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第三章 少年時代 9

帰国して1週間、レント達は訳もわからぬうちに専攻校と呼ばれる軍のエリート学校に編入され、その中でも最難関と言われる特殊工作甲兵部に在籍する事となった。

無試験での編入を快く思わない生徒達の冷ややかな対応が、特に何のバックボーンもないレントに集中した。

年齢差により聖星祭の香炉事件を知る者は無く、また専攻校生である彼らは軍役=実戦に参加する事も無い為ザモラ戦役のレントの武勲も知らないのだ。このどっちつかずの微妙な年齢差が彼らの命を危ういものにしていた。

既にこの時レントは素手で20人以上、剣=二路で300人以上死なせていた。

新入りのチビと6歳年上の同級生にからかわれた時にレントが敵意を見せなかったのは、単に光の谷では小さい者ほど強いと言う自尊心があったからに過ぎない。(事実鍛錬によって体の伸長を抑える為、体の大きな者は鍛錬が足りないと言える。)

だが傍で見ているハイネルドは気が気ではない。

いつこの教室が血の海になるか分かった物ではないからだ。

出る杭を打たれないようにするにはどうすればいいか、レントの心の底にある野蛮で野生的な怪物をどう飼い慣らせばいいのか、もちろん答えなど出るわけもない。

卒業してハイネルドが自分の軍を持ち、レントに一翼を担わせるのなら話は簡単だが、そこに至るまでの4年が無事に済むとは思えないのだ。

リンダを伴ってサンテックスの執務室へ出向いたハイネルドだったが、

「別に良いのではないか?今の在校生全員よりも君たち3人の方が価値が有る。むしろそれを本人たちに知らしめる必要があると私は思うがね。」

と、にべもない返事が返ってくる始末だった。

室内に居たセーラとハットンもうんうんと頷く。

「まぁどう考えてもレンちゃんを倒せる子なんてそうは居ないけどね。」

「リンダ、お前までそれを言ったらおしまいだよ。・・・・えーと、所で何で2人がここに居るんです?」

「ん?ああ、せっかく国が無くなって無職になったからしばらく仕事しないでぶらぶら遊んでる事にしたんだよ。金は結構あるし俺は家族も居ないしな。」

「私もやっと猟犬から隠居する事が出来たの。シャルルと言うあまり頼りにならない後継者だけどそれなりにやってくれるでしょう。」

「それで2人ともここに?こんな所に居てもおもし・・・あ!!」

ハイネルドが話の途中で固まった。

「・・・・・・そう言う事か。」

「そう、そう言う事。」

「そう言う事です。ハイネルド様。」

「え?なに?ハイネ、どう言う事?」

リンダの問いにハイネルドが苦々しそうに答えた。

「この2人はここに居れば面白い事があると思ってるのさ。こっちの気も知らないでいい気なもんだよまったく。」

不機嫌そうに席を立つハイネルドにサンテックスが声をかけた。

「そうそう、ハイネルド君。来月早々に専攻校の毎年恒例の行事があるんだ。」

戸口に向かいかけたハイネルドが身構えるように振り返った。

「それは在校生全員がレントに襲いかかるような行事ですか?」

「まさか。そんな事は無いよ。」

ホッとしたハイネルドにサンテックスが言った。

「君たちの相手は我が国の軍隊だ。」

「それって・・・・もしかして・・・・」

「専攻校名物、軍旗強奪祭り!!」

「なるほど、それはさぞかし面白いでしょうね。傍で見ている分にはですがね。」

そう言うとハイネルドはドアを開けて出て行った。

「え?ちょっとハイネ、どうしたのよ?待ってよ。」

後を追いかけて出て行こうとしたリンダにセーラが声をかけた。

「リンダさん。さっきあなたレントを倒せる者はそうは居ないって言ったわよね。でも世の中には強い人がたくさん居るわ。負ける覚悟だけはしておきなさい。」

「セーラさん、まるでレントよりも強い人を知ってるような言い方するわね。」

「知ってるわよ、たくさんね。」

「ふうん?例えば?」

「彼の師匠の剣聖ハンニバル、北方の野蛮人アムラ、それと・・・・」

少し言い淀んだセーラが昔を懐かしむように続けた。

「7年前に猟犬の総帥を辞して消えたルーク、おかげで私は隠居生活から戻る羽目になったわ。・・・でももう彼は死んでるかも知れないわね。どんなに探しても見つけられないんですもの。」


軍旗強奪祭りの告知が掲示板にでかでかと貼られた3日の後、ハイネルドはレントの隣で鬱々として黙り込んでいた。

「どうしたハイネルド?暗い顔して?」

「あ?・・・ああ、親父がさ、いよいよダメっぽいんだよ。」

「え?ちょっちょっちょ、ちょっと待て、それ国家機密だろ。気軽に言うなよ。」

「ん?ああ、そう言われりゃそうか。でな、病原体が全身に広がっててもう手の施しようがないらしいんだ。」

「だから!お前少し黙れ!」

言われたハイネルドがきょとんとした顔をして、すぐにハッとなって黙り込んだ。

「場所を変えようか。もう今日は授業はやめようぜ。」

そう言うとレントはさっさとカバンに教材を詰め込んでハイネルドを急き立てた。離れた席からそれを見ていたリンダもカバンを掴んで後を追った。

2人が校門を出たところでリンダが追いついて馬車を停めて2人を乗り込ませた。

「なによあんたたち、私を置いて遊びに行くなんてひどいじゃない。」

「え?いや、遊びに行くわけじゃなくてちょっと2人で話がしたいなぁと・・・・」

「なーんだ、じゃあ行き先は決めてないのね。馭者さん、私の庭まで行ってちょうだい。」

馬車が走りだすと同時にハイネルドがリンダに問いかけた。

「庭で意味が通じるのか。なんかスゲェな。」

「私が唯一自慢できる物よ。2人とも見たらビックリするわよ。」

20分ほどで馬車は原っぱの脇道に停まった。

「さぁ着いたわよ。」

「着いたって・・・・ただの原っぱじゃねぇか。」

「ハイネったら張り合いがないわね。レンちゃんにもただの原っぱに見える?」

「一面の蓮華とタンポポの気持ちのいい場所だね。王都の中心部にこんな所があるなんて思ってもみなかったな。」

レントの言葉に我が意を得たと言わんばかりの笑顔でリンダが言った。

「さすがレンちゃん分かってるわね。さぁ、どこでも好きな所を選んで座ってよ。」

「じゃあ、そこの少し高くなった所がいいかな。」

3人が連れ立って小高い野原に向かっていると、遠くから10人ほど近付いて来る者が居た。それぞれにバスケットや敷物を手にしていた。

「あれは・・・・?」

「ああ、ウチの使用人たちよ。」

やって来たメイドや黒服がてきぱきとお茶の用意をし始める。

「俺がこんな事したら教育係に怒られるな。」

「僕にはとてもできないな。リンダの家って大金持ちなんだな。」

「え?」

「え?」

「・・・・・・え?何か変なこと言った?」

「リンダの家はリンクス家って言ってファウンランドの5爵の一つなんだが、レントお前知らなかったのか?」

「いやそもそも5爵って何?」

「お前なぁ・・・・5爵ってのは国の財産の約半分を所有している5つの名家の事だよ。リンダはその一つであるリンクス家の本家のたった一人の子供だ。」

「ふーん、リンダって1人娘だったのか。」

「え?」

「え?」

「・・・・・・え?僕また何か変なこと言った?」

ハイネルドが口を開きかけた時、メイドの1人が頭を下げながら進み出た。

「リンダ様、お茶の用意ができました。こちらへどうぞ。」

メイドに案内されて毛織物の薄手の敷物に座ったレント達は手渡されたお茶を口に運んだ。そのレントの顔色を伺うようにおずおずとリンダが言った。

「あのね、実は私まだ性別が確定してないのよ。ワルキューレってそういう物なの。」

「え?じゃあ男になる可能性もあるの?」

「どっちになるか決めてから性別を確定させるから、うっかり男になっちゃう事はないわよ。」

「どう見てもリンダは女の子にしか見えないけどね。」

「まぁそれは個体差で、男女のバランス比率が私の場合は女寄りって事ね。」

「なるほどねぇ・・・・、さてと話を戻そうか。悪いけどその人達にはどこか別の所に行ってもらえるかな。」

「ええ。あなたたち、ここはもういいから屋敷にお戻りなさい。」

リンダの言葉に一礼すると使用人たちは来た道を引き返していった。

「さてとハイネルド、お前がただ泣き言を言う奴じゃないのは分かってる。死にかけた王の為に何をしたいんだ?誰かが持ってる奇跡の薬を奪い取るのか?」

ハイネルドは苦笑いをして首を横に振った。

「あれば奪いに行きたいがそんな物は無いよ。俺はな、親父に安心させてやりたいんだよ。俺が王になってこの国を立派に治められるって所を見せたいんだ。」

「それならザモラ国を奪った事で充分じゃないか?」

「ダメだよ。あんな小国ひとつ取ったからって仕方ないよ。」

「じゃあどうする?」

横で話を聞いていたリンダが呟いた。

「・・・・・軍旗強奪祭りね?」

レントが怪訝そうな顔をする横でハイネルドが頷いた。

「いやいやいや、祭りなんだろ?」

「レンちゃん案内見た?」

「え・・・いや、僕には関係のない事だと思ったから見てない。」

「あれはね、学生が自分たちの力で自国の軍隊を襲ってその部隊の軍旗を奪い取るイベントなの。ちなみに200年の歴史の中でも成功例は16回だけね。」

「え?16回?そんなに成功してるなら今更じゃない。」

「レント、調べてない者の悲しさだな。」

「レンちゃんは残念な子」

「残念とか言うな!で、調べてどうだったんだよ」

「軍隊はな、レント、数や特化性によって区分されるんだよ。」

「ん?・・・・ああ、うん。」

「下から小隊、中隊、大隊、連隊、旅団、師団、となる。」

「あーなるほど読めてきたよ。その16回の中には小隊からの軍旗強奪も数に入ってるって事なんだろ?」

「バカな事を言うなよレント。16回強奪したすべてが小隊の下の分隊の軍旗だよ。」

「ざけんなこらぁ!だったら最初から分隊も数に入れろよ!」

レントの怒声を聞いてハイネルドが嬉しそうに笑った。

「お前絶対怒ると思ったぜ。」

「レンちゃん、ちなみに分隊は10人前後よ。」

「はぁあああああ?たった10人相手に200戦で16勝194敗?」

「お前は算数もできないのか。200から16引いたら184だよ。」

「レンちゃんはガッカリな子」

「ガッカリとか言うなぁ!!・・・・まぁいい。じゃあ本題に入ろうか。狙う旗とルールを教えてくれよ。まぁ当然師団旗なんだろうけどな。」

「えっとぉ、師団は4つあるわね。規模は全部1万人以上で、特に多い所で1万8千人居るわね。」

「まぁ狙うならそこか。何て名前の師団だ?」

「お前ら何を言ってる。誰が師団旗を奪うと言った?」

「・・・・・・はい?・・・・・どゆこと?」

「さっき俺が何故わざと最小単位の分隊の名前を出さなかったのか考えてみろよ。」

「・・・なんかスゲー嫌な予感がする。」

「えーとぉ、つまりハイネ、師団の上って事?」

「全軍を含む国王直属軍だ。国王旗を奪い取る。」

「ちょっと待て、僕帰っていいか?」

「んーとぉ、直属軍と・・・全軍って事は半民兵も含むから・・・師団全部と合わせて・・・15万ってトコかしら。」

唖然としたレントがハイネルドに背中を向けたまま聞いた。

「ハイネルド、・・・・・お前正気か?」

「こう言う時は本気か?って言えよ。」

「ふざけんなぁ!俺が捨て石になったって奪える様なモンじゃねぇだろうが!」

「捨て石になってくれ!!」

「な、おま・・・・」

「くだらない意地だ。だが譲れない意地なんだ。俺は親父に喧嘩を売る。そして勝って認めさせるんだ。親父が安心して死ねるようにしてやりたいんだよ!!」

短い沈黙のあとでレントがぼそりと言った。

「俺はお袋が居ない。親父だって誰か知らないし、生きてるかどうかも分からない。まぁ兄弟はたくさん居るかも知れねぇがな。」

レントはハイネルドを振り返って続けた。

「ハイネルド、おまえは自分の親父に喧嘩を売る覚悟が出来てるんだな。」

「お前に捨て石になれと言った瞬間に王になる覚悟も出来たさ。」

2人は互いに見つめ合い、やがてレントがどっかりとあぐらをかいて座った。

「気に入った。捨て石になろうじゃねぇか。リンダ、祭りのルールを教えてくれ。」

「んーとぉ、兵士も学生も剣の使用は禁じてまーす。棍や竹刀、あとは徒手格闘になりまーす。あと遺恨を残さないために兜もしくは覆面が義務になってまーす。」

「なるほど・・・・他には?」

「参加は個人、グループいずれも自由でーす。人数の制限もありませーん。特殊ルールとして部外者でも参加者の助っ人が出来まーす。」

「なるほど、それはおいしいルールだな。他には?」

「スタートは正午の鐘が鳴ってから午後8時の鐘が鳴り終わるまで。出発地点は自由、ゴールは王城の尖塔に強奪した旗を掲揚。鼓笛隊が盛大に音楽を奏でまーす。」

「文句のつけようがないほど学生に優遇措置が取られてるな。分隊や小隊を壊滅させるって意味ではな・・・・・だが、」

レントはハイネルドを見た。

「そのルールでも100%俺が死ぬのが前提の作戦か?」

「状況とお前次第だが失敗したら制圧される段階で死ぬ確率は高い。」

「なるほど。」

「それと悪い要因だが、お前にとって鬼門とも言うべき城壁を使う。実際には内部通路の最上階だ。作戦上それは外せないんだ。」

レントの顔が急に曇った。

「・・・・そうか・・・・城壁か。」

「お前俺が知ってるだけでも城壁絡みで3回死にそうな目に遭ってるからなぁ。」

「なぁに、この際だから変なジンクスも祓って見せるさ。」

そう言ってレントは紅茶を飲み干した。


今回セーラの口から出た『北方の野蛮人アムラ』は

ロバートEハワードの代表作の主人公コナンの事です。ファンの方ごめんなさい。

今後コナン本人が出るなどという事はありませんのでご安心ください。

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