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第三章 少年時代 8

捕虜の交換を終えた翌日、服代わりに貰った鎧を着てご機嫌なレントは、暇を持て余した兵たちと剣術訓練に励んでいた。

ザモラの砦の倉庫奥深くに眠っていた由来も存在も知られていない深緑色の鎧で、たまたま見つけたハットンが記念だと言ってくれたものだ。

豪奢な造りで、さぞかし名のある武将の物と思われるがレントの体のサイズにぴったりするほど小さく、また未使用と思われるほど傷みがなかった。

解放されて戻ってきたザモラの上級士官に気付かれなくて良かったとレントは思った。

何しろ経緯も知らずに単に自軍が劣勢をひっくり返して勝ったと思っているものだからやけに高飛車で不遜な態度だったのだ。

見咎められたら取り上げようとするのは目に見えていた。

「レンちゃーん」

リンダが叫びながら駆け寄ってきた。その場に居た兵士全員が片膝をついてリンダに敬意を示した。同時にレントに対して羨望と嫉妬の目を向けてくる。

ワルキューレは軍神であり、生きた守り神であり、ある意味では雲の上の存在であった。たかだか士官学校の見習い兵士が仲良くして良い相手ではない。

レントもそう思われるのには慣れているので気にもしない。ハイネルドと親しくして居るのも同じような目で見られるからだ。

「レンちゃん、ハイネが明日の和睦の調印式に列席するようにって言ってたわよ。」

「えー、めんどくさいなぁ。今日の引き上げで帰ろうと思ってたのに。」

「大丈夫、私も残る事にしたから。明日一緒に帰ろうよ。」

「いや別にそれはいいよ。今日帰りなよ。」

「なによそれー!まだ臭いって言った事怒ってるの?」

「え?・・・・あー、あれか。あれはきつかったなぁ。死ぬかと思ったよ。」

そう言うとレントは思い出してまた笑った。

「セーラさんも気にしてたから後で声をかけてやってね。」

「おー、わかった。」

「あとこれ、はい。」

そう言ってリンダが手渡してきたのは革鞘に入った二路だった。

「これは・・・・・」

「近くの村の鍛冶屋で売ってたのよ。なまくらだから曲がるかも知れないけどその代わり折れたりはしないだろうから安心よ。」

「僕がこの武器を好んでるって何で知ってるの?」

扱いが難しく慣れていないと自分が怪我をする武器であると同時に、人目のあるところでは決して練習したりしない事をレントは心がけていた。

「いつも部屋の奥の物置に置いてあるじゃない。しかもきちんと手入れしてるし柄が磨り減って地金の色が出てるんだもん。」

「リンダ!!お前勝手に・・・・いや・・・ありがとう。無腰で正式の場に行くの嫌だったから嬉しいよ。」

レントの言葉に気を良くしたリンダが剣の装着を手伝いながら照れくさそうに言った。

「ねえねえ、私って良い奥さんになれると思うでしょ。」

レントは少し考えてボソリとリンダに言った。

「料理が下手なのは致命的だと思うんだがなぁ」

言った途端にリンダが平手打ちをして走り去った。

尻餅をついたレントを兵士たちが嬉しそうに笑った。

昼食時に手のひらの形に赤く腫れたレントの顔を見てハイネルドとセーラが笑い転げた。

ー翌朝ー

レントは朝から何やら嫌な予感がした。

身の危険ではない。身内の危険でもない。それなのに妙に心がざわついた。

何と言ったらいいのだろう。不確かで朧げな波乱の予感、まさにそんな感じだった。

不安な時こそ自分をとにかく信じろ、剣の師匠ハンニバル先生の言葉を思い出した。

だからこそ自分を信じるための鍛錬を怠るなと続く教えだった。

ともかく今日の調印式をさっさと終わらせて学校に帰ろう。そう気持ちを切り替えると寝床から飛び起き、兵舎の裏で黙々と二路を振るった。

自前の物より少し長くて軽かったが連結部やスライドは申し分無かった。

ここに不具合があると意図せずに剣をあらぬ方向に飛ばしてしまうのだ。

午前中いっぱい二路を振るってからレントは幕舎のハイネルドらと共にザモラの砦へと向かった。

もちろん影として猟犬の100名ほどが密かに護衛を勤めていたが、既に殆どの兵が引き上げ、供回りの兵は50人ほどであった。

砦に到着して、ふとレントはハイネルドが異常に不機嫌な事に気付いた。

どうやら解放されたザモラの兵たち、将官たちの戦略を小賢しいと捉えている感性が気に入らないらしい。

正面から剣と剣とで決着をつけるのが戦争とか、わざと聞こえよがしに言い出す荒くれ兵士と、捕虜のハイネルドが自分の命惜しさに戦略を持ちかけたとデタラメを言いふらす将官。まぁこれで不機嫌になるなと言う方が無理な話だとレントも思った。

式典の壇上に上がってきた男を見てハイネルドは絶句した。

なんとあの敵前逃亡して行方不明になっていた司令官だったのだ。

お互いに無言で署名を交わしたが、そのあいだ中ニヤニヤとハイネルドを見て笑っている。司祭が調印書に聖水をかけようとした時、司令官が言った。

「なぁ坊や、敗戦国としてはあのワルキューレの娘を我が兵士の慰みものとして献上すると言う条文も書き加えるべきだと思わないかね?」

それを聞いたハイネルドが司祭に手を差し出して調印書を受け取った。

そして言われた通りの条文を書いて司令官に渡し、その後司祭によって聖水をかけられた。見ていたレントが予感はこれだったかと思った。

「さて、これで和睦は成立ですね?」

「ああ。後は赤毛の小娘を連れてく・・・・」

最後まで言うのを待たずにハイネルドは調印書で司令官を張り倒した。

歯を吹き飛ばされて血を吹きながら司令官が倒れる。

「さっそくだが我々は貴国に宣戦を布告する。」

そう言うと分厚い本革の表紙に金具と錠が打ち込まれた調印書をレントに手渡した。

「なぁハイネルド、言っとくけど俺は今まで人を斬り殺した事なんかねぇぞ。」

レントの言葉にザモラの兵があざけりの笑いを浮かべた。

「何言ってんだよ。お前は何人も殴り殺してるじゃねぇかよ。」

「殺そうと思って殴ったわけじゃないよ。たまたま結果として死んだだけだ。」

笑っていた兵が怪訝そうな顔になった。

「まぁいいよ。それよりこれ、リンダに見られると面倒だから破いてくれ。」

レントがやれやれと言う顔で調印書を無造作に2つに破った。それを重ねて4つに、そしてさらに細かくして破り捨てた。

怪訝そうな顔をしていた兵たちの顔が引きつった。

「じゃあ陣地に帰るぞ。」

マントをひるがえして戸口に向かったハイネルドが思い出したように振り向いた。

「あ、そうだ。攻撃は明日昼飯食ってからだ。それと今度は捕虜を養う気は無えから全員殺す。降る気があるなら今夜のうちに俺の陣に来い。以上だ。」

悠々と引き上げるハイネルド達に追撃は一切無かった。

そしてハットン以下およそ200名が夜のうちにハイネルドに降った。

「こりゃ幸先がいいな。サンテックス先生、俺たちが本気出せば1ヶ月でザモラ本国が手に入れられますよ。」

「ハイネルド君、勝手な事ばかりした挙句に夢みたいな事を言うんじゃない。」

本当にそんな事が出来たら専攻エリート部門に合格と飛び級させてやるよ、とサンテックスは思った。





実際にはザモラ本国が陥落するまで20日かかった。

そしてレントはその正体を知られることなく、その姿と戦闘の激しさから本人の知らぬところでアバドンと呼ばれるようになった。

ザモラの兵士にも、ファウンランドの兵士にも・・・・・


アバドンは蝗の王とも呼ばれる悪魔で、おぞましいバッタの姿をしているとも言われている。

深緑色の鎧兜と戦闘の激しさが悪魔を連想させたと思われる。

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