第一章 (4)猛将の進撃 其の1
長い坂を登り切り、平坦な道になった先に道標が立っていた。
つい先日レントが何度も行ったり来たりさせられた場所である。そこを左に曲がって少し行った先がイリア村である。
レントは立ち止まると腰を下ろした。
「サリティ、少し休もう。」
言われたサリティも腰を下ろしてポットから水を出して飲んだ。
サリティはこの先あたりが待ち伏せには都合がいいだろうと見当をつけていた。だが気配はまだ感じられない。
レントは無言のまま水の入ったカップを見つめている。
タバコに火をつけたサリティがふと寒気を覚えた。
戦場で敵の将と目が合った感じ、とでも言えばいいのだろうか。
それは威圧感とも圧迫感とも言えない重苦しい空気だった。
そしてその空気を発してるのがレントだった。
やがてレントはスッと立ち上がると水を飲み干してカップを片付けた。
「悪かったねサリティ、今ちょっと心の準備をしてたんだ。」
「こ、心の準備?」
「ああ、イリア村に入ったら恐らく戦闘になるはずだからね。」
「その耳飾りか・・・ふむ、なるほどな。それで鬼神の境に入ったのか。」
「動くに任せての戦闘になったら恐らく何人もの人が死ぬ。」
「まぁ、ほぼ間違いなく死人が出るだろうよ。2年前なんてモンじゃねえ、お前が猛将って言われてた頃に戻っちまったんだろうな。」
「そうかも知れない。さぁ、村に行こうか。フェイを紹介するよ。」
そう言ってレントが歩き出した。
レントの放つ気に恐れをなしたのか、ナッシュが待ち伏せを仕掛けてくる事は無かった。
村に入ったサリティがピュウと口笛を鳴らした。
「村っていうよりも、ちょっとした町じゃねえかよ。酒場や飯屋もあるし、公園にはイートスタンドまであるじゃねえか。」
上機嫌なサリティの横から大柄な若者が声を掛けてきた。
「おい、お前。その耳飾りを・・・・」
話しかけてる最中にサリティは槍の柄で若者を薙ぎ倒した。
倒れた若者の頭を蹴り飛ばす。
「まぁ、1日早く着いたけど先生の家は大きいから大丈夫でしょ。もし都合が悪かったら宿屋もあるか・・・・」
話してる最中にレントの肩を掴んで来る者が居た。
「おいお前、その耳飾りは・・・・」
遮るようにレントが細身の槍で相手を薙ぎ払った。
通常なら骨が砕けるだろうレントの攻撃を受けながらも相手は飛ばされながらも体勢を立て直した。
見るとフェイと同じような極彩色の何かが攻撃を防いでいた。
「やるのかてめぇ!」
そう言うと同時に極彩色の何かが剣のような形に変形し、一気に伸びてレントを襲う。槍で躱しながら後ろに飛び退いた。
サリティとレントが顔を見合わせる。
「サリティ、僕これ以前見た事がある。鎧の隙間から同じようなのが飛び出して攻撃して来た。・・・・こいつ精霊の騎士だ。」
「マジかよ。一騎で値50精兵って言われるアレかよ?」
「多分そう、まさか鎧無しがこんなだとは思ってなかったよ。」
ぼそぼそと話しながら男を見た。
「お前ら、何をこそこそ話してる?」
「えーと・・・・確認なんだけど君、精霊の騎士?」
「ああ?この村の戦士は全部そうだよ。それがどうした?」
レントとサリティがまた顔を突き合わせた。
「て事はだ、レント。試練をクリアしたら俺たちもああなるのか?」
「そういう事になるねー、まぁただ体の表面を移動させる事が出来るみたいだから顔に出ないようには出来るよ。」
「へぇ、まあそれなら・・・・」
2人が話し込んでると男が怒って怒鳴り出した。
「ごちゃごちゃと何を話してるんだ!それよりもお前のそれ、その耳飾りはフェイ・ザルドスの物ではないのか?」
「ん?ああ、そうだけど忙しいから君もうあっち行っていいよ。」
後ろを向いたレントの肩に男が手をかける。
「お前、俺を馬鹿にしてんのか?それを置いて行けよ。」
「ふうん。嫌だと言ったら?」
男は返事をする代わりに精霊を何本もの矢のようにしてレントに放った。全てを避けずにその内の1本を手のひらで受け止めて貫通させる。
そして敢えて手を握って抜けないようにした。
そのまま男をブンブンと振り回して噴水の石像に叩き付けた。
「おいレント、あいつ死んだんじゃねえか?まぁどうでもいいけどよ。」
「あー・・・どうだろ?別にどうでもいいじゃない。」
訪ねて来たレントを見てハンニバルは呆れた顔をした。
「まったく君は会う度に怪我が増えているね。」
レントはハンニバルに耳飾りを見せた。
「怪我の原因はこれです。」
「なんと、それは確かにこの村の若者に見せたら物騒な代物だね。」
「僕も効果てきめん過ぎてちょっと引いてます。でも僕が言うのも変ですがあんなに大勢の若者が殺到するほどフェイは美人とも思えないんですよ。」
レントの言葉を聞いてハンニバルが笑い出した。
「そりゃそうだろう。考えても見なさい、私の地位と財産と剣の奥義がセットで付いてくるんだ。死に物狂いになる若者は多かろうよ。」
「はぁ・・・それはまた随分と打算的な・・・・」
「まぁ、ともかく治療をして食事をとってくれたまえ。そこの君も今夜はゆっくりしていってくれたまえ。」
「あ、紹介が遅れました。戦友で同僚のサリティです。」
「サリティだ。世話になるぜ。」
その時侍女が部屋に入ってくるとハンニバルに告げた。
「旦那様、ドルテ様が参りました。」
「おお、お通ししなさい。」
部屋に通されたドルテがレントを見て呆れ顔になった。
「まったくお前さんは会う度に怪我が増えておるのう。」
「いま先生にもそれ言われました。・・・・・ところで」
レントが恥ずかしそうにドルテに話しかけた。
「ところで・・・フェイは一緒じゃないんですか?」
「なんじゃ?ハンニバルから聞いておらんのか?昨日の夜から地下牢で謹慎中になっておるよ。」
その言葉に全員がハンニバルに注目し、うろたえたハンニバルがしどろもどろに説明をした。
「いや、その、アレだよ。村の若者たちに暴力を振るったのでね、ちょっと反省してもらう為にね・・・・」
「暴力・・・・ですか。」
ドルテがため息をついてレントを見た。
「原因はお前さんとフェイの噂を聞いた悪ガキ共が強引に力づくで口説こうとした事だそうじゃ。それでまぁ私がいま病院に様子を見に行って来たんじゃが死人は出なかったらしいの。」
「おいおいおい。レントよお、お前そんなゴリラみたいな女が好みなのか?
相手が何人か知らねえがそんな女の話聞いた事ねえぜ。」
レントに詰め寄るサリティの頭をドルテが杖で叩いた。
「おぬし、もう少し口の利き方を覚えんか!」
「ババァ!本気で叩くなよ。頭が悪くなるじゃねーか!!・・・・ん?どうしたレント、黙り込んだりして?」
「あ?ああ、地下牢に居るなら差し入れをしなきゃ。僕ちょっと買い物に行ってきます。」
言うなりレントは外に飛び出していった。
「なんだあいつ?急にあんな事言い出して・・・」
「お前さんがバカな事を言ったんで怒ったんじゃないのかえ?」
「んな事で怒ったりしねえよ。それよりも何か食わせてくれねえかな?腹が減って動けねえよ」
村の雑貨屋から出たレントは屋台で肉の串焼きを買った。
広場中央のベンチに腰掛けてゆっくりと食う。
その時点で既に5人の若者に取り囲まれていた。