

半透明の両刃の刀身が妖しく光り、鍔に埋め込まれた真珠のような大ぶりな球体がスパークしている。サンドラの持っている剣とは形こそ違うが紛れもなくオーヴァルブレーズだった。


「確かアモンはウルグァストと名乗っているそうだが・・・」

「あなたが言っているのは我が王の事か。」

「そういう事だ。言うまでもない事だが逃げても無駄だと伝えておくれ。」


 幕舎に兵士が入ってすぐに慌ただしくウルグァストが飛び出して地面に手をついて叫んだ。


「スピカ師、お許し下さい。どうか・・・どうか命だけはお助け下さい!!」

「ふん。アモンよ、殺されるだけの事をしたという自覚はあるのだな」

「なにとぞお慈悲を賜りたく・・・」

「ほう、分かるぞアモン、目まぐるしく助かる方策を練っているな。どうだ、私を殺せるか試して見ぬか?」

「め、滅相もない事でございます。私ごときがスピカ師をどうこう出来る訳がございません。」

「ふむ、とりあえず茶など振る舞ってもらおうか。奥に案内せよ」

「は、はい、是非にこちらへ・・・・」


 立ち上がり案内しようとするアモンをスピカが手で制して周囲を見渡した。


「今この場にて見聞きした者達よ、・・・すべて・・・忘れよ!!」


 雷に打たれたようにその場に居た者たちが全て倒れ伏し、やがて怪訝そうに立ち上がった。

最前の兵にスピカが声をかけた。


「お前の同僚は不幸な事故で死んだ。そこにある金貨で弔ってやれ」

「や、これは・・・!さっきまで一緒に立っていたのに・・・一体・・・?」

「問うな。それがお前のためだ。」

「は・・・ハッ、承知致しました。」


 片膝をついて頷く兵を横目で見やると漆黒のマントを翻してアモンと共に幕舎へと歩を進めた。



 アモンは自ら玉座にスピカを座らせて脇に控えた。

茶の用意が整い、スピカが香りに目を細めるのを見計らって人払いを命じた。

一口茶を啜り、満足そうな笑みを浮かべながらスピカが口を開いた。


「・・・で、なぜだ?」


 射抜くような眼差しでアモンを見据える。


「私は・・・長生きがしたかったのでございます。御霊移しの秘法を身に付ければ身体を乗り換えて長生きができると知ってしまった私は・・・後先考えずに魔道書を抱えて・・・」

「その事ではない。なぜ王なんぞに乗り換えたのかと聞いている。」

「それはこの者が乗り換えに適した惰弱な意志の持ち主で・・・」


 突然スピカの体から吹き出した怒りの波動でアモンはそれ以上言葉が出てこなかった。


「甘く見たか。もうよい、その魂を冥界へ送ってやろう。」

「お、お、お許しを・・・!人としての権力と言う物を手に入れてみたかったのです。」

「尚更つまらぬわ!」

「お聞き下さいスピカ師、私にはあなた様のような絶大な魔力もなければ永遠に若さを保ち続ける事も出来ないただの魔道士なのです。どうか、どうかお慈悲を・・・」


 聞いていたスピカの怒りの形相が次第に穏やかになった。


「哀れよの。200年前に私の元から逃げ出した頃と全然変わっておらぬ」

「スピカ師こそあの頃と変わらず若くお美しいお姿で・・・」

「世辞は要らん。私の姿は呪いのようなものだ。出会えるかどうかも判らん勇猛な戦士に斬り殺されるまでこのままだ。」

「出会えませんでしたか。」

「千年やそこらで出会えるようなら呪いではないからな。・・・だがまぁつい20年ほど前に惚れ惚れする様な強い男は1人だけ居たな。」

「スピカ師がそこまで言う戦士が居られたのですか。」

「ああ、2年ほど一緒に暮らしたよ。・・・ところで城の外で陣を張ってるのはどこぞの国が攻め込んでくるのか?」

「い、いえ、我が国の方から攻め入る為に・・・」

「まったく俗物に成り下がったな。魔道士が国を治めようとか攻めようとか恥だと思え!」

「か、汗顔の至りで・・・明日の日の出前に出陣する予定でございます」

「ふむ・・・よし、決めた。私は3日ほど逗留する。お前はその間出陣を取りやめて私をもてなせ。まさかとは思うが否やはあるまいな?」


 そう言ってスピカはじろりとアモンを見据えた。



「め、滅相もない。よ、喜んでおもてなし致します。」


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